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第八話「目覚めとお姫様だっこ」sideロマネ・ドメーヌ

「――ん、ここは?」


 ふわりと体をゆすられる感覚にロマネは目を覚ました。

 どうやら誰かに運ばれているようだ。


「目は覚めたか?」

「シグラスさ、は――――?」


 そしてロマネはこれまで体験したことの無い状況を理解し、固まった。

 今、シグラスはリザードマンとなった自分の体を持ち上げているのだ。

 右腕が膝裏、左腕が背中。

 それは誰がどう見てもブライダルキャリー、まごうことなきお姫様抱っこであった。


 文武両道の美青年、ましてや青年王であるシグラスにお姫様抱っこされる、そんな社交界のご婦人が誰しもが夢見るシチュエーションの破壊力にロマネは完全に固まってしまっていた。


(な、なな、なにがどうなってこうなっているの!?)


 慌ててもがくと魔物の怪力でシグラスを傷つけてしまうかもしれないとロマネはとっさに身を固める。

 しかし思考の片隅では、それはそれでこの光景を誰かに見られて、誤解から大変な事態にシグラスが陥ってしまうかもしれないと警告がなっている。

 第一それよりも何よりも、顔が近い! 整った顔がまぶしい。


「大丈夫だ。ロマネ。今は式典の途中、しかもこの通路は王の部屋に続いている道だ。人は来ない」


 ロマネが固まっていることをどう受け取ったのかシグラスは今起こっている事態をかいつまんで説明し始める。

 ロマネ自身が捕まっていたこと、式典に乱入者が入ってきたこと、レブレサンドが今戦い、おそらく圧勝していること。


 しかし今のロマネは話を聞ける状態ではないかった。

 お姫様抱っこをされているため、体が密着しシグラスからかすかに香る柑橘系の香りが、鼻腔をくすぐる。

 リザードマンになったためか、その香りが舌でも感じ取れ、まるで爽やかな味の果実を口の中でほおばっているような錯覚を感じ、ロマネは思わず唾を飲み込んだ。


 それは、どこか安心できる香りであった。

 ただ今のロマネはその香りに身を委ねることはできなかった。

 

「おります! おろしてください!」


 彼女の精一杯の反論に、シグラスはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「嫌だと言ったら?」

「人を呼び……いや、火を! 火を噴きますよ!」

「それは、顔からか? 可愛いではないか」


 指摘されてロマネは自分の顔が赤くなっているのを自覚した。

 そんなことはない、これはおそらく条件反射みたいなもの。陛下が好きなのは私ではなくリザードマンやドラゴン。


 それでも無性に頬がかゆくなってきた気さえして、ロマネは頭を振った。


(私は何かの思い違いをしているのだろう――)


「これは寝起きだからです。だから、お願いです殿下」

「仕方ない。出来ればもう少し鱗の感触を確かめたかったのだが、このほのかにヌルっとした感じが良かったのだが」

「や、やめてぇぇ!?」


 何を、何を言ってんのこの男は!? 本当信じられない。

 自分の汗に触れられてしまったような羞恥心から、ロマネは反射的にじたばたと暴れてしまった。


「おっと」


 さすがのシグラスもリザードマンのじたばたにはお姫様抱っこを維持することが難しいと判断したのか、ロマネを床に下ろした。


「もう! もう! なんなんですか! 陛下は! もう!」


 立ち上がったロマネは抗議の目をシグラスに向けた。

 当の本人はなんだか喜んだように、こちらを見て口に手を当てぽそりとつぶやいた。


「あぁ……カワイイが過ぎるだろう」

「だから、どうして陛下はそうやって私をからかうのですか! 私は……私は――」


 私は、どうしたいのだというのだろうか。

 ロマネは自分の口から出そうになった言葉が分からなくなり口をつぐんだ。


(いけない。シグラス様と居ると自分がリザードマンだということを忘れそうになってしまう。違う。私はもう魔物なんだ)


 ロマネは先ほどの光景を思い出す。

 討伐すべしと敵意を持った剣先、魔物にのみ有効な香煙に効果があった自分の体。

 人間であれば簡単に死んでしまう斬撃をはじいた自身の体、本を読むことさえままならない自身の手。

 もはや人間ではない。人間でなければ、シグラスと結ばれても、シグラスを不幸にするだけだ。

 

「ロマネ、どうしたのだ?」 

「いえ……それよりも陛下。王の部屋にどのような用件なのですか? 式典の最中だというのに」

「いや――正確には王の部屋ではない。ここに先に用がある」


 そういうシグラスに連れられロマネは城の通路を歩いた。

 王の部屋、王妃の部屋のそば、シグラスが「ここだ」と歩みを止めたのは、先日話し合いの場として使用した会議室だった。


 シグラスが扉を開けるとそこには宰相であるバースが一人、椅子に腰かけていた。

 バースはシグラスとロマネを見て、椅子から立ち上がり、静かに口を開いた。


「陛下、いかがなさいましたか?」


 いつもの通りに話しかけてくるバースに、シグラスは少し不快感を表すように目を細めた。

 

「バース、私の用件は分かっているはずだ。――こたびの事件、お前が招いたのだろう。」

「え……?」


 シグラスの言葉にロマネは驚き、声を漏らす。

 バースはこの国の宰相であり、シグラスの片腕的な存在だ。

 それがなぜ――。


「そうです。さすがですな陛下。今回の一件、首を斬られる所存でございます」


 ロマネの驚きをよそにバースはシグラスに恭しく礼をした。


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