ミニマリストなのに幼馴染が俺の部屋を私物化しようとする
「帰れって言ってるだろ」
「え~? そんな冷たいこと言わないでよ。私のこと、追い出したら泣いちゃうよ?」
ひなたはそう言いながら、床に座ったまま俺をじっと見上げる。
「それと勝手に俺のTシャツを着るな」
胸元から下着がチラチラと見えていた。目線のやり場に困る。
「やだぁ〜どこ見てるの〜」
「そんな貧相な胸は見ていない!」
「ええ!? Dカップって貧相なの!」
D!? 高校一年生でDだと!?
「ちょっと、本当に見過ぎだよ……」
ひなたはTシャツの胸元を手繰り寄せて、胸を隠す。
「と、とにかく俺の部屋は、お前の泊まる場所じゃない」
「でもさ、物が増えなければ何でも別にいいんでしょ? だったら私がここで寝たっていいじゃん」
「そういう問題じゃない」
「じゃあどういう問題?」
「……お前が勝手に居着こうとしてることが問題なんだよ」
「へぇ~?」
ひなたはにやにやしながら、スマホをポチポチと操作する。
「ねえ、そういえばさ、この部屋ってすっごく何もないよね。収納もないし、服も最小限……もしかして、クローゼットの中ってガラガラなんじゃない?」
「……だから?」
「だったらさ、私の服をちょっと置かせてもらってもいいよね!」
「は?」
「だって、私がここに泊まるときに、いちいち着替えを持ってくるの面倒だし~。あ、そうだ! せっかくだから、私のスキンケア用品も置いておこうかな。ミニマリストって化粧品とかほとんど持ってないんでしょ? だったらスペース余ってるよね!」
「お前、それもうほぼ同棲みたいなもんだぞ」
「えっ、そう? やだ、なんかドキドキするね!」
「するな!」
こいつ、本気で俺の部屋を私物化する気か?
ただでさえ俺のミニマルな生活を乱してくるのに、これ以上物を増やされるのは耐えられない。
「なぁ、ひなた。お前、俺の部屋に泊まるのはいいとして、なんでわざと下着を置いていくんだ?」
「えっ? それは……」
俺が真剣な表情で尋ねると、ひなたは少しだけ目を泳がせた。
「……別に、深い理由なんてないよ。ただ、なんとなく?」
「嘘をつけ!」
「うっ……」
俺はじっとひなたを見つめる。
すると、ひなたは少しだけ頬を染めながら、小さな声で呟いた。
「……だって、私の物がここにあったら、ちょっとは私のこと思い出すかなって……」
「は?」
「ほら、ミニマリストってさ、物に執着しないんでしょ? でも、もし私の物がここにあったら、ちょっとくらい私のこと考えるかなーって……」
「……」
俺は思わず沈黙した。
こいつ……そんなことを考えてたのか?
「でも、ぜんぜん効果なかったみたいだねー! ははっ、残念!」
ひなたはわざと明るい声で笑う。
けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「……そんなこと、ない」
「え?」
「お前の下着が落ちてたら、嫌でも気になるに決まってるだろ」
「……そ、そっか! なら、成功だね!」
ひなたは慌てたように言いながら、そっぽを向いた。
「でもな、それとこれとは別だ。俺の部屋にお前の私物を置くのは禁止だ」
「ええー!?」
「お前が俺のことをどう思ってるのかは知らんが、俺はミニマリストなんだ。余計な物は、全部排除する主義だ」
「……」
ひなたは、少しだけ悲しそうな顔をした。
「そっか……そうだよね。私は“余計な物”なのかもね」
「……お前は物じゃないだろ」
「え?」
「お前は物じゃない」
「……」
「だから、その……とにかく! 勝手に物を置くな」
「……ん」
ひなたは、少しだけ嬉しそうに笑った。
「じゃあさ、物は置いていかないけど、また泊まりに来てもいい?」
「……勝手にしろ」
その瞬間、ひなたは口角をあげてニヤリ、と笑った。
「や〜い、DA⭐︎MA⭐︎SA⭐︎RE⭐︎TA⭐︎NA⭐︎」
「なっ……!?」
「チョロいぜ、チョロ過ぎるよ」
「クソッたれ! もう帰れや!」
俺は上着と荷物をひなたに持たせて、玄関の外に追い出した。
「また来るね〜」
玄関の外からひなたの声が聞こえた。
「二度と来るなよ!」
「勝手にするよ〜」
こうして、俺のミニマルな生活は、少しずつひなたによって侵食されていくのだった──。