ミニマリストだけど隣のお姉さんの部屋は汚い
夏休み二週間目。
俺の部屋には、物が増え続けている。
犯人は言うまでもなく──
「おはよ〜……」
隣で寝ていた幼馴染の橘ひなたが、もぞもぞと布団の中から顔を出す。
俺のTシャツを着たままのひなたは、寝起きのせいで目元が少しぼんやりしていた。
肩口が少しずり落ち、綺麗な形の鎖骨がちらりと見えている。裾は太ももの半分ほどまで隠れていて、まるでワンピースのように見えた。
長い黒髪は寝癖でところどころはねており、半分眠ったような顔で目をこする。
「ん〜……朝ごはん、なに?」
「作る気ゼロか」
「颯斗の家、余計な食材ないからさ……うち行こっか?」
「いや、お前ん家も似たようなもんだろ」
ひなたの家も、親が共働きで基本はコンビニ飯か外食だ。
となると、朝飯をどうするか。
そんなことを考えていると、突然、俺の部屋のインターホンが鳴った。
「……誰だ?」
「こんな朝から訪問者? もしかして宅配?」
俺は無言で首を振りながら、ドアを開ける。
「おはよう。悪いけど、ちょっと助けてくれないかな?」
そこに立っていたのは、隣に住む瀬名美月さんだった。大学生らしいけど、年齢は知らない。
細身のデニムに黒のタンクトップというシンプルな服装で、腰まで伸びたストレートの髪を後ろで軽く結んでいる。
涼しげな切れ長の瞳と、整った顔立ち。落ち着いた低めの声が特徴的で、俺が知る限り、笑顔はほとんど見せない。
無駄を感じさせないミニマルな美しさ──つまり、ひなたとは正反対のタイプの女性だ。
「どうしたんですか?」
「……部屋が、ヤバい」
「は?」
「昨日、ちょっと荷物を探してて。そしたら、まあ……崩壊した」
「崩壊?」
「足の踏み場がない。ゴミの山」
「……引っ越しですか?」
「違う。掃除を手伝ってほしい」
さらっと恐ろしいことを言われた。
「え、もしかして美月さんって片付けられない人ですか?」
「……そういうことになるな」
後ろからひなたが顔を覗かせる。
「凄い美人なお姉さんだ……」
「ン、ありがと」
美月さんはクールでスマートな印象が強い。だが、そんな人が部屋ではゴミに埋もれているとは。
「どうして俺に?」
「君の部屋は異様に綺麗だったから、掃除が得意なんじゃないかと思って」
確かに、俺はミニマニストだから、掃除は得意な方だ。
それを見込んでの頼みというわけか。
「……どうするの?」
ひなたが俺を見上げる。
「正直、俺はこの後バイト探しをしようと思ってたんだけど……」
「時給は払う」
「やります」
即答だった。
金欠だったし、これはありがたい……!
「ん? ……んんん?」
ひなたは怪訝そうな表情を浮かべている。
「どうした?」
「いや、別にぃ……」
「そうか」
こうして、汚部屋の片付けという未知の領域に足を踏み入れることになった俺。
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「どうして美月さんは颯斗の部屋が綺麗だって知っているんですか?」
美月さんの散らかった部屋で、俺たちはスペースを見つけてそれぞれ座っていた。
「前に酔っ払って、部屋の前で倒れてた時に、颯斗にお持ち帰りされた」
「はぁあああ――!?」
Oh……。
「何故バラすし」
「ちょっと、颯斗!」
ゴミをかき分け、こちらに詰め寄ってくるひなた。
「な、何だよ」
「私以外の女は部屋には入れてないって言ってたのに!」
「あら、修羅場」
こんな状況でも、冷静な美月さん。いや、誰のせいでこうなったと……。
「介抱するために家に入れただけだよ。それに一回だけだから、一回だけ」
「嘘をつけ! 一回で済んだら、誰も妊娠しないんだよ!」
「どんな理屈……」
「見覚えのないパンツが落ちていると思ったら、やっぱりいいいい!」
「あ、やっぱり私のシマシマパンツ颯斗の部屋に忘れてたのか」
お前のだったんかい――!?