第3話 警察の捜査資料 関係者への聴取記録
警視庁多摩西警察署
聴取調書
対象者氏名:早乙女響子
年齢:32歳
職業:広告代理店勤務
関係:失踪者・霧島千鶴氏の同僚および友人
聴取日時:令和7年4月9日14時00分~16時30分
聴取担当:巡査部長 小暮 祐介
以下、対象者の供述内容:
霧島さんとは入社同期で、プライベートでも月に2、3回は会う仲でした。真面目で明るい子で、突然いなくなるなんて信じられません。
失踪前日の4月6日、深夜2時過ぎに彼女から電話がありました。普段なら絶対にあり得ない時間です。着信音で目が覚めて、何事かと思って出たんです。
最初、無言でした。でも、電話の向こうから水の音が聞こえて。ちゃぷちゃぷって、お風呂に入ってるような。「千鶴? 大丈夫?」って聞いたら、やっと返事がありました。
でも、様子が変でした。声が平坦で、感情がないような。そして「扉が開く」って言い始めたんです。何度も何度も。「扉が開く、扉が開く」って。私が「何の扉?」って聞いても、同じ言葉を繰り返すだけで。
それから急に、見たこともない場所の話を始めました。すごく具体的に。「大きな鳥居が水の中に立っている」「鳥居の奥に赤い社殿がある」「社殿の扉に七つの封印」「一つずつ剥がれていく」って。
まるで目の前で見ているような口調でした。夢でも見てるのかと思って「千鶴、目を覚まして」って言ったんですけど、聞こえてないみたいで。
そのうち、電話の向こうから別の音が聞こえてきました。女の人の歌声でした。でも、日本語じゃない。聞いたこともない言葉。なんていうか、すごく古い感じの。お経とも違う、もっと原始的な。
歌声がだんだん大きくなって、千鶴の声がかき消されて。最後に千鶴が「私も歌わなきゃ」って言って、電話が切れました。
翌朝、心配になって会社を休んで彼女のアパートに行きました。合鍵を預かっていたので。
ドアを開けた瞬間、生臭い匂いがしました。廊下が水浸しで、奥に進むと、リビングの畳に一面、緑色の藻が生えていて。水槽も何もないのに。
テーブルの上に、千鶴の手帳がありました。開いてみたら、最後のページに変な図形が描いてありました。定規も使わずに描いたとは思えないくらい正確な円と、その中に複雑な模様。
警察を呼んで、事情を説明しました。でも、信じてもらえたかどうか。
一つだけ、はっきり言えることがあります。あの電話の千鶴は、いつもの千鶴じゃありませんでした。
対象者氏名:笹本健太
年齢:28歳
職業:フリーター(コンビニ勤務)
関係:失踪者・鬼頭洋平氏の中学時代からの友人
聴取日時:令和7年4月21日10時00分~11時45分
聴取担当:小暮祐介巡査部長
鬼頭とは中学の野球部で一緒だったんです。あいつがピッチャーで俺がキャッチャー。卒業してからも、月イチくらいで飲んでました。
4月18日も、いつもの居酒屋で会いました。午後7時に待ち合わせして。でも、なんか様子が変で。顔色悪いし、目の下にクマ作ってるし。
「最近眠れないのか?」って聞いたら「夢を見る」って。毎晩同じ夢だって言うんです。
どんな夢かって聞いたら、最初は言いたがらなかったけど、酒が進んだら話し始めました。村の夢だって。自分がその村の住人で、普通に生活してる夢。
最初は「変な夢だな」って笑ってたんですけど、鬼頭の話がだんだん具体的になってきて。村の配置とか、建物の造りとか、住んでる人の顔まで説明し始めて。
「悪夢じゃん。怖くないのか?」って聞いたら「むしろ楽しい」って。「今の方が生きづらい」って言うんです。
一番気味が悪かったのは、「夢の中で教わった」って言って、メモ帳に図形を描き始めたことです。すごく複雑な図形で、円の中に幾何学模様みたいなのがびっしり。
「これが扉の鍵だ」って言うんです。「七つ集めれば扉が開く」って。何の扉だよって聞いても、「お前にはまだ見えないのか」って。
その後も、ずっと独り言みたいに何かブツブツ言ってました。「水が恋しい」とか「帰りたい」とか。店を出る時には「もうすぐだ」って呟いてました。
翌日、心配になってメッセージ送ったんですけど、既読にならなくて。電話も出ない。それっきりです。
後から思えば、もっと引き止めるべきでした。でも、まさか本当にいなくなるなんて。
対象者氏名:池澤美香
年齢:41歳
職業:主婦
関係:失踪者・榊原浩司氏の妻の友人
聴取日時:令和7年4月22日13時00分~14時20分
聴取担当:小暮祐介巡査部長
由美子さん、榊原さんの奥様とは、子供の幼稚園で知り合いました。榊原さんご自身とも、家族ぐるみでバーベキューしたり、仲良くさせていただいていました。
由美子さんから相談を受けたのは、ご主人が失踪する一週間前でした。「最近、主人の様子がおかしい」って。
聞けば、夜中に突然起き出して、お風呂に何時間も入っているそうなんです。由美子さんが心配して声をかけても、「水と一体化する必要がある」とか言って。
あと、会社から帰ると、洗面所で水道の水を直接口につけて飲むらしいんです。コップも使わずに。「体の中の水と外の水を同じにしなければ」って言いながら。
由美子さんは、仕事のストレスだと思って、病院に行くよう勧めたそうですが、榊原さんは「これは病気じゃない。呼ばれているんだ」と。
失踪の前日、由美子さんから泣きながら電話がありました。榊原さんが、夜中に庭で穴を掘っていたと。「水脈を探している」「もうすぐ繋がる」と言いながら、素手で土を掘っていたそうです。
手は血だらけで、爪も剥がれていたのに、痛がる様子もなく、恍惚とした表情だったと。
翌朝、榊原さんは「水の音を聞きに行く」と言って、普段着のまま家を出たそうです。それが最後でした。
由美子さんは今も、ご主人が帰ってくるのを待っています。でも、正直、あの時の榊原さんの様子を聞く限り、普通の状態ではなかったと思います。




