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悪役令嬢はヒロインの義妹が幸せになるように「ざまぁ」希望です

作者: 新川さとし

 私の名前はエリザベート・ミリル・麗子。


 冗談みたいだけど、これが本名なの。幼い私を抱えた父が、再婚する時に相手の姓を受け継ぐことが条件だったらしい。


 あ、詳しくは知らないから、私に説明を求めないでね? まあ、名前なんてどうでも良いよね。学校では父方の名前を使わせていただいて「山田麗子」という、極めて平凡な名前で通っているのだから。


 都立はけっこう柔軟なのが良いのよね。父親が入学前に面談しておじいちゃん担任に頼んだら、一発で「通称使用」をOKしてくれたもん。


 お家がけっこうお金持ちなのに都立を選んだのはワケがある。


 髪の毛のせいだ。


 私の実の祖父の()がドイツ人なの。そして隔世遺伝なのか、私の地毛は明るい金髪なのだ。しかも、どうしようもなくクセっ毛なのである。

 

 中学校では何度も生活指導の先生に怒られて「地毛です」を証明するのが大変だった。だから、高校では校則の縛りが緩い都立で、しかもお勉強のできる高校を選んだわけ。


 ここなら、私の髪色を誰も気にしない。むしろ「綺麗だね」って誉めてくれる。


 いろいろな意味で居心地良し。担任の爺ちゃん先生は国語の担当。なんでも「お~ 君は頑張ってるんだね~ 素晴らしい」で解決してしまう。


 先生に言わせると「自由だから、たいていのことはみんなで解決しちゃえるだろ? だから、みんなが頑張ってるのを誉めるのがボクのお仕事だよ」ですって。


 そういうわけで、先生に叱られたことなんて1回もなかった。私だけじゃない。クラス全員がそうなの。


 たとえば、クラスの子が遅刻してきた時の先生のセリフがすごかった。


「何かあったのかい? 君が遅刻なんてするなんて、よほどのことがあったんだろ? いっつも頑張るもんね。ボクは君を応援してるんだよ。素晴らしい生徒だなって。君はボクなんかよりも数段優秀だからね!」


 もう、遅刻のことを注意しているはずなのに、横で聞いてたら「誉め称えられてる」としか思えない。しかも、どう考えても本気に思える。


 だから、うちのクラスは誰も遅刻しなくなった。そりゃ、心から信じて、誉めてくれる人の期待は裏切りたくないもんね。 


 なんて、大らか。なんて自由。なんて責任感。


 良い学校に入れたなって嬉しくなっちゃう。


 ただ、本日は大失敗。あまりにも大らかな雰囲気に飲まれて、プールの授業の後に髪の毛をセットし忘れてしまった。


 私の髪は、ありえないクセッ毛だ。普段はキッチリセットしてる。だけど、髪が濡れた途端にサイドの前側が「縦クルクル」になってしまう。もはや、ギャグにしかならない「ドリルヘア」そのもの。


 短くすれば良いと思うかも知れないけど、中学時代のプールに怯えてショートにしたら、縦クルクルの硬いクセっ毛が見事に外に向かって跳ねた。


 ……付いたあだ名がふたつ。


 「ヒマワリ」と「オカメインコ」


 多感な時期の中学生の女の子が「オカメインコ」って言われる屈辱を想像してみてほしい!

 

 二度と短くしないと心に決めたのは当然だと思うの。


 で、本日はプールの後、髪の毛をセットし忘れたワケで、ドリルヘアが大公開されてしまった。


 いつものように、学校が終わるとすぐにやってきた妹ちゃんの部屋で、今日のネタを話している私。


「それでね、付いたあだ名が『悪役令嬢』なんだよ! 信じられる?」

「まあ!」


 一つ年下の義妹がフワッと笑った。相変わらず、可愛い笑みだ。


 え? これでウケてくれるの? 私の前で笑ってくれた義妹なんて、久し振りだよ。


 ついつい調子に乗って「お~ ほっ、ほっ、ほっ」って悪役令嬢っぽく笑ってみた。


「ひぃ~ やめて 苦し~」


 苦しいほど、ケタケタと笑う義妹。あ、咳き込んでる。ホドホドにした方がイイのかな?


 心の中は複雑だけど、まあ、笑ってくれるんならいっか。


 その日から、義妹のお部屋に行くときは「悪役令嬢ヘア」にして行くことにした。だって、簡単だ。部屋に入る前に、ちょっとトイレで髪の毛にミストすれば、あっと言う間にクルクルクルだもの。


 で、お部屋に行ったらドリルヘアを、サッとなびかせるのよ。


「お~ ほっ、ほっ、ほっ。ごきげんよう。今日のお加減は、いかがかしら?」

「お~ ほっ、ほっ、ほっ、庶民は近寄らないでくださる?」

「お~ ほっ、ほっ このドリルがある限り、私は無敵ですわ」

「あら、あら、こんな所に、邪魔なチューブですこと。自慢のドリルを巻き付けてしまうかしら。お~ ほっ、ほっ」


 ドリルヘアを振り回しての一発ギャグが、毎回、大ウケしちゃうから、次第に「ドリルヘア」を学校でもするようになってしまった。


 人間、ウケるって大事だもんね。


 確かに受けてるけど、二年も続けたら、さすがに妹も反応に困ったっていうか、言葉を出すのが辛くなったのだろう。特製画面で私に言葉を用意することが多くなった。


「いつまでも、悪役令嬢でいてね。お姉ちゃん、大好き」


 あぁ、なんて可愛い子。この子が笑ってくれるなら、もう、悪役令嬢をやめることなんてできませんわ。


 妹のために、より完璧な悪役令嬢を目指して役作りが始まったのは3年生になった春のこと。


 私は学校にも「ドリルヘア」にセットして行くようになった。普段の言葉も悪役令嬢っぽくしてみた。


 役作りを本格的にするためだ。通学のバスで、オジサンに二度見され、歩いていると年下の女子中学生に指を差して笑われるけど、でも、これでいいの。


 お陰で、学校でも「悪役令嬢」で有名になってしまった…… らしい。


 そのお陰なのだろうか? 人生って分からない。


 高校3年生の初夏のこと。


 キャラ以外は、とっても地味~な私に、生まれて初めて彼氏ができてしまった。


 信じられる? 青春モノのラノベみたいに校舎裏で告白されたんだよ。しかも相手はとっても背の高い男バスのキャプテン…… ではなくて、漫研の仲間だ。アニメとラノベが大好きで、とっても優しい、フツメン君。


 まあ、私自身が驚異的な地味女だから、男の子の外見をあれこれ言える立場じゃないけど。


 私に告白した男性は「小泉 瑞虎(ずいこ)」君。


 戦国時代の武将みたいな名前よね。


 ついつい、名前には笑ってしまった。


「ね、ズイコの親は、何も考えなかったの?」

「オヤジが付けたんだけどね、これは確信犯らしい」


 彼のお父さんは落語家なんだって。だから「こいずみずいこ」なら、一発で覚えてもらえるだろうって。そんなんで、大事な名前を付けて良いんだろうか?


「初対面の人に名乗る時は逆立ちするとウケるぞ、だぜ、まったく、ヒドい親だよ」


 ニコニコしながら、そんな風に言う瑞虎(ズイコ)は「ヒドい親だ」と嬉しそうだ。彼の家に遊びに行ったら、両親と彼の弟二人、みんなとっても元気が有り余っていて、仲が良さそうなんだもん。


 ついつい羨ましくなっちゃうよ。


 もともと、同じ漫研と言うこともあったけど、部活をやってた時は、むしろあんまり話はしなかったの。私は名前だけの部員で、文化祭で同人誌を出す以外は、学校が終わると速攻で帰宅してたからね。 


 改めて二人きりで話すと、瑞虎の真面目さと優しさにどんどん惹かれていってしまった。


 なにしろ彼は勉強ができるし、真面目だ。将来のことをしっかり考えて「弁護士になりたい」という夢もある。クラスでは「存在感を無くすスキル」を発動させる人だけど、二人でいるととっても優しい。いつも私のことを真剣に考えてくれるのが伝わってくる、信じられないほどの思いやりを持った温かい人だ。


 夏休み中、受験勉強の合間に、毎日会っていた。もちろん、高校生だよ。それだけ会っていれば、するべきことはしちゃうのだ。


 我が家は、昼間誰もいなくなることが多い。


 初めては私のお部屋だった。


 彼はとっても優しかった。初めて同士だから、ちょっと失敗もあったけど、とにかく幸せだった。


 その後も、彼は私を抱きしめたまま「愛してる」って言ってくれた。私も「愛してる」って言葉に出してる。


「信じろ。ずっとレイちゃんだけだから」

「うん。ずっと一緒だよ」


 愛してるって言葉が、こんな風に自然と言える日が私に来るなんて思わなかったよ。


 でもね、人生に影が差す「時」って、案外とあっけなく訪れる。


 9月のある日、センセイから「あと3ヶ月です」と宣言された


 そんなことがあってたまるモノか。絶対に受け入れられない。


 私は、さっそく義妹のお部屋に行った。


「お~ ほっ、ほっ、ほっ。エリザベート・ミリル・麗子ですわ。」


 久し振りに悪役令嬢風の登場をしたせいか、半分閉じた義妹の目がパッチリと開いた。


 ふふふ。ここからは、私のターンなんだから!


「ごきげんよう。ねぇ、私、よく考えてみたのよ。姉の私が悪役令嬢なら、美人な妹のあなたは、さしずめヒロインってところよね」


 突然、姉が何を言い出すのか、という表情で義妹は目をパチクリ。


 それでも、興味深そうにこっちを見てくれてる。


「ヒロインは、悪役令嬢にざまぁをするモノですわ。そうですねぇ。今はもう9月。卒業式まであと半年ちょっとよ。あなたはヒロイン、私は悪役令嬢。卒業式で見事にざまぁをしてみせなさいな」


 キョトンとする瞳。あぁ、この子は、本当に可愛いわ。


 神様。お願いです。私にもう少しだけ時間をください。


 悪役令嬢の私は、内面なんて押し隠して、びしりと指さして見せる。


「いつか、あなたが言ったでしょ? 私に、いつまでも悪役令嬢をしてって。責任をお取りなさいな」


 その時、確かに、義妹はニコッとしてくれた……と思う。


 静かに目で肯いてくれたのだ。


 だから、私は今日も悪役令嬢となる。


 毎日、毎日、義妹の部屋に行っては「お~ ほっ、ほっ、ほっ」と笑って見せる。


 時には、学校で、どれだけ楽しい生活をしているのか、どれだけ素晴らしい友人に囲まれているのか自慢する。至らない私を支えてくれる友人達。それって、回り回って、義妹ちゃんのお陰だとも思ってる。


 そこは言葉にしないけど、義妹ちゃんがいるからこそ、私の幸せがあるんだって気持ちは全部伝えているつもりだ。


 どこまで分かってもらえるのかは分からない。


 ヒロイン特有の素直な笑顔を浮かべて、義妹は私の自慢話を楽しそうな顔をして聞くばかり。


「忘れないで。悔しかったら、卒業式の日に見事、ざまぁをしてご覧なさいな。まあ、このドリルヘアに賭けても、その時、私は笑ってお受けしますわ」


 私の徴発には何も言わなかったけど、義妹はきっと、「タイムリミットのことも含めて」ぜ~んぶ分かっていてくれたんだと思う。だから、私は、どれだけキャラ作りに無理してでも悪役令嬢をやめるわけにはいかなかったんだ。


 悪役令嬢とヒロイン。


 センセイに言われた期限なんて、とっくに過ぎての年末。


 でも大丈夫。


 だって、卒業式でざまぁをする約束だもん。でも、ここまで来ると、ちょっとだけ欲が出る。


『卒業式じゃなくて、入学式って言えば良かったかな?』


 後悔をしても始まらない。今さら悩む顔なんて絶対見せないように気を付けた。


 そして、お正月。


「おねぇちゃんのかれにあわせて」


 義妹が特製の画面に打ち込んだ言葉を見せてきた。


 可愛い義妹の頼みだ。


 めったに「お願い」なんてしない義妹が、ハッキリと言葉にしてくると断れない。私だけじゃなくて、父も母もだけどね。ワガママなんかじゃない。逆に、めったに「お願い」をしてこないから、たまにこうやってお願いされちゃうと、何とかして叶えて上げたくなるもんだよね。


『でも、ズイコをあの子に会わせるなんて。どう思うんだろ? 辛くならないかな?』


 悩んだけど義妹の願いだ。しかたない。


 共通テストが終わった翌日のこと。


 彼と義妹の初対面。


 私はテンションをワザとトップギアに入れてみせる。


「お~ ほっ、ほっ、ほっ、こちらが小泉瑞虎君よ。私の彼氏をしていただいているのですわ」


 私の「悪役令嬢しゃべり」に目を丸くしてるズイコだ。えーい、私だって恥ずかしいけど、こうするとウケるし、今さら、急にキャラを変えたらこの子がヘンに思うカモだもん。仕方ないの! 


 まさか、義妹に彼氏を紹介することになるなんて思わなかったんだから。


「将来を約束した仲ですの。誰にも心変わりなんてしませんわ」


 私がことさらにノロケてみせる理由をきっと気付いているよね?


 義妹は口元に小さく微笑みを浮かべた。あまりにも儚げな微笑だ。


 私も彼も息を呑む。


 姉から見ても見惚れてしまうほどの、綺麗な顔だ。私は、必死に気を取り直して彼に紹介した。


「妹のクラリスですわ。あ、こう見えても、大丈夫ですの。日本語で、ちゃんとお話は通じますわ」

「初めまして。ズイでも、ズイコでも、好きに呼んでね」


 彼は、すごい。


 とっさに動揺を隠したんだと思う。意志の力で笑顔をニュートラルに戻すと、妹の顔だけを、ただ見つめてる。


 そりゃ、見ちゃうよね。


 義妹の見た目は特別だ。


 私と全く血のつながりがなくて、彼女の母と父はドイツ系の北欧出身。しかも貴族だから、義妹の本名は「エリザベート・ミリル・フォン・クラリス」となっている。名前の通りって言ったらヘンかもだけど、見た目は誰がどう見ても「北欧系の妖精のような美少女」だ。


 日本語が通じると思う方が不思議なほど。まあ、実は、クラリスって日本語以外分からないと思うけど。


 それにしても、改めて思う。


『クラリスって、ほんと可愛いんだよね。男の人は、こういう子に庇護欲をそそられるんだろうなぁ』


 透き通る白い肌、白銀色の髪、顔立ちはクッキリしていて、とっても小さなお顔の線はありえないほどにシャープだ。手足も細い。


 もしも、義妹が写真集でも出した日には、絶対に一冊買っちゃうだろうなってほどには美少女なんだよなぁ、これが。


 その時、義妹は…… クラリスは何も言わなかった。だけど、瞳にハッキリとした好意が浮かんでいるのを、私は気が付いてしまった。


 だから、できる限り短時間にした。あんなクラリスを見て、彼がどう思うか怖かったからだ。 


 でも、ズイコは私にいつも優しい。思った以上に「平常心」を取り戻すのは早かった。


「レイちゃんが、あんなキャラだなんて知らなかったよ。お~ ほっ、ほっ、とか」

「学校でバラしたら、承知しないんだから」

「お仕置きされちゃう? ムチ? あ、ハイヒールで踏まれたりとか? ちょっとしてみたいかも。でも、それだと悪役令嬢じゃなくて、女王様か」

「もう! なによ、それ!」


 ワザと、くだらないことを言っているのは言葉にしなくても分かる。それが彼の優しさだから。


 私は、彼と別れた後、確かめたくて、もう一度クラリスのお部屋に行った。


「おねえちゃん」

 

 確かに、彼女は目で、そう言った。


「なぁに」


 ゆっくりと時間をかけた後「すてきなひと」と画面に浮かんだ。


「ありがとう。とっても優しい人だよ」


 私はいつもの「悪役令嬢しゃべり」を忘れて素のままで答える。


 そうなの。


 優しくて、とっても素敵な人だ。どれだけ自分の心が辛くなっても、人の心の痛みに寄り添うことを優先できる、とっても優しい人。


 私は彼を信じてる。


 そこから会話がなくなった。


 ただ、私が部屋を出ようと立ち上がると、目が訴えてきた。とっても珍しいことだ。


「あら、なにかしら?」


 私は、何食わぬ顔をして、義妹の目の前に置かれた画面を覗き込む。


「さいこまで あくやくれいしょうていてね」


 私にはわかる。クラリスの口元には、何かを決意したような微笑があった。


 でも、その決意を確かめる勇気は出なかった。だから「おー ほっ、ほっ、ほっ、とーぜんでしょ。私には、最強のドリルが付いていますの。ざまあをされるのを楽しみにしていますわ」と髪をなびかせた。


 妹の決意を確かめるよりも、この場をギャグで終わらせてしまうしかなかったんだ。


 勇気のない姉を許して、クラリス。


 その日から、状況は一気に悪化した。


 何が悪くて、何をどうすればいいのかわからない。


 そして、人生には、不意に「時間切れ」を告げられることがある。自分ではどうにもならない「終わり」がやって来る日だ。


 卒業式には間に合わなかった。


 私だって、ホントは「結果」なんてわかっている。


 儚げなクラリスの美しさは、もはや息を呑むほどだって、私だって思うもん。


 妹はただ一心に、母と父から愛を受けていた。私のことなんて忘れている。でも、それで良い。

 

 もう、ずいぶんと、父と母は義妹のことばかり見ていたのだから。今さらだ。


 私も、相変わらず「お~ ほっ、ほっ、ほっ」と悪役令嬢として妹の部屋に日参した。


 ただ、一つだけ前と違ったことがある。


 ズイコだ。

 

 私にはナイショにしたかったらしい。毎日、クラリスに会いに来ていた。両親も「妹に会いに来るズイコ」を認めてくれた。


 父も母もズイコは私の彼氏だって知っている。だけど、妹に会いに来る彼氏を迎え入れる父と母。


 私はとうとう我慢できなくなって「こっそりと会っているんだって?」と正面から聞いた。


「君も受験があるだろ? せめて、オレが代わりに話しでもしようかなってね」


 私立の受験日程は2月の上旬だ。


 国立狙いの彼は、本来、勉強に使うべき時間が大量にあった。それを、私にはナイショで、妹のためにつぎ込んでいた。


 元々、私が紹介してしまったのが悪いんだ。彼がこういう選択をするのは分かってたのに。


 それを、今さら責めるわけにはいかない。


 そして、第一志望にしていた私立の発表があった。合格していた。


 嬉しくて、ズイコにメッセをしたのに届かない。電話しても、スイッチが入ってないらしい。


 おかしいなと思ったけど、仕方ない。


 私は、また義妹の部屋に行った。


 入ろうとした直前、何かを予感した私は、そっと覗き込んだ。


「大丈夫だよ、リース。全部、分かってる。みんな、君の味方だから」

 

 私ですらしたことのない、まさかの「愛称呼び」だ。両手で義妹の華奢な手を握りしめながら、瞳には愛しいものを見る時にでる特有の強い光、そして優しい熱を帯びた声。


「大丈夫。怖くないよ。オレがここにいるからね」


 その後、彼はゆっくりと立ち上がって振り向いた。


 私に気付いて、ハッとした表情。


 ここではダメ。妹に聞こえちゃうから。


 そっと部屋を出て、エレベーターを降りる。二人とも無言だった。


「ありがとう」


 私は頭を下げる。


「オレにできるのはこれくらいだから」

「ありがとう。忙しいのに」


 彼は首を振ってみせる。


 本当に優しい人。妹が彼に向ける瞳は、恋する人へのものではない。ただ、家族以外で自分に優しい言葉をじっくりと掛けてくれる存在に飢えていたのだろう。


 もちろん、彼はそれを承知で、ただ、ゆっくりと時を過ごしてくれていた。


「何とか、卒業式が目標だったのだけど」

「もうちょっとじゃないか」


 私は首を振った。


「そうか」 

   

 彼は全てを飲み込んだ表情になった。


 その翌日、とうとう恐れていたことが起きた。


 妹の周りに集まる父と母、そして急遽、私が呼び出したズイコ。


 そして私。


 みんなが妹を見つめている時、奇跡が起きた。


 確かに、妹の目は私のことを見た。


 儚げで美しい唇が小さく動いたんだ。


 奇跡だ。


 クラリスが冒されたのは、全身のあらゆる筋肉から動く力を喪う病だった。こんなに最後の最後で、唇なんて動かせるはずがない。


 でも、私は確かに見た。


「ありがと」


 その唇は確かに、そう動いていた。


 バカ、なんで「ありがと」なのよ。


 私は動揺を隠してキャラになるしかない。


「何をお言いなのクラリス。ヒロインのくせに、悪役令嬢、エリザベート・ミリル・麗子に向かって、ありがとうとは何ごとですか!」


 そうだよ、約束だもん。たとえ、ざまぁはしてもらえなくても、私は最後の瞬間まで、あなたのための悪役令嬢だからね。


 ピー

 

 心停止を継げる電子音が小さく響いた。


 ダメ、まだダメだよ。楽しいこと、何にもして上げられなかったのに!


「ちょっと! 何よ! あなた、ヒロインなんでしょ! 悪役令嬢を置いていかないでよ! いやぁああ! まだ、早すぎるのに! ざまぁをする約束でしょ? 起きてよ、クラリス!」


 医師(センセイ)はチラッと腕時計を見てから、静かに頭を下げてきた。


「13時20分。お亡くなりになりました」


 両親が医師に向かって頭を下げる。


 後ろからズイコが私を支えてくれてる。


 背中を預けた私の視線は、長い間つながっていたチューブが取り外された顔に向かう。


 大好きなクラリスの顔は眠っているみたいだった。


 違う。死んでなんかいない。クラリスは、ずっと、ずっと私のヒロインとして一緒に生きていくんだから。


 だから、私は最後まで悪役令嬢でいるんだ。私が悪役令嬢なら、ヒロインが最後に幸せになれるはず。


 そうだよね? クラリス。


 私は、グッと両脚を踏ん張って立ち尽くした。


「おっ、ほっ、ほっ、ほっ。私が悪役令嬢。エリザベート・ミリル・麗子ですわ。 文句があるなら、ちゃんと起きなさい!」


 ヘンですわ。起きませんのね。最後に「ざまぁ」をしてこそのヒロインなのに。


 あれ? 私、目から水がこぼれ落ちてますわ。


 でも、そんなことには負けませんの。


 だって、私はヒロインが幸せになるための悪役令嬢ですから。


 窓の外に向かって、私は、もう一度だけ、悪役令嬢として笑って見せた。


 白い雲が浮かんでいる。


 大好きだよ、私の妹。

 

クラリスは全身の筋肉が動かなくなる病気になりました。何年もかけて少しずつ進行して、義妹は中学にも行かれずに、入院生活になります。治療法は存在しません。話の中の「義妹のお部屋」は、入院先の病室を指しています。

途中から、病が進行して自律呼吸ができなくなり「気管切開」を受けて発話ができなくなりました。

意識はあってもキーボードでの入力も力が入らないため、病の進行に従って「視線入力」をする特殊な意思表示装置を使っています。それでも、体力を消耗するため、濁点などが使えなくなりました。

義妹はズイコを「お姉ちゃんの(将来の)旦那さん」として信頼し慕っていました。

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