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第七話「ドラゴンカウンター誕生」sideレブレサンド

 シグラスの城の謁見の間。

 普段は許可の無い一般の人間は入ることができない場所だが、今日は違っていた。

 式典の為に解放された区画には一般人が押し寄せ、衛兵たちが必死にスペースを作ろうと彼らを押しとどめている。

 壇上には青年王シグラスと、その王に膝を折り首を垂れるレブレサンドの姿。


 青年王シグラスは壇上で手を広げ、やや芝居じみた声色でその場にいる皆々に宣言をした。


「ドラゴンに怯まず勇敢に立ち向い、撃退したことをたたえ、汝に特級騎士ドラゴンカウンターの称号を与える」


 シグラスの言葉を聞いた民衆は城が揺れるほどの歓声を上げる。

 

「うおおおおおおお、あいつがドラゴンを追い払った! ドラゴンなんて怖くないんだ!」

「あの騎士はナニモンなんだ! ドラゴンとやって傷一つ負ったような様子が無いぞ!」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、それだけ強いってことだろ!!」


 歓声は数分間続き、やや落ち着きを見せたところ頃合を見計らってシグラスはレブレサンドに声をかけた。


「面を上げよ。そなたの声を皆に聞かせるのだ。騎士レブレサンドよ」


 レブレサンドは息を深く吸い、ゆっくりと吐き出した。

 数秒の沈黙の後、覚悟を決めたレブレサンドは立ち上がり、右手の拳を握る。

 そして、騎士の礼にのっとり、握った拳で胸を軽くたたいた。

 

「謹んでお受けいたします。この称号に違えぬ働きができるよう以後も努めてまいります」


 それは特級騎士ドラゴンカウンター、レブレサンドの誕生の瞬間であった。


「うおおおおおお! わああああああ!」


 レブレサンドの力強い言葉に、再び観衆は沸いた。

 しかし、そのわずか三秒後――


「民衆よ、だまされてはいけない!! そいつはドラゴンなど追い返していない!!」


 突然場内に響く男の怒声。

 レブレサンドを始めとした会場一同は何事かとその声を主に視線を向かわせた。


「我らは真実を暴く者! 民衆よ! 聞け! そして見よ!」


 声の主は表情を隠すためか、仮面舞踏会などで用いられる目元を隠す仮面を付けていた。

 がっしりと広い肩幅、黒を基調としたマントと、鉄の胸当て、腰に掛けた剣は装飾がこだわられているようで、見るからに高級品だ。


 おそらくリーダーであろう声を上げた仮面の男の周囲には同じような恰好の男たちが三人、彼を守るように周囲を陣取っている。


 一言で言うと悪趣味な貴族とその手下たちだ。

 だがレブレサンドの懸念はそこでなかった。


(ろ、ロマネ様……!)


 レブレサンドは思わず出かけた声を飲み込んた。

 そこにはグルグルとロープで縛り上げられ拘束されたリザードマン、ロマネの姿があった。


「民我々は噂の花嫁を見つけ出しだ! そこの偽王ぎおうシグラスがかくまっていたのだ!」

「王は我々民をだまそうとしている!」

「あの王は嘘つきだ!」

「そこにいる赤毛の騎士もしかり! あの男にドラゴンを倒す力などない」


 乱入者の演説に会場は静まり返っていた。


 ドラゴンに屈し、リザードマンとの結婚を迫られているという噂を払拭するための任命式なのに、その噂の根拠となるリザードマンがこの場にいる。

 そのことに人々は何を思うのか、誰しもが言葉を発しないが沸き立つ疑惑の念は会場を伝播し、静寂をより重いものにしていた。


(場の流れがあの乱入者に傾きつつある、何か言わないとまずいのか、しかし何を言えってんだこんな時に)


 壇上のレブレサンドは事態が悪化しているのを手に取るように感じ取っていた。


 相手がロマネを取り押さえている以上、下手に動くことができない。

 レブレサンドがちらりとシグラスに視線を送ると、恐ろしく冷ややかな表情で彼らをにらみつけている。


 おそらく自分の婚約者をいかに傷つけずに助けるのか思考を巡らせているのだろうと、レブレサンドは、シグラスの表情から心中を想像した。

  


「……浅はかな」


 そのシグラスのつぶやきはとても小さく聞こえたが、会場中の誰しもの耳に入った。

 とたん、会場の空気は凍り付く。一人残らずシグラスを凝視し、彼の次の言葉を待った。


「訓練場のリザードマン一匹捕まえただけで、ゴブリンのようにはしゃぎ、私を愚弄するとは、痛快を通り越して、不快だ。不敬者が!」

「ご、ゴブリン、だと!」

「そうだとも、礼節も弁えぬ愚か者どもめ。貴殿らの誰一人として、ここにいる特級騎士ドラゴンカウンターレブレサンドに及ぶまい!」

「ふへっ!?」


 突然、白羽の矢を立てられレブレサンドは素っ頓狂な声を上げた。

 相手は四人、工夫や戦略もなしに倒せる一人で何とかできる数ではない。


 レブレサンドは音を立てず立ち位置を変え、シグラスと肩を並べ、小声で囁いた。


「ちょ、ちょっと、何こっちに突然無茶ぶりしてくるんですか……。 流石に何か策があるんですよね」


 レブレサンドは小声でシグラスに問い掛ける。

 シグラスは「無論だ」とレブレサンドにうなずき返した。


「奴らはどう見ても貴族だ。貴族というのはな、正々堂々だとか誉とか、誇りだ、手柄だとかそういうものに簡単に飛びつく」

「あー……はい。何となくわかりました。剣を借りても?」


 合点がいったレブレサンドはシグラスから儀礼用に使うはずだった剣を受け取り、刀身を顔に近づけ構えを取る。

 続けてレブレサンドは、仮面の男をにらみつけた。


 レブレサンドの所作は微塵の揺れもなく、隙を見つけ出すことは難しい。

 それは農作業で鍛えられた筋力からなる剛を感じさせる構えであった。


 彼から発せられる圧を感じ取ったのか仮面の男たちも半歩身を引き、剣に手を置いた。

 無理もなかった。彼、レブレサンドは44人揃えばラスボスさえ倒せる田舎町の農民の出なのだ。

 そのプレッシャーは計り知れない。

 

「うむ、一人は残せ、後はどうでもいい。本当は私が全部やりたいが、この場はお前が適任だ」

「うっす。それでは僭越ながら――」


 王からの承諾を得て、レブレサンドは剣と腹に力を込めた。


「我こそは国に認められし特級騎士レブレサンドなり! 貴様ら、誉が欲しければ、その誇りをもって一対一で正々堂々と勝負するがいい。決闘だ!」


 その口上になぜか仮面の男たちは目の色を変えた。

 レブレサンドの一本釣りが見事に決まった瞬間であった。


「決闘!」

「決闘だ!」

「我ら誇り高きフリードリヒ四天王!」

「ここをお前の墓場にしてやる! 偽物め」


 そう言いのこのこ男たちは壇上に近づいてくる。

 どうやら本当に一対一で戦うつもりらしいと自身の釣果にレブレサンドは内心呆れた。

 だが、それ以上に彼は指摘しなければいけない点を彼らに告げた。


「ちょっとまて、お前たち今フリードリヒって言わなかったか?」

「あっ!?」


 レブレサンドのツッコミに対し、とたんに仮面の男たちは仮面越しでも分かるレベルでの狼狽を始めた。

 目が、右に左に、とにかくすごい勢いで泳ぎ始めてしまっている。


「い、いや、言っていない!」

「何かの聞き間違えじゃないか!」

「記憶にございません!」

「左に同じく!」

 

 まあ捕まえてゲロリと吐かせた方がましだろうと、レブレサンドは深くは追及せず、壇上に上がる彼らを生暖かい目で見守った。


(おそらくあのドラゴンほどじゃないな……)


 正直、勝てるかどうかは相手の力量次第だと思っていたが、こちらの圧を察した瞬間前に出ることなく引いた輩だ。

 一体一であれば勝ち目はあるとレブレサンドは推察していた。


 仮面の男たちが全員壇上に上がり切ったところでレブレサンドは猛々しく声を上げた。


「さあ、最初はどいつからだ!」

「ぎしゃしゃしゃ! フリードリヒ流、戦闘剣術三式を見せてやる!」


 レブレサンドの呼びかけにまずは細身の仮面の男が細剣を抜き、レブレサンドと向き合う。

 もはや指摘するまいと、男の言動を見過ごすことにしたレブレサンドは相手の初手を絞り込むために考えを巡らせることにした。


(確かフリードリヒ流と言えば、フリードリヒ家直属の者たちしか使えない剣技……だけど、それは―――)


 細身の男は剣を前に突き出し、体を半身に、後ろ足に体重を乗せている。

 おそらく体のバネを使った突進を考えているのだろうと、意図を読み取ったレブレサンドは剣の刀身に手を添え、軽く握った。

 幸いにもシグラスから借り受けた儀礼用の剣は刃を作り込んでいない模擬刀であった。

 これならば、よほどのことがない限り手を切ることはない。


「我が名は流星のアリゴテ! 我ら上級騎士を差し置き、下級騎士ごときが特級騎士など笑止千万! 死をもって償うがいい!!」

「我が名はレブレサンド! あんたに語る言葉はこれ以上無い。さっさとこい!」


 レブレサンドは胸元まで剣を持ち上げ、構えを作った。


「では始めよ! 私が見届けてやる! いざ―――!!」


 互いが構えたことを確認し、シグラスが開始の合図を告げる。

 同時に、たんという軽快な踏み込み音。

 瞬く間に間合いを詰めた細身の男、改めアリゴテは後ろ足を起点にして体を伸ばし、レブレサンドの喉元へ細剣を突き立てようと動いた。


「覚悟! 奥義 流星一突き!」


 流星一突き、その名の通り流星のごとく鮮やかな太刀筋で敵を穿つ、フリードリヒ流戦闘剣術三式における奥義中の奥義であった。

 王国の歴史上その奥義を破った人間はいない。


「ほい」


 こすれるような金属音が場内に響く。

 レブレサンドは両手で剣を持ちあげ、刀身の面を盾のようにして扱うことで流星一突きを軽くいなした。

 王国の歴史は今あっさりと塗り替えられた。


「ば、馬鹿な!」


 距離を取りながらも奥義を破られ、驚きの声を上げるアリゴテ。


 その様子にレブレサンドはため息を吐いた。

 下級騎士として訓練を積んでいた彼にとって、今の攻撃は奥義でも何でもなく、ましてや技と呼べるものでさえなかった。


「フリードリヒ流は魅せ技が多いんだよ……さすがに初手バレバレの体勢から突きはないだろ。初手突きは。イノシシでもあるまいし」


 付け加えてしまえばフリードリヒ流は貴族社会で育った剣技であった。

 ゆえに可憐、優雅、そんでもって実践のことなど何も考えていない。

 言ってしまえば祭りの出し物であった。


「そんなものがドラゴンと向き合った俺に通用するとでも」

「ひ、ひぃ……!」


 ドン! と音を鳴らし一歩。レブレサンドは圧を込め、アリゴテに近寄る。

 彼の威圧に負けたアリゴテは息を飲み一歩下がろうと足を大きく上げ―――。


「そこっ!」


 その怯えと隙を見逃すほどレブレサンドは甘くなかった。

 

 敵が片足になった瞬間を狙っていた彼は大きく踏み込む。

 瞬間、距離を詰めたレブレサンドは、押し付けるように剣の面を敵の顔にめり込ませた。


「がへぇ!」


 バランスを崩された細身の男はひっくり返り、頭をしたたかに打ち付けた。

 そのまま気を失ったのか、細身の男は立ち上がってくる様子はない。


 レブレサンドは一度肩の力を抜き、肩に剣を乗せ、残り三人に睨みを利かせた。


「さあて、次は誰が俺に挑むか!」


 レブレサンドの勝利に、ここまでの動向を見守ってきていた周囲の民から歓声が沸き上がる。

 場の空気と決闘という形式ゆえに壇上から逃げることもできず、残った仮面の男たちは各々青くなっていく自分たちの顔を見合わせた。


「お、お前が行け」

「い、いや……貴殿の方が腕が上であろう」

「そうだそうだ。貴族としての誇りがあるなら立ち向かってしかるべき」


 すぐさま次の相手が挑んでくるかと思ったが、そうではないようだ。

 これはどうしたものかとレブレサンドがシグラスに指示はないかと振り返る。

 しかし先ほどまで壇上にいたシグラスはそこにおらず、慌てて周囲を見渡したレブレサンドが見たのは、そそくさとロマネを抱き上げ会場から脱出しようとする青年王の姿であった。


(何が見届けるだ! あの王様は! いや、どうするんだこの状況?)


 取り残されたレブレサンドはとにかく何とかするしかないとため息を吐いた。


 どうにかこの事態に収拾を付けなければならない。

 あの王は不満を感じるかもしれないが、一人生かして、他はどうでもいいとのことなので、楽な方法で落としどころを用意することにした。


「あー、あんたら降参する? 続けるなら、次からマジで斬るけど」


 仮面の男たちは武器を放棄し、ぶんぶんと頭を縦に振った。


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