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戸籍を欲する女  05



「でも、郁子さんまで招集したってことは、先輩は何かしら危険なことが起こるって思ってるのかな?」

 食べ終わったクレープの包み紙を捨てる場所を探すように視線を彷徨わせながら千景は呟いた。

 孝明と郁子の年長組みは10Mほど先を歩いている。

 その背中を眺めながら歩いていた時子は、思わずといった様子で歩調を緩めた。

「さぁ、念の為なんじゃないですか?一応は妖が相手ですし」

 手持ち無沙汰の千景のごみを掴むと自分の鞄に放り込む。

「ありがと、時子はいい子だね」

 ニッコリと見本のような笑顔で言われた礼に、視線を逸らす。

「今頃気が付いた、みたいに言わないでくれます?」

 今朝やっと返してもらったショールを巻きなおして首を窄める。

 どうやら照れているらしい。

 冷えてしまった髪が風に煽られて顔に掛かる。

 住宅街だというのに人の通りが殆ど無い。

 その髪を大きくかき上げ、遠くに見える山を見上げながら息を吐いた。

「志乃さんのこと、どう思います?」

 千景はその質問を時子がすることを知っていたかのように、特に驚くことも無く顔を正面に向けたまま「んー」と唸ってから、

「僕も志乃さんに血の匂いは感じなかったし、危ない雰囲気は感じなかったけど、心身共に疲れてるのは感じた。志乃さんが何を栄養源にしてるのか分からないけど、摂取できてないのかもね」

 そう言われれば、孝明のジャンプにも辛うじて耐えているといったような状態だったことを思い出しした。

「それに、何もかも話してる・・・ってことはないだろうな」

「え?」

 時子が言葉の意味を問いただそうとしたが、孝明の声がそれを遮った。

「そろそろだぞ」

「はぁい、時子、行こう?」

「はい」

 駆け足で孝明と郁子の下に集まると、郁子がため息混じりに、

「ここ、空気が淀んでる・・・」

 と、胸を摩った。

 顔をしかめて握りこぶしで強く鼻を擦った。

「郁子ちゃん、大丈夫?」

「あぁ、あんたらには分かんない?なんか、色んな匂いが混じってる感じ。それも嫌な匂いばっかり集めたみたいに」

 時子はポケットから出したハンカチを郁子に渡した。

 郁子は顔の周りに漂う匂いを払うように顔を振ってからハンカチを受け取った。

「郁子ちゃん程、鼻が利かないから」

 郁子は腕で鼻を隠すようにして不快気に強く目を瞑った。

 そして、再び瞼を開くと瞳は金色に輝き、縦に細長く変化していた。

 コレが郁子の本来の姿なのだ。

「麻生、何か感じるか?」

 孝明が後頭部の髪を握り、周りを見渡しながら呟いた。

 郁子は大きく頭を振るとこめかみを揉みながら、足元に視線を落とした。

「やな感じ。ここ磁場がおかしいの?それとも・・・相当血を吸ってるの?」

 郁子は不吉な言葉を吐きながら、ゆっくりと目の前まで近付いている森を見上げた。

「ここ、普通じゃない」

 気の強い郁子にしては珍しく、額に冷や汗をかいている。

 さらさらした髪を項で纏めて、腕に通したゴムでひとつに結わえる。

「麻生、森に入るとき気をつけろよ」

 孝明が郁子の横を歩きすぎながら肩に軽く触れて言った。

「・・・?、ああ、分かった」

 郁子は不思議そうな顔で孝明の背中を追いかけた。




 4人は民家が減り田畑ばかりが目立つようになってきた道をゆっくりと歩んでいく。

 細い畦道を抜け、木々が茂る森の手前に『私有地』という立て看板が進入を拒むように突き刺さっている。

 森は鬱蒼とし、そこだけ日が差さず薄暗く、聞こえるはずの鳥の囀りも、風にざわめく葉の音も聞こえない。

 森の中だけ時が止まったような・・・。

「ん?」

 立て看板を超えた瞬間、郁子が額に手を当てて立ち止まった。

「郁子ちゃん、どうしたの?」

「身体が・・・なんか重い」

「大丈夫か?動けるか?」

 孝明がポケットから手を出して郁子の前に回りこみ、身を屈めて心配そうに覗き込んだ。

 郁子は少し驚いたように身を引くと、軽く首を振った。

「問題ない。けど急にどうしたんだろう?」

 自分自身でも分からないと困惑を感じているようだ。

「麻生が半分妖だからかも」

 孝明が腕を組みながら、真っ直ぐに郁子の瞳を見た。

「意味がわかんない。どういうことよ」

 郁子が苛々した声で攻撃的に孝明に突っかかった。

「もしかしたら結界が張られてるんじゃないかな。しかも中途半端な。だから麻生の『妖』の部分にだけ作用してるんじゃないかと思う。千景、『修復』できるか?」

 呼ばれた本人は目を瞑ったまましばらく黙っていたが、小さく首を横に振った。

「出来ないことはないですけど、この結界の影響が作用し続けたら意味は無いかもですね。HP削られ続けてるみたいなもんでしょうから」

「めんどくさいことしてくれてるわね」

 郁子の声が更に尖る。

「でも、志乃さんは子の森には他の『人外の生き物』も居るって言ってたのに、結界張っちゃったら出入りできないんじゃないの?」

「そうだよね。でも、志乃さんは僕らのところまで来た」

 時子の質問に曖昧に答えた千景はぽりぽりと頭を掻いた。

「その『志乃』ってのは結界張れるくらいの奴なの?」

「どーうだろうな」

 聞いた途端に郁子が切れた。

「あー、もう。めんどくさいなァ!!兎に角、この森ん中の全部やっちゃえばいいんじゃないの?」

 と、いいながら右手を一振りして15cm程の鋼色の硬そうな爪を生やす。

 今にも舌なめずりしそうな好戦的な様子だ。

「麻生、それ極論」

「でも確実かも・・・」

 と、時子も鞄の中から伸縮式の特殊警棒を出した。

「時子まで。どうしてウチの女の子たちは凶暴なんだろうね。今日は調査のみって言わなかったっけ?」

「聞いてないし、まどろっこしいの嫌い」

 郁子が声を低くして孝明を真っ直ぐに睨みつけた。

「郁子さんこわいー」

 千景が両手を頬に当てながらからかうと、郁子が噛み付きそうな顔で振り返る。

「なんだか嫌な気配が近付いてる気がしますよ?」

 千景が表情を改めて郁子の背後を指差した。

 時子と郁子が指を指された方向に顔を向けると、風の音ひとつしなかった木々の間からガザガザという葉を掻き分ける音が聞こえてきた。

 4人が真っ直ぐに森の奥を見詰めると、葉の間から挿す微かな光の中に一瞬何かが白く輝いた。

 よろよろと、ゆっくりと何かが近付いてくる。

 郁子が爪を、時子が特殊警防を構え、千景と孝明の前に立ちゆっくりと呼吸を整えるように大きく息を吸った。

「・・・やっぱり」

 聞こえてきたのは葉の音に掻き消えそうに細い声。

「来たんですね・・・」

 長い白銀の髪を揺らしながら、木に凭れかかる様に歩いてきたのは志乃だった。

「帰って、帰ってください」

 志乃は震える膝で何とか立ったままで囁くような小さな声で言った。

「気付かれてしまうから」

 昨日よりも更に紙のように真っ白でカサカサの肌が痛々しい。

 全身を漆黒のワンピースで包み、裸足の足で地面を歩いてきたのか真っ赤に腫れている。

 髪は乱れ、幾く筋かは顔に掛かり一層悲壮に見えた。

 時子が手を差し伸べようとした瞬間、

「志乃さん・・・・・・っ!!何?!」

 志乃の身体が強靭な力にに引っ張られたかのように一瞬で森の奥へ消えてしまった。



† † † † † 



「時子!!千景!待て」

 孝明の引き止める声を背中に聞きながら、時子は志乃目指して走っていた。

「千景さん、手っ」

 孝明の声で千景が付いてきていることを知り、走りながら視線を森の奥に据えたまま手だけを背後に差し出した。

 微かに擦れた指先を掴むと、一気に足に力を集中させる。

「時子っ、ちょっと待って!!」

 いきなりの加速に仰け反りながら驚く千景を無視して、志乃の消えた方向を目指して駆ける。

 髪が背後になびき、耳元で空気がゴウゴウと音を立て、手だけで繋がった千景が空足を踏みながらも必死で足を動かしているのを感じながら可能な限り足を動かすが、志乃の姿が見えない。

「千景さん、方向あってますよね?」

「多分合ってる!」

 叫びあうように確認をすると、時子は急に身体を横に向けながら両足を踏ん張って地面を削りながら立ち止まる。

 長い髪が大きく乱れ、顔を覆い隠したが、その髪の間から視線を鋭く動かして周りの様子をうかがう。

 惰性で千景が放り出されそうになるのを繋いだ手のお陰で、尻餅を付く程度ですませると手を振り払うように放し、

「見ないでくださいね」

 と、一言言い置き、再度両足に力を溜めて真上に飛び上がった。

 程よい太さの枝に両手をかけ、一気に引き寄せてその幹に立ち、周りを見回すが木が視界を遮り志乃は見つけられない。

「降ります」

 木の幹から音も無く降りた時子は屈みこんで息を整える千景の横に立った。

「大丈夫ですか?」

 覗き込むと普段真っ白な鼻と頬が上気し、幼い少年のように見えた。

「な、何とかね」

「さっきの、なんでしょうね」

 走ってきた道を視線でなぞり、先に視線を向けても手がかりになりそうなものは見つけられない。

「分かんない。でも志乃さんの意思じゃなさそうだったね」

 体育座りで呼吸を整えながら、仁王立ちの時子を見上げる。

「ですよね」

 時子が片手にしていた特殊警防を振り下ろすようにして伸ばすと、千景がにやっと笑う。

「やる気だねぇ」

「ええ、やられる気はありませんから」

「カッコイイな」

「ええ、千景さん守んないと千紘さんに殺されますから」

 半分冗談で、半分本気で時子は呟いた。

「何があっても守りますよ。だから、何かあったら助けてくださいね」

「任せといて」

 千景は時子の背中と自分の背中を合わせるように立ち上がり、ぐるりと周りを見渡した。

「先生たちに合流できそうにないね」

「行かせてくれそうにないですね」

 時子は冷めた視線で志乃の消えた森の奥を見詰めた。

 


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