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第五話「噂話の対策と」side ロマネ・ドメーヌ

 深緑のドラゴン、ラトゥールの来訪から3日が経っていた。

 その日のロマネは、シグラスの要請により、城の一角にある会議室までやってきていた。

 部屋の中心には大きめの円卓が置かれ、少し距離を保ちながら、シグラス、バースが席についている。

 ロマネはしっぽが邪魔なので二人と同じ距離になる位置に着座せずに待機することにした。

 いつもならば定例会議で多数の人が入り乱れ、各部署の活動内容を確認し、方針の修正などを行う場なのだが、その日は緊急の要件を話し合うことになっており、この三人だけの貸切状態であった。


 今、シグラスの王国内では一つの噂が流れていた。

 いわく――この国の若き王は魔物の王であるドラゴンに屈し、リザードマンとの結婚を迫られている、と。


 その噂に対応する案出しが、この日の議題であった。


「さて、バースよ。おぬしはこの噂、どう見る?」

「悪いことです。おそらく貴族側の誰かが流したものでしょう。まったく、大勢の魔物が押し寄せてくるかもしれないこんな時に―――」

「全くだ。第一ロマネに迫られたら私は速攻で結婚するぞ。これほどの屈辱があろうか」

「……そういうことではありませんぞ、陛下」


 噂の渦中、青年王シグラスの言葉に宰相バースは難しい顔をする。

 魔物の侵略を受けている今、魔物に屈したと王だと侮られては国民はついてこないだろう。

 結婚云々はロマネもバースに習い、青年王の発言はお戯れとして流しつつ、今回の噂を分析した。


(うーん、この噂、単純だけれども意外と厄介だ)


 暴れこそしなかったが、ドラゴンが来たことは事実であり、城への出入りはものすごく目立ったことだろう。

 その事実がある以上、確実にこの噂は嘘であると国民に信じさせるのは難しい。ロマネはこの噂の厄介な部分をそう見出していた。


「して、噂の出どころは何処なのだ」

「現在、調査中ですがフリードリヒ家、ホーフベルガー家、ブルグンダ家あたりが濃厚かと」

「この間の会見に出席していた先代派か、大方、リスクが少ないと判断し打ち出した手なのであろう。

 世論と敵対させ、あわよくば私を失脚すれば儲けものといったところか」


 「年寄りの考えそうなことだ」とフンと鼻を鳴らすシグラス。

 付け加えるなら、伝統ある王国から魔物と結婚した愚かな王を出すなという牽制でもあると、ロマネは考えていた。

 魔物との結婚反対に対しては、ロマネも大いに賛成ではあるのだが今回に関してはやり口が気に食わない。


 結婚を止めたいのは分かるが、止めた後のケアが足りていない。

 この噂を流布した者たちから、代案というか、代わりの婚約者を見繕うなどの国政を滞らせない工夫が感じられないのだ。

 その計画性の無さにロマネは釈然としないものを感じていた。


(おそらく世論が固まった後の二の矢、三の矢の用意があるのでしょうが、それにしてもお粗末――)


 噂という曖昧な形で世論を操作し、国民の不安を掻き立て、出どころである自分たちは言い逃れをしやすい環境を作る。

 これはもはや政治ではない。ただ王の足を引っ張る行動だ。


「それで、噂の広がりの具合は?」

「市場を介して市民の耳にも入っています。実際に城からドラゴンが出入りする様子を見ている者もいるので、この噂、正面からの否定は難しいですな」

「そうか。しかしそうなると、少し厄介だな。ロマネ、君の忌憚のない意見も聞きたい。君ならこの状況どう一手を打つ?」


 シグラスに意見を求められ、ロマネは「はい」と短く答え、思考をめぐらせる。

 婚約してからの半年間、シグラスはこのように重要な場面においてロマネに意見を求めることがしばしばあった。

 その都度ロマネは自分の考えを提案している。彼女の意見すべてが採用されることはないが、それらはシグラスの判断の補強になっているようだった。


 ロマネは先ほどから分析していた噂について改めて評価を見つめ直した。

 相手の目的は、悪質な噂が広まり、シグラスが王にふさわしくないと世論を固めることだ。


 手を打つならば、まだ世論が固まっていないこのタイミングで手を打つべきだろう。

 ならば有効的なものとして『シグラスにドラゴンの討伐を行い武功を上げてもらう』、『別の噂で民衆の意識を反らす』など、ロマネはいくつか効果がありそうな策を頭の中で試算した。

 

 ややあってロマネはニコリと笑みを浮かべた。リザードマンの笑みはそれは恐ろしいものであった。


「ならば、この噂。せっかくなので利用させてもらいましょう。具体的には先日の騎士を――」


 そうしてロマネは一つの意見をシグラスに述べた。

 魔物声も相まって、対抗策を語るロマネの姿は完全に悪だくみを始める怪人であった。

 彼女が話す対策案に、シグラスは愉快そうに笑った。


「そうかそうか。相手の計略を飲み込んでしまう腹積もりか、ソチも悪よのう」

「もう、私はなにも言いませんぞ」

「だが、いい意見であった。この方向性で話を詰めよう」


 バースは頭を撫で、「また無茶ぶりを」と独りちた。


 その後昼食までの間、ロマネの意見を元に噂への対策の段取りを組み、その段取りを元にバースがいくつかの部署へ伝達の兵を送った。

 今回の対策は時間との勝負だ。世論が固まる前に一手を講じる必要がある。

 バースもそこが肝であると理解し、必要な手続き人員を見事な采配で確保していった。


 そうして軽い昼食を取った後、会議場の戸を守る兵士が、ロマネ達に声をかけてきた。


「陛下、レブレサンドが参りました。よろしいですか」


 どうやらバースの手配で、呼び出していたレブレサンドが会議場に到着しようであった。


「よい、この場に入ることを許可する」


 シグラスの許可が下り、会議場の戸が開く。そこから兵士に促され、恐る恐るといった具合で赤毛の騎士が入ってきた。

 下級騎士を示す簡素な緑のマントを翻し、略装ではあるが隊服を身にまとっている。

 レブレサンドは席にはつかず閉めた扉の前でぴしりと姿勢を正した。


「シグラス様、レブレサンド、騎士として、呼び出しに応じ参上いたしました!」

「レブよ。よく来てくれた。早速だが、お前に昇進の話がある。受けてくれるな」


 レブレサンドは「え?」と小さく声を漏らした。

 おそらく至急の用件と言われて呼び出されたのだろう、見るからに肩透かしを食らったようであった。


「まあ、昇進とあらば」


 レブレサンドの気の抜けた返事に、シグラスはニヤリとほくそ笑んだ。


「そうかそうか、それは良かった。それじゃお前、明日から特級騎士ドラゴンカウンターな」

「はあ!? なんですかその今考えたみたいな役職は!!」

「無論。今考えた。分かっているでないか、レブよ」


 「ぐぬぬぬ」とレブレサンドは拳を握り、体を震わせた。

 おそらく、ギリギリのところで怒りが外に出るのをこらえているのだろう。

 レブレサンドは宰相のバースに視線を変え、抗議の声を上げた。

 

「宰相殿、いいのですか!? どう見ても横暴じゃないすか!」

「私もいろいろ考えたのだがな、これが一番良さそうなのだ。爆裂竜無双騎士スレイナイトアジャスターよりかは良いであろう?」


 バースはすまんなとレブレサンドを見捨てた。

 「いや、そういう意味では……」とレブレサンドは言葉を失ったようで、彼の抗議は空振りに終わった。


 一息自身を落ち着かせるためか、深呼吸をしたレブレサンドは「質問よろしいですか」とシグラスに尋ねた。

 シグラスはうなずき、質問を許可した。


「なんで下級騎士の私めに特級騎士への昇格が? 特例中の特例ではありませんか」

「有り体に言えば、口裏が合わせやすいからだ」


 暗躍するよと包み隠さず話すシグラスにレブレサンドは頭を押さえた。


「え……あの、口裏を合わせるようなことをするのですか?」

「するとも、明後日お前はこの国の英雄として、ドラゴンを追い返したことになる。

 事実とは少し違うが、ドラゴンに襲われてもお前が居れば大丈夫だと国民に喧伝し、今流れている噂を一掃する一手とする」


 シグラスの計画にレブレサンドは3秒ほど固まった。

 下級騎士は城への住み込みではなく、城下町にある宿舎から城へ上がり勤務する者がほどんどだ。

 だからおそらくシグラスを貶める噂についても耳に挟んでいるだろう。

 その噂に立ち向かう担い手として自身が選ばれたのだ。

 突然のことで、混乱するだろうし、ロマネは自分からも何か口添えをと口を開こうとした。


 しかし、ロマネが言葉を発する前に、彼は意思の強そうな瞳にさらに力を込め、胸を張り、その左胸に拳を当てた。


「そうとあれば、不肖のこの身なれど、レブレサンドご協力いたします」


 レブレサンドの態度にシグラスは満足そうにうなずいた。


 ロマネも少し肩の荷が下りたように息を吐いた。

 彼がこの話に乗ってくれなかった場合、別の候補者を選定しなければいけないのだが、実際にドラゴンに対面した真実味を出すのに苦労することが予想されるからだ。


「レブレサンド、貴殿を特級騎士ドラゴンカウンターとして任命しよう。

 正式な発表式典は明後日、それまではこの内定は口外しないように。

 それと立場としては特級騎士はロイヤルナイト、ロマネ護衛が主な任だ。急だが城の住み込みとして今日から詰めてもらうぞ」

「は! え、ええぇえ!? ろ、ロマネ様の護衛ですか!?」


 とたんに青ざめた表情をして、レブレサンドはロマネとシグラスを見比べた。

 そんなに私のことが恐ろしいのだろうかとレブレサンドの表情を見て、ロマネの気分が落ち込んだ。

 その彼女の気持ちを察したのかシグラスの眉間にしわが寄った。

 バースはぴりつく空気を察して、沈黙を選択したようだった。

 それは、よくない連鎖反応であった。

 

「不服か? 処す?」

「め、滅相もございません。喜んで拝命いたします」


 レブレサンドは先ほど以上の力で自分の胸を殴りむせかえった。


(無理をさせてごめんなさい。せめて噂が落ち着いたら任が解けるように、後でシグラス様と話しておいた方がよさそうね)


 そんなレブレサンドを見て、ロマネは静かに今後のことを考えた。

 そうして午後からはレブレサンドも交え、当日の式典の流れや段取りを決めることとなった。


 翌日、王国中に伝令兵と立札が立ち並んだ。

 いわく、『明日、特級騎士の授与式が行われる』とのことだった。


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