第四話「一週間前」sideドメーヌ一家
「みんなロマネちゃんを取り戻したいかー!」
若作りをした女性がダンジョンの前で皆に呼びかけていた。
栗色の髪を後ろで簡単に結いまとめ、鎖帷子をその身に纏い、先頭を任されるその姿は吟遊詩人が歌う戦乙女そのもの。
彼女の名はマーレ。ロマネの母である。年齢は20歳と240ヶ月、戦乙女もまだまだ行ける歳と美貌の持ち主である。
「うおおおおおーロマネぇぇぇぇ!」
「うおおおおおー娘よォォォォォ!」
「うおおおおおーあね様ぁぁぁぁ!」
彼女の呼びかけに男たちは吠えていた。
ロマネ呼びの筋肉だるまが兄のラブロッソ。
娘呼びの筋肉だるまが父のパスカル。
あね様呼びの線の細い男の子が弟のポイヤック。
ロマネを取り戻す。
その共通の目的で、ロマネの実家であるドメーヌ一家は団結していた。
「いくぞお前たちーッ!!」
「「「「うおおおおおお!」」」」」」
領民四十人を巻き込んで。
※
シグラスの王国よりかなり北、そこには新魔界と呼ばれる地域がある。
魔物が占拠するその土地は、地面から魔物がモゾモゾ生まれ、衝動のまま破壊を楽しむやばい奴らが、夜は墓場で運動会のごとく、毎日殴り合いのお祭り騒ぎをしている実にパーリィナイツな土地だ。
そんな場所にドメーヌ一家と領民40人は全員完全武装で攻め込んでいた。
「クチオシヤシグラス! クチオシヤシグラス!」
呪詛をばら撒き行軍する様は、屈強な魔物でさえしっぽを巻いて逃げ出し、なけなしの抵抗をする者たちは存分にデュクシされた。
彼らの目的はこの地に住み、彼らの町を襲った流行り病を生み出した悪夢の元凶、呪術師ドンペリニョンを討伐することであった。
ことは彼らの領地で流行り病が蔓延したことから始まる。
流行り病に晒された彼らの領地は瞬く間に壊滅的な危機に陥り、病に倒れた領民は全体の約三割に達した。
その折、タイミング悪く視察に来ていた青年王シグラスがロマネを見初めてしまったのだ。
それは莫大な価値の結納品と金が動く話になり、彼らが流行り病を切り抜けるためにはかの忌々しい青年王にロマネを差し出すしかなかったのだ。
娘を嫁に出したくない父パスカルは反対した。しかし我を通すか、自分の管理する領民の命を救うか、天秤にかけた結果、彼は領民の命を拾わざるを得なかった。
妹を嫁に出したくない兄ラブロッソは反対した。しかしラブロッソは武芸に長けていたが力だけでは財を生み出すことはできない。結果、王に首を垂れるしかなかった。
姉を嫁に出したくない弟ポイヤックは反対した。しかし、ポイヤックは魔術の才はあれど、政治はまだ分からぬ、おそらく姉は自分の意思で結婚をするのではないので憤慨するのが関の山であった。
娘の意思を聞いたのは母マーレであった。しかしロマネと一緒に、どうせ愛人ありきの戦略的な結婚じゃないかとタカをくくっていたため「愛人が死んだらあなたの天下よ」と的外れなアドバイスしかできなかった。
かくして、ロマネは王の婚約者として献上され、父パスカルの領地には結納品という名の莫大な財が転がり込んだ。
ドメーヌ一家はその財を使い考えられるあらゆる手段を用いて、流行り病の収束に成功。
無事、領地存続の危機を乗り越えることができたのであった。
しかし彼らの心の中は「ロマネを犠牲にした」という罪悪感でいっぱいになっていた。
「病は収まったがロマネはもういない。おのれシグラス……! 私の娘を……!」
「やはり、シグラスが全て悪い!」
「そうだ。僕が魔術でやっつけてやる!」
やがて罪悪感はロマネを連れ去った青年王シグラスへの憎しみへと変貌していき、ドメーヌ一家の中で増幅していった。
彼らの中でのシグラスのイメージが『我らの弱みに付け込み、純朴なロマネをかどわかした邪智暴虐の王』と固まったころ、ラブロッソは家族に提案する。
「俺は武芸に秀でている。あの王でさえ認める武功を上げさえすれば、その褒美にロマネを取り返すことができるかもしれない」
「そうだその通りだ!」
「やろう、兄様! 僕も手伝うよ」
「ええやりましょう。ロマネちゃんを取り戻すのよ!」
実に名案だと家族は湧き上がった。
知恵袋として、そして家族のストッパーとして機能していたロマネが居なくなってしまったせいで、もう誰も彼らを止めることが出来なくなっていた。
むしろ彼らの計画は領地内を駆け巡り、影に潜み、ひっそりと悲しみに暮れていた者たちの耳にも入った。
そう、ロマネファンクラブである。
会員40人、何も楽しみの無い田舎において、ロマネをウォッチングすることで心の癒しを得ている紳士一団だ。
決してストーカーではない。イエス”ロマネ”ノータッチを貫く、陰キャジェントルメン集団である。
「その話、聞かせてもらった。領主殿、我らをお供に連れてください! この命ロマネ様のために!」
そしてドメーヌ一家とロマネファンクラブは農園で「ロマネと一人三分間話す権利」を包括する義兄弟の契りをかわし、馬鈴薯を通常の二倍量栽培して翌年までの税金対策を取った後、
なんかそれっぽい強い敵がいるだろうと深くは考えず東の新魔界へと旅立った。
それは本当に当てもなく、つらく険しい道のりであった。
だが悪辣な王を思えば、憎しみで足が進み、儚げなロマネの笑顔を思い出せば、傷つき倒れても立ち上がった。
そして三月三日を経て――――彼らはうっかりラスボスの呪いの保持者である呪術師ドンペリニョンのダンジョンへとやってきていた。
魔術の才に秀でたポイヤックが彼の研究施設を探知し、あとは24時間人海戦術に力を入れた結果だった。
調べてみれば呪術師ドンペリニョンはあの流行り病を生み出した元凶でもあるらしい。
こいつが余計なことをしなければロマネがかどわかされることもなかったのだ。
ドメーヌ一家、ロマネファンクラブ合わせて44人は怒りの矛先を彼に向けることにした。
そして―――。
「いくぞお前たちーッ!!」
「「「「うおおおおおお!」」」」」」
その日、44人は全員でダンジョンに突撃した。
もちろんダンジョンの中は即死級のえげつないトラップも上位クラスの魔物も存在した。
だがそんなもの44人という数の暴力では無力。押し切りどすこいである。
道中、何度か死にかけた者もいたが、彼らはロマネの姿を思い出すと自然と体の傷が癒えるようになっていた。
狂信者と書いてバーサーカーと読む、もはやロマネはカルトな神と同格の存在にまで祭り上げられていた。
結局誰一人の脱落者もなく、彼らはラストダンジョンの最深部、ドンペリニョンの間にまで行軍を進めることに成功。
一同が思い思いの雄叫びを上げ、士気も最高潮に達したところで、先頭のマーレがラスボスへ通ずる扉を開けた。
そこは広い空間であった。
呪術や魔法の実験の為か天井が高く、地下によくまあこんな空間を確保したものだと、パスカルはその建築技術に感心した。逆にマーレはこの技術を使えば馬鈴薯の保存に仕えそうだなと実用性に目を付け、ラブロッソやポイヤックもそれぞれ広いなと感想を呟いた。
以下同じような感想を漏らしたり漏らさなかったりと、44人は全員部屋へと入る。
それでもなお余裕のあるスペースの奥で、彼らを待ち構えていたドンペリニョンは両手を上げて高笑いで彼らを出迎えた。
「クハハハハハ! よく来たな、よく、……いや、多いなお前たち」
「あいつが諸悪の根源だ、やるぞォォォ!!」
「「「「うおおおおおお!」」」」」」
先手必勝、それは圧巻の光景であった。
ラブロッソを先頭に44人による一糸乱れぬ全員突撃。とても一般人とは思えぬ必殺の連携。
1本だと折れる矢も、44本ではつかむことさえできないのだ。よって破壊はできぬし、全部当たれば敵は死ぬ。
「ちょっと、まっ――――デスクラウド!!」
しかし腐ってもダンジョンの主である。
とっさに広範囲即死呪文を放ち、彼らの必殺の連携を迎え撃つ。
吸い込めば最後、人をコロリと死に至らしめる地獄の雲。そこに突撃したなんの耐性も持たない一般人は、全員バタバタと夏の終わりの虫のように地に転がった。
一撃KO、さっくりいうと全員即死したのである――。
だが、死にゆく刹那、彼らは見た!
『私、お兄様と結婚する』
それは兄ラブロッソの遠い記憶であり――。
『私と結婚? ふふ、弟君が大きくなったらね』
それは弟ポイヤックの記憶であり――。
『お父様、次の本はないのですか? もっと私は知識を得たいのです!』
それは父パスカルの記憶であり――。
『お母様、私、行ってきます。うまくいきますよう、後はお願いします』
それは母マーレの記憶であり――。
それは誰かにとっての日常の一枚であり、特別な一瞬であった。
ただ、言えるのはそこにはすべて彼女が居た。
そう、ロマネが居た。
「「「「「「うおおおおおおおー!!!」」」」」」
44人の雄たけびは部屋を物理的に揺らし、ドンペリニョンは怯んだように一歩下がった。
死んだ人間が蘇生魔法さえ必要とせず自力で立ち上がってくるのだ。その光景に彼は目を見開き驚愕の念がこもった声を上げた。
「ば、馬鹿な! 死んだ人間がどうして!?」
「我々は死んでなどいられないのだ……!」
「そう、命を捨てるにはここはあまりに無価値!」
「「「死ぬならそう、神の胸に抱かれ死ぬ!」」」
「く、狂ってる……狂っているぞお前ら!」
ドンペリニョンのドン引きを無視して、ラブロッソたちは再度フォーメーションを組み直す。
決死の覚悟を固め、武器を構えた。
「トォーツゲキ!!」
「「「「「「うおおおおおおおー!!!」」」」」」
「ぎゃーーーーー!?」
戦いは怯んだものが負けるものだ。
そういった意味で彼らは恐ろしく強かった。
偶像という名の支柱はブレることなく彼らの胸に存在する。あと勝手に自分で補強するので精神的なタフさはピカイチであった。
「取ったぞ! ドンペリニョン!!」
先陣を切ったラブロッソの刃がドンペリニョンの胸を貫く。
「グは、はは……ヒヒ、次は、お前たちの番……だッ……!」
最後の反撃とばかりにラブロッソの首をつかむドンペリニョン。
同時にまがまがしい力がラブロッソに流れ込んでいく。
だがそれは彼を殺すわけでなく、逆に甘く染み込み、彼の力を漲らせるような抗い難いものであった。
異物と認識しているはずなのに、それが正しいと誤認させる甘い力、抗えない力。
「ぐ、こ、これは」
「これはラスボスの呪い……本来は魔物たちの間で移ろいゆく力だが、貴様らとその血縁にくれてやる。
これでお前たちは人類の敵となるのだ……!」
「な、なんだと、うぐ、ああああ!?」
急ぎドンペリニョンの手を振り解こうと、ラブロッソが彼の腕に手を伸ばすが、ラブロッソに注がれ、染み込んだ力は彼の内側から溢れ出し、体を変質させ始める。
「な、なんだ、これは…!」
「うぐぁぁぁ! 体が大きく、膨れ……!」
「くっ……こんな……」
「ラブロッソ殿! マーレ殿! パスカル様! ポイヤックくん!」
ロマネファンクラブ会員からの慌てふためく声が聞こえる。
変化してゆく自身の体は言うことを効かず、振り向けはしないが、ラブロッソには家族の苦しむ声が聞こえていた。
「貴様、何を、した…!」
「………クカ、カ、汝ラスボス、なれ」
ラブロッソの問いに、目の前の呪術師ドンペリニョンは最後の言葉を呟き、沈黙した。
瞬間ラブロッソの頭の中に先ほどの台詞が蘇る。
これはラスボスの呪い――――貴様らとその『血縁』にくれてやる
――ロマネが危ない。
変容していく視界の中で、一瞬だけ意識の焦点を合わせたラブロッソは叫んだ。
「同士よ! 急ぎ戻り、ロマネを守れ!! 妹を人の敵にしてはならない!! 私たち一家に構うな! 行けぃ!!」
ラブロッソの叱咤にロマネファンクラブのメンバーは躊躇いながらも部屋を出ていく。
「同士ラブロッソよ。我々は何があってもロマネ様の力になります! これから先何があろうと!」
そうして最後の一人が出ていき、最後にドメーヌ一家が広い地下室に取り残された。
言葉を交わさずとも分かっている。
彼らはかならずロマネの力になってくれる。
そう確信し、彼らドメーヌ一家は意識を手放した。