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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第2章 カルテ

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第4話 カルテを読む

 神保町の路地裏にひっそりと佇む古書店。「古書 龍文堂」の看板は、長年の風雨に晒されて文字がかすれている。


 高林泰三は、埃っぽい店内で見つけた段ボール箱を物色していた。「医学書!まとめて五千円!!」と書かれた札が付いている。中身は医学部の教授だったという人物の遺品整理品らしい。


「遺品? こんなの売っていいのか……?」


 高林は小さく呟いた。彼はじっとそれを眺める。古書店の商魂たくましい倫理観の欠落を咎めるより、興味が勝った。


 手に取ってパラパラと流し読む。教科書や専門書に混じって、何冊かのファイルが入っていた。その中の一冊を手に取る。表紙には「症例記録 2025年4月-5月」とだけ書かれていた。



 会社に戻り、昼休みを利用してファイルを開く。


「また変な資料を買ってきたんすか?」


 隣の席の後輩、川村が呆れたような口調で声をかけてきた。


「いや、これがさ、すごく面白いんだよ」


 高林は苦笑しながらカルテをめくる。


「一見バラバラな症例なんだけど、全部『水』に関係してる」


 最初のカルテは、水への異常な執着を示す男性の症例。次は、皮膚に地図のような模様が現れる女性。そして、水音から声が聞こえるという男性。


 確かに奇妙な症例ばかりだが、医学的な記録として淡々と記されている。主治医たちも困惑している様子が、行間から読み取れた。


「へぇ、変わった病気もあるもんですね」


 川村が覗き込んでくる。しかし高林の表情は、次第に真剣なものに変わっていった。


 3つのカルテを読み進めるうち、ある共通点に気がついた。それぞれのカルテの最後に、申し合わせたように同じ走り書きがある。


『西方との関連性を調査中』


 しかも、この追記部分だけ明らかに筆跡が違う。まるで後から第三者が書き加えたような……。


「どうかしました?」


 川村の声で我に返る。


「いや、なんでもない」


 高林はファイルを閉じた。しかし、頭の中では様々な疑問が渦巻いている。


 なぜ、これらのカルテが「遺品」として古書店へ流出したのか。つい最近のカルテだというのに。それに「西方」とは何を指すのか。そして、これらの症例は本当に単なる奇病なのか。


 ふと、先日交番に届けた日記のことを思い出す。あの日記にも「西へ向かう」という記述があった。


 偶然にしては、できすぎている。


 高林は、ファイルをもう一度開いた。今度は、医学的な記述ではなく、その裏にある「何か」を読み取ろうとするように、じっくりとページを繰っていく。


 窓の外では、春の雨が降り始めていた。その雨音が、妙に耳につく。


 ――いや、そんなはずはない。


 カルテに書かれていたような「声」が聞こえるはずがない。


 そう自分に言い聞かせながら、高林は次のページをめくった。そこには、4人目の症例が記録されていた。


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