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第六話「狙われたのは」side ロマネ・ドメーヌ

 特級騎士授与式当日。シグラスの城、王の間の隣、王妃の間。

 シグラスの城の中でも高所に設けられたこの部屋は代々の王妃が使用するために用意されている部屋だ。

 その名に負けじとベッドにテーブル、作業用の机や読書用の本棚など、と意匠の凝らした芸術品が並んでいる。

 正式に結婚を果たしたわけではないが、以前より警備のしやすさからこの部屋を使ってほしいとシグラスにいわれ、ロマネはこの部屋を使用していた。

 正直、田舎の領地の出であるロマネからすればあまりにも不相応な部屋であったが、文字通り住めば都。

 この数か月の生活で一息付けるぐらいには力を抜くことができるようになっていた。


(もうすぐ、式典が始まる頃かしら)


 式典の当日はロマネが表立って何かをするわけにいかず、部屋で待機ということになっていた。

 以前なら本を読んで過ごすことができたのだが、あいにくかぎ爪のついた手では本を傷つけてしまう恐れがあり、この日のロマネは手持無沙汰に窓を眺めることしかできないでいた。

 眺めた先は城の入り口、式典に使われる場所は普段はいることができない謁見の間ということもあってか、多くの民衆が城に入場しようと列をなしている。

 謁見の間への興味もあるのだろうが、やはり彼らの最大の目的は王とリザードマンが結婚するのか否か、真実を知りたいというところのはずだ。


(無事に終わると良いのですが)


 ここで躓けば、次はドラゴンを倒しに行くという出費の高い方法を選ばないとならない。

 そもそもこの式典一つでも出費それなりにかかるのだ。

 この噂を流しているのが敵対している国ならまだ分かるが、国内で政を行っている貴族が流しているというのがロマネにとって頭の痛い話であった。


(まあ、それも元をたどれば、ラスボスの呪いが原因なのだろうけど)


 自身がリザードマンになることさえなければ、こうはならなかったはずだ。

 どうしてこうなったのか。

 あのラトゥールと名乗ったドラゴンが言うにはロマネの家族のだれかがラスボスの呪いの所持者を倒したことが原因らしいが、いくらなんでも、父や兄、弟が領地を離れることは考えづらく、仮にそのような話が出たとしても母が止めてくれるはずだ。


(おそらく、血が分かれた名も知らぬ遠縁の方が討ち取ったのでしょう。今はそれよりも式典の無事を祈りましょう)


 そうして何をすることもできないロマネは引き続き窓から様子を伺っていると、突然かちゃりと王妃の間の扉が開いた。


「失礼致します」


 何か急な用件なのかとロマネがそちらを伺うと、男が四人は剣を手にぞろぞろと入ってくる。

 どれだけ好意的に受け取っても、剣呑な雰囲気を感じ取りロマネは思わず身構えた。


「お前がシグラス王の婚約者ロマネだな」


 そして仮面をつけた男たち四人が一斉に剣をロマネに向けた。

 ぶつけられた敵意にロマネは苦い顔をするが、少しでも時間を稼げればと口を開いた。


「あなたたちは何者です」


 扉を守る兵が居たはずだが、争った音さえなかった。

 おそらくは敵に懐柔されたと考えるべきだ。ならばこれは準備された襲撃。

 時間を稼いでも、誰も助けには来ない可能性が高いことはロマネも承知の上であった。


(それでもここで死ぬのは違う。抗わなければ――)


 私を殺すのは、シグラス王でなければならない。そうロマネは考えていた。

 彼が、この国である彼が、魔物になってしまった私を否定することでこの国は人間の国として安定を得ることができる。

 それが彼女の考えであった。


(そう、命を捨てるにはここはあまりに無価値!)


「お前には死んでもらう!」


 だが時間稼ぎの質問に乗る素振りも見せず、男たちはすかさず、剣を振りかぶり、ロマネに襲い掛かってきた。

 縦に、横に、袈裟に、首に、連携の取れた斬撃がロマネに迫る。


「きゃぁぁぁあ!」


 思わず両手で頭を守るロマネ。

 だが次の瞬間、彼女に訪れたのは四つの軽い衝撃と、カランという金属が床に落ちる乾いた音だった。


「え?」

「あ?」「ばかな」「うそだろ」「なん、だと」


 ロマネ含むその場に居る全員が、頭に疑問符を浮かべた。

 ロマネがちらりと床を見ると、自身を切り刻もうとした剣がすべて砕け、刀身が床に転がっている。


 ロマネの皮膚、もとい鱗の勝利であった。

 

「ひ、人を呼びますよ!!」


 硬直から立ち直ったロマネは威嚇とばかりに叫んだ。


 仮面で素顔を隠しているが身なりや立ち回りから、彼らの正体は貴族中心の上級騎士の誰かだろう。

 ならば彼らを攻撃することはシグラスにとって余計な手間を生み出すことになってしまう。

 とっさに判断したロマネは自身の防御力を信じ、彼らを焦らせ撤退させるよう追い込むことにした。


「ぷ、プランB だ! 撤退!」


 ロマネの目論見通り、リーダー格の男が部屋を出るように指示を飛ばした。

 それに従い、男たちはロマネからの攻撃を警戒しながらもじりじりと距離を空けていき、部屋から撤退していく。

 そして最後の男が何か筒のようなものを床に転がし戸を閉めた。


「え……?」


 なんとか、危機を脱したと気を緩めていたロマネはそれが何なのかすぐに理解できなかった。

 シューと音がする筒は突如として爆発し、大量の甘い香りの煙が部屋に充満する。


「な、なにを!」


(この香り、眠り香煙こうえん! いけない)


 眠り香煙、それはシグラスの国で魔物と戦う際の必需品として広く普及している道具の一つだ。

 魔物に対し眠気を誘発させる煙をばらまく性質をもち、主に魔物から逃げるときや奇襲をする際に用いられる。

 人間にも多少は効果があるが、不眠症が少し良くなる程度の効果しか発揮しない。


「で、出ないと……。これ、は……」


 ロマネの思考は瞬く間に眠気によって奪われてしまった。

 鼻だけではない、口の中まで甘い香りが広がり、むせ返りそうになる。

 ロマネは眠りにつこうとする体を無理やり動かし、なんとか煙の中を歩き、扉にたどり着くことはできた。

 だがしかし、扉は押しても開けることができない。

 先ほどの襲撃者によってふさがれているだろうことまで頭が回ったが、それ以上のことは眠気で何も考えることができなかった。


「う……あ……」


 なんとかもう一度力を込めようとするが、もはやこれ以上は体が言うことを聞かず、ロマネの意識はすとんと闇に落ちていった――――。


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