似たもの同士
「嫌がらせだな」
吐く息は白く、ピンと張ったような空気に溶けて消えていく。
校舎の屋上は遮るものも無く、冷たい風が髪を乱暴に撫でていく。 八幡時子は乱れた髪もそのままに、腕を組んで背中を壁に預け紺色のショールを掻き合せた。
くっきりとした眉と、紺色の瞳の中間で一直線に切られた前髪と背中まで伸びる黒髪は一見清楚な印象もあたえるが、腕組に仁王立ち、半眼で一点を睨む姿は清楚とは真逆だ。
紺色のブレザーに臙脂のネクタイを緩めに締め、膝上のグレー地に白と黒の格子模様のプリーツスカートに黒のニーソックス。ごくごく普通の真面目そうな高校生。
向かいの校舎の時計はすでに半周し、昼休みの時間は少なくなっている。
制服とはいえ、ただでさえ苦手なスカートで足元が寒いのに、このままだと体が冷え切ってしまう。あと一分で来なかったら・・・と、口には出せないような物騒なことを考えていると、一際強い風がプリーツのスカートと長い髪を大きく捲り上げた。
「おっしーな。あと少しで見えたのに」
軽やかで耳障りのいい声が聞こえた。
「鳥肌がたってなかったらなかなか素敵なオミアシよ」」
顔にかかった髪の間から睨みつける様に視線だけを横に動かすと制服を若干だらしなくきた痩せた生徒が口角を上げてニシシと笑っていた。
少し長めの漆黒の髪は嫌味なくらいサラサラで、その髪が包む輪郭は小さく、大理石から削りだしたように滑らかな肌なのがよく分かる。細い顎はまるで女の子のようだ。
光の加減によっては暗い紫色に見える大きな瞳はクルクルとよく動き、ともすれば冷淡にみえる整いすぎた顔に人懐こさを与えている。
深い紫色の瞳を持つ少年は小首を傾げ、
「エヘッ」
と発音しながら(!)にっこりと微笑んだ。
そんな笑顔で許されると思ってる時点で万死に値する。と心の中だけで毒ずく。
この寒さの中、ジャケットを羽織らずにクリーム色のベストにネクタイも外している姿は、視覚的に寒さを与える。
「思っても無いこと、言わないでください」
わざとゆっくりと発音すると、少年は首と大きく前に突き出した掌を振る。
「思ってる思ってる。じゃないとわざとこんな風の強いとこ選ばないって。こう、見えるかもって微かなロマンを男は求めるわけで・・・」
「あーはいはい。男って自覚があったんですね。そりゃぁよかった。見たかったらいくらでもどーぞ。減るもんじゃないんで。今後は嘘でもこんなとこに呼び出さないでくださいね」
仁王立ちのままの姿勢で顎を上げる。
「こわ。・・・お前さぁ、自分が女の子だって自覚ある?時々心配になるよ」
「少なくとも 千景さんの前では消失します。ってか、寒いんですよ。真冬に屋上で待ち合わせって、その時点で女の子あつかいしてませんよね?」
千景と呼ばれた少年は天を仰いで肩を竦めてから、温かいカフェオレを時子に向かって放り投げた。
時子はそれを片手で受け止めると、小さく頭を下げた。
「アリガトウゴザイマス。で、寒くないんですか?風邪引きますよ」
「下でバレーして遊んでたから暑いくらいだったんだけどね。失敗した」
白い息を吐きながら肩を抱いて震えてみせる。
「これのお返しです。風邪引かれると困るし・・・」
缶を少し持ち上げてから、肩に羽織っていたストールを突き出すように渡す。
汗が冷えたら本当に風邪を引きかねない。
千景は一瞬驚いたような表情をした後、口角を柔らかくして受け取った。
「トキの優しさを感じるわぁ」
羽織ったストールを抱きしめるようにして頬ずりし始めた。
「汚さないでくださいね」
千景が傷ついたと言いたげな顔を向ける。
「トキ冷たい、僕苛められて可哀相。『素直に千景さんが心配っ』て言えばいいのに」
拗ねたように唇を尖らせて屈み込んで時子を見上げる。
その視線を叩き落とすように舌鋒鋭く跳ね返す。
「あたしの方が可哀相だと思うんですけどね。呼び出した本人がバレーしてて遅刻。明らかに呼び出したこと自体、忘れてったってことですよね?・・・この寒風の中30分以上待ってたんですけど」
「だよね。鳥肌すごいもん。怒ってる?ストール返そうか?」
拗ねたように唇を尖らせて屈み込んで時子を見上げる。
「結構です。体力ありますから」
「あはは、スタミナの塊だもんね」
指をさして笑う千景を一睨みして黙らせてから、プルトップを開けて口をつける。もう冷めかけている筈なのに寒さのせいで熱く感じる。体温が戻っていくようだ。
「で、何でわざわざここに呼び出したんですか?」
天使のように可愛らしい顔が悪魔の表情を浮かべた。
篠田千景。私立 逢坂学園高等部1年。容姿端麗、成績優秀、友人も男女問わず多く一見完璧に近い人間に見えるが、一旦口を開くとその唇から零れ出る「おねぇ言葉」を聞いた者は漏れなく額に手を当てて落胆するか、自分の耳を疑ってしまう。
無理もないと、数々の落胆者を目撃してきた時子は思う。
深窓の令嬢よろしく、白いカーテン越しに詩集でも読んでいて欲しいと想像するような可憐な美少年が「納豆って腐り時がわかんない」だの「洗濯のもが押入れに入りきらなくて困っちゃう」とシナお付けながら喋るのだ。
その幻想の打ち砕かれたるや、見ていて可哀相になることも屡だ。
千景はフェンスに凭れながら、牛乳パックを上から持ち、人差し指を時子に向けながらしゃべり続けていた。
「トキもさ、もうちっと思春期の女の子らしくしたらどうなの?」
「持ち合わせがないものはどうしようもありません。必要ならその内芽生えるかもしれませんけど」
「今芽生えていない時点で手遅れじゃない?」
「じゃぁ、千景さんが手本見せてくださいよ、いいなって思ったら芽生えるかも」
「僕が女の子らしさなんて披露しちゃったら、学校中の女の子の嫉妬を買っちゃうわ、男どもは迫ってくるわで大騒ぎになっちゃうからね」
顎に人差し指を当ててシナをつくる。それが妙に似合っていて時子の口から乾いた笑い声が出る。
「・・・・・・それは・・・大変ですね」
思い切り平坦な声でかえすと、千景は「でしょ?」と真面目な顔で頷いた。
こういうことを真剣に言うか?・・・と。口に中だけで呟く。
「で、話ってなんですか?」
気持ちを切り替えるつもりで体ごと千景に振り返る。のんびりしていたら凍死しかねない。
「メールが入ってた」
時子は目だけで先を促した。
「 依子先輩から連絡があった。先輩寂しがってたよ?連絡してないの?」
依子という名前を聞いたとたん、時子の表情がぱぁっと明るくなり、ショールをふっ飛ばしながら千景の肩をガッチリつかんだ。
「寂しがってました?寂しがってました?」
「うん、桜田先生もね」
「そっちはどうでもいいです。あー、依子先輩かわいいっ。そうか、あたしが居ないと寂しいんですね。今週は期末試験だったでしょ?だから会いに行ってないんですよね。こう、ちょっと意地悪したくて、メールも我慢してたんですよ」
「トキ、それって小学生の男子並みの思考だね。ホントにベクトルが間違ってるよね。それと痛いから手を離して・・・。自分の力理解しようね。僕の華奢な肩なんてぽきっといっちゃうから」」
「あぁ、それなら手遅れですよ。疲労骨折すように、毎回力加減してますから、あと2、3回でいきますよ」
ペロッと舌を出しながらVサインにとびきりの笑顔で答える。
「冗談になってなってないから、この痛みって肩こりじゃなかったのね」
「疲労骨折途中です。結構難しいんですよね、こう、折らないっていうの?」
「何そのムカつく疑問系。妙な言葉を作らないで」
肩を抱きしめるようにしながら項垂れる。
時子は缶を両手で弄びながら、千景に顔を向け「先を」と催促した。
千景は恨めしそうに肩を撫でながら、しぶしぶといった様子で、時子から離れるようにフェンスに凭れた。今更身の危険を感じても遅いのだが・・・。
「依頼があったって」
「久し振りじゃないですか。放課後に集合ですか?」
千景は一瞬微妙な表情を浮かべた。
(嫌な予感がする・・・)
時子が千景から発せられる微かな悪魔のオーラを感じて後ずさりする。
「詳細は千紘が持ってくる。ってことで放課後に生徒会室に集合!」
言いながら背中を向けて逃げるように歩き出す千景の首根っこを捕まえて、無理やり振り向かせる。
「ヤですよ。私は帰りますからね。呼び出しうけたの千景さんでしょ?」
「それが依子先輩は本業が忙しくって、今日来れないの。そした・・・」
「千紘さんと2人っきりってことですね」」
落ちたショールを拾い、畳みながら半眼で千景を見上げると、情けない顔をした千景が顔の前で両手を合わせている。
絆されないぞ。と心の中で誓う。この子犬の瞳に何度騙されたことか。苦々しい過去が走馬灯だ。
「一生のお願い」
「何回生まれ変わる気ですか?いいかげん慣れたらどうですか?兄弟でしょ」
「ついこの間兄弟になったばっかりだから繊細な関係なの」
「尚更お二人で友好を図ってくださいよ。あたしは邪魔しませんから」
「時子ちゃんが邪魔なわけがない!僕の半身と言っても過言では・・・」
「誠に失礼ながら、半身なんて真っ平ごめんです」
千景の言葉を遮り、頭が一周しそうな勢いでブンブンと首を振る。千景は時子の頭をガッシリと掴んでその動きを止める。
「ホントに失礼・・・」
顔が引き攣っている。
「正直が信条です」
負けて堪るかと、口だけの笑顔で応戦する。
一歩踏み出し額に力をじわりと加える。
「クラスメイトを助けようとは思わないの?」
千景が片手では耐え切れず、両手で時子の額を押しながら何とか耐える。
「兄弟の大事な大事な時間を邪魔しようとも思いません」
「そこを何とか」
「イヤですってば・・・っと」
いきなり額から手を引かれ、前のめりに倒れかけるのを何とか踏み止まり、顔を上げると千景が携帯電話を耳に当てていた。
「あ、千紘?今日時子も参加。・・・うん、・・・分かった、必ず連れて行く。うん、よろしくねー」
それだけを伝えると、時子が声を挟むまもなく切ってしまった。人差し指と親指で切れた携帯電話を摘んでブラブラと振る。その顔は子憎たらしいほどかわいい満面の笑顔だ。
唖然としたままの時子に手招きをして扉を開ける。
「け、携帯電話は校内では使用禁止!!!」
この意味不明の叫びで動揺の程が知れようというものだ。
「あ、そうそう。先生も来るよ」
嫌味なほど澄ました様子で付け足す。
「はぁああぁ?なんで兄さんが来るんですか!ってか、兄さんが来るなら私は要らないでしょ!」
千景が嬉しそうに振り返り、わざとらしく腰に手を当てて背筋を伸ばして一言。
「兄妹の友好を図ってもらおうかと思って」
言葉尻にハートが見えそうだ。
「卑怯者!」
「薄情者!!」
似たもの同士と人は言う。




