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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第1章 関東某所での怪異
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第1話 日記 4月3日

 朝の通勤ラッシュはいつも憂鬱だ。今朝も変わらない。七時四十二分発の電車に乗り込む。車内は既に満員で、ドア付近に立つのがやっとだった。隣には五十代と思われる会社員風の男性。グレーのスーツに地味なネクタイ。どこにでもいる、ごく普通のサラリーマンだ。


 電車が動き出して三つ目の駅を過ぎた頃だった。隣の男性の様子がおかしい。最初は首を軽く左右に振っているだけだと思った。寝違えでもしたのかと。しかし、その動きは次第に大きくなっていく。


 そして――


 男性の首が、ゆっくりと回転し始めた。右から左へ。九十度、百二十度、百五十度。人間の可動域を明らかに超えている。顔が完全に後ろを向いた。それでも回転は止まらない。百八十度。背中側から男性の顔が見える。目は開いたまま、表情は穏やかだ。景色を眺める人のように、ゆっくりと首を回し続ける。


 恐怖で声も出ない。

 周りを見渡す。

 誰も気づいていない。

 皆、スマートフォンを見つめるか、目を閉じている。男性の首は二百七十度まで回った。もう少しで一回転する。


 次の駅に着いた。

 扉が開く。

 逃げるように飛び出した。

 振り返ると、男性は何事もなかったかのように、正面を向いて立っていた。電車が発車していく。窓越しに見えた男性の姿は、ごく普通の疲れたサラリーマンそのものだった。


 会社に着いてからも、あの光景が頭から離れない。同僚に話そうかと思った。けれど、誰が信じるだろうか。幻覚だったのかもしれない。最近は残業続きで疲れている。そう自分に言い聞かせた。



 夜七時のニュースを見て、血の気が引いた。


『本日午前八時頃、都内の駅構内で会社員の男性が行方不明になりました。防犯カメラの映像によると、男性は改札を通過した直後、忽然と姿を消したということです。警察では事件と事故の両面から捜査を進めています――』


 画面に映し出された男性の写真。グレーのスーツ、地味なネクタイ。今朝、隣に立っていた人物に間違いない。


 ニュースは続く。


『なお、同駅では先月から同様の失踪事件が三件発生しており、警察では関連を調べています』


 テレビを消した。部屋が静かになる。耳鳴りがする。いや、違う。これは……水の流れる音だ。どこからか、かすかに聞こえていた。


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