第九話「それが、この国のために必要なことだとしても」sideロマネ・ドメーヌ
会議室、ロマネとシグラス、そして円卓のテーブルを挟んで、彼らに頭を下げたバースがゆっくりと顔を上げる。
その姿をロマネは困惑しつつ、またシグラスは無表情で見つめていた。
「思いのほか早く気付かれてましたな」
「バース、お前が立てた警備計画がフリードリヒに漏れていた。特にロマネの居場所だ、あれは我々でしか知りようがない」
「しかり、それで私の処分はいかほどに――」
「ちょっと待ってください! 陛下、バース様、これはどういうことですか!」
トントン拍子に進む話にロマネはストップをかけた。
確かに、あの襲撃には気になるところがあった。
噂を流した側からの妨害を避けるため最短の日程で行ったはずの式典。
その式典に対して護衛の懐柔や襲撃者の用意、一揃いの装備の準備、考えてみればあまりにも準備ができすぎていた。
特に護衛の懐柔を行うにはある程度の時間や資金が必要になる。
扉の前の護衛は交代もある。効率的に懐柔するには式典の警備計画など、さまざまな情報が必要なはずだ。
だから、だからといって――。
「バース様はこの国を想い、動かれる方です。それが、どうして陛下の邪魔をするというのですか?」
確かに今回の式典のすべてを知り、取り仕切るバースが情報を漏らしたのだとすれば、すべてに説明がつく。
しかし、ロマネは自分の考えを否定した。
婚約破棄をしないと宣言した際も、貴族の代表者としてあえて対立という形をとることで、その場をうまく収めるために動いてくれた。
ドラゴンを前にしても、その義務感をもって気を失う恐怖に向き合いながらもシグラスの隣に立っていた。
じゃあどうしてこのようなことをとロマネの中に疑問が渦巻く。
(ああ、そうか―――)
さまざな疑問の答えにロマネは一つの結論を見つけた。
それはごく簡単なことだった。
「私の、せいですか?」
今回の襲撃は魔物であるロマネが存在するせいで行われたのではないか。
宰相バースはシグラスの味方であるが、魔物であるロマネの味方ではないのではないかという可能性。
「……発言をよろしいですか? 陛下」
「許す。私も答え合わせがしたい。バースどうしてこのような事態を起こした」
「ありがとうございます」
バースはゆっくりと頭を下げ、改めてシグラスとロマネを見た。
「私は先王からシグラス様をまかせていただいております。『息子が作る国を手助けしてほしい、時には叱り、諭してほしい』と」
「だから私と結婚することを強行する陛下を叱るために?」
ロマネの言葉にバースは首を振る。
「違います。此度の目的は――あなたと陛下が行く道がどのようなものなのか陛下自身が学ぶ機会を作るため。それだけでございます」
「学ぶ機会……?」
「そうです。準備がほぼ整わないこの状況でも、貴族たちはあなたを襲ったはずです。それほど人間は異質なあなたを恐れ、排除しようと考える」
「……そうですよね」
ロマネはぶるりと先ほど貴族たちに襲われた光景を思い出していた。
人が人に剣を向けるとき、よほど慣れた人でない限り、そこにはためらいが生まれるはずだ。
それはこの国で人を殺すことが重罪であり、この国に住む全ての人はそれを知っているからだ。
だけれども、思い出す彼らの視線に躊躇いはなかった。異質を殺す、悪を刺す、ただそれだけであった。
「なるほど、今回の騒動。お前なりの手助けというわけか、だが、それにしても早急ではないか?」
「陛下がロマネ様と結婚はやめないと宣言した夜から、貴族間での反発は高まり政治、軍事防衛の不和が見られます」
「フリードリヒ、ホーフベルガー、ブルグンダの先代派を中心とした貴族の連合ですね」
「その通りですロマネ様。ただそれだけではない、人間だけではないのです」
「……もしかして、魔物も?」
バースは「その通りです」とロマエの問いに返した。
「あのドラゴンも言っておりましたが、あなたがリザードマンになった時期を境に魔物の活動が活発になり、城周辺だけでもけが人の数が増えている。
貴族の不和と合わせてこのまま何も手を打たなければ、国を守り続けることは難しくなっていきましょう」
「それで私に今回の襲撃を解決させて、貴族に「不和を目論むとどうなるのか」の見せしめ、
貴族たちの縄を閉めると同時に、私にはロマネと歩むのならばこのような事態を想定するべきだと、身をもって学ばせたと」
バースはうなずき、シグラスの回答を肯定した。
「しかり、私の後任のあてもあります。今は時間をかけている場合ではありません。
老骨一つで国が纏まり困難を乗り越える力を得られるならば安いものとの判断でございます。
――ロマネ様、決してあなたのせいではない」
バースの言っていることは理解できる。
今回の事態は今後のロマネ自身が今の状態で生きている限り、何度でも起こりえる。
それを乗り越えた経験は今後有用なものとなるはずだ。
だが、それを受け入れることはロマネの前に立つ男を失うことになる。
彼が行ったのは紛れもなくこの国の王、シグラスに対する反逆行為なのだから。
「それでも……これは、このやり方は、確かに、確かに正しいのですが、正しくはありません」
「……間接的にとは言え、あなたは自身に刃を向けたものにさえ――なるほど、参りましたな」
バースは参ったとばかりに軽く頭を撫で何かを得心したように少しだけ笑った。
「最後に質問だ。バースお前は、ロマネの敵か?」
「いいえ、刃を向けた以上、信じてもらえないとは思いますが、ロマネ様は国に殉ずる覚悟を持っている人物。同じ方向を向いている方を敵とは思いません」
「そうか。――ならばバースお前には沙汰を言い渡さなければな」
「はい」
「陛下! 待っ――」
ロマネの制止の言葉を言い切る前に、シグラスはバースに告げた。
「あいにく、今日はお前を切る剣をレブレサンドに貸してしまった。よって斬首は保留。終身刑とする。
給与減俸、残業手当はなし、財産の一部は没収だな。だが宰相はやめさせぬ、引き続き貴族どもをうまくなだめてくれ」
「……なんと? あなたの婚約者に刃を向けたのですぞ」
「父ならば首を飛ばしたのであろうな。そんなに飛ばしたいのなら最大の被害者の意見もきこうではないか」
そういうシグラスはロマネに任せたと視線を送ってくる。
その意を受け取ったロマネはゆっくりとバースに向き合った。
「私は、襲われたことを許すことはできません。ですが、それ以上にこの国を失う決断をすることはない。
私は、あなたが支え続けていたこの国をきちんと見届けてほしいと思っている」
それはロマネの本心であった。
いくら後任の当てがあるとはいえ、バースという存在はその場で切り捨てて良いレベルの人材ではない。
シグラスはロマネの言葉にうなずき、にっと笑った。
「な、最高だろう。私の婚約者は――婚約を破棄するなんてもったいない」
「……本当に、まったくもって。その通りでございますな」
力が抜けたようにバースは椅子に座り込んだ。
ロマネは安堵するように息を吐き――かくして、王国を揺らした狂騒曲は幕を降ろした。
特級騎士レブレサンドの獅子奮迅の活躍で四人の実行犯をすべて捕縛、フリードリヒの計画であったと情報を手に入れることへ貢献した。
また、青年王シグラスと宰相バースはレブレサンドがもたらした情報をもとに、婚約反対派の貴族各所へ赴き、事態の説明、並びに今後同じことが起きた場合の対処を伝え、彼らをけん制する。
王国の基盤はわずかながらの安定を見せ、その隙に軍備を整え、王国周辺の警備を強化、医療体制の安定を図ることに成功したのだった。
そしてロマネは――。
(何か……近づいている……?)
一人、遠くから近づいてくる多くの気配を感じ窓の向こうを眺めた。
それは予感か、ラスボスの呪いが伝えてくる予兆なのか、答えが分からない漠然なものとしてロマネの胸をすくのだった。