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リザードマンになった私を陛下が全力で見捨ててくれません   作者: 鏡読み
序「婚約破棄キャンセルと事の次第」
3/29

第三話「ラスボスの呪い」sideロマネ・ドメーヌ

(やっぱり……)


 ロマネは倒れかけた赤毛の騎士の反応を見て、自分がおぞましい存在になってしまったのだと改めて思い知らされた。

 彼は自分と同じ田舎町からやってきた平民上がりあがりの騎士だったはずだ。

 時折領地の見回りをしたときに挨拶を交わす程度だったが、交流もあった間柄だ。


 自分を知るものによる否定的な反応。

 それはロマネの心にざりざりと削るような痛みを与えていた。

 

「おい、レブ。私の婚約者になんて反応だ。処すぞ」

「……面目次第もございません」


 何とか体裁を立て直したレブレサンドは首を垂れ、青年王シグラスに謝罪した。

 見れば彼の隣のドラゴンも「えーそんなことでー」とドン引きしている。


 そもそもなぜドラゴンがこの場にいるのだろうか。

 シグラスからとにかく来てほしいと、言われるがままについてきたロマネはこの状況に置いてきぼりにされていた。


 同じく状況に置いてきぼりであろう宰相バースを見ると、白目をむいて器用に立ったまま気絶している。

 それは戦う力を持たない人間が責任と勅命の為、ドラゴンの前に立たなければならない、そんな悲しき板挟みの結果なのかもしれない。


 とにかくバースが動けない今、このままではまったく状況が分からないので、ロマネはこの場を設けたシグラスへ話を促すことにした。


「陛下、ところでお話とは? あのドラゴンは一体なんなのですか?」

「ち、違うのだ。いや決してドラゴン殿と何かしたというわけではなくてだな」


 何が違うというのだろう。

 なぜか慌てるシグラスにロマネはジトっと目を細めた。

 謁見の間にいるドラゴンは派手ではないものの、存在感のある深緑の鱗に覆われており、それはあたかも高級な宝石を身にまとっているように見え、上品なイメージを醸し出している。

 顔立ちのラインも滑らかでおそらくドラゴン的には美人なのだろうと納得させられる。


(ああ、やはり、陛下はドラゴンがお好きなのですね)


 何よりも先ほどドラゴンが発した声にロマネは驚いていた。

 自分自身のうなるような魔物声とは違い、綺麗で澄んだ声をしていたのだ。


 その事実は何か釈然としないむしゃくしゃしたものとして、ロマネの胸に渦巻いていた。


「と、とにかく、ドラゴン殿。望みの通り、この城で大変なことになったものを連れてきた。

 彼女は一週間前、突如このような姿になってしまったのだ。ぜひ話とやらを聞かせてもらえないだろうか」


 パンと手を軽く叩いてシグラスは話を進めた。

 それに応えるように、ドラゴンはまず周りを見渡し、最後にロマネをじっと見つめてきた。

 その視線の圧力が強く、ロマネは竦み、一歩引き下がりたくなったが、何か負けてはいけないとぐっとこらえドラゴンの視線に応えた。


「まずは名乗ったほうがいいかな、我はエルダードラゴンのラトゥール。君は?」


 ロマネはちらりとシグラスを見た。

 シグラスは答えて良いと小さくうなずく。


「私はロマネです。ラトゥール様、その、今日はどのような用件で?」

「うん、何から話そうかな。まずは君は呪いに似た力により、そのような姿になってしまった。それを「ラスボスの呪い」と我々魔物は言っている」


 聞いたことの無い用語にすぐさまロマネは自身の知識を参照した。

 自身に降りかかった変化は、なにかしらの呪いであることは王宮の専門家たちも診断している。


 ならば「ラスボス」とはどういう意味なのか。

 残念なことにロマネの知識の中には該当する項目はなかった。


「……それは、どういったものなのですか?」

「その名の通り、君が今代のラスボス、人類の敵になるというものだね。メリットはかなり強くなること、かな?」


 人類の敵になる。

 それはあまりにも荒唐無稽で眩暈がしそうな話であった。

 しかしながら、ロマネは心の片隅で納得もしていた。

 それは自身が魔物となった理由として、あまりにも不条理ながらも理解できるものだからだ。


(私が人々の敵になる……そんな……いや――)

 

 それでもすがるようにロマネは否定を口にした。


「そのような呪い、私が知っているどの本にも記述がありませんでした」

「そりゃ本来は魔物内で勝手に宿替えされる呪いだから人間が知らないのも無理はないよー」


 ラトゥールと名乗るドラゴンは、その否定さえも飲み込み話を続けた。


 目を細め声のトーンが下がる。

 それだけで、事の深刻さが強まっていく。

 

「でも今回は違った。前代ラスボスが呪術に精通した魔物だったのさ。

 そいつは討ち取られる直前、討ち取った者の血縁者すべてにラスボスの呪いが行き渡るように、呪いを細工し、押し付けてしまった」

「そんなことが」

「我もできるとは思わなかったよー。でも現実にできてしまった。そして、今、魔物たちの大半はこう考えている。

 細工の施された『ラスボスの呪い』を受けた人間を殺せば自分が魔物を統治する王、――ラスボスになれると」


 ギラリと輝いて見えたその竜の瞳に、何か恐ろしいものを感じたロマネはぶるりと身を震わせた。

 いくらこの身が魔物であれど、リザードマン程度では目の前のドラゴンに太刀打ちできるとは考えづらい。


 ましてや今もし目の前のドラゴンが襲い掛かってきたら、ロマネ自身はおろか、隣のシグラスも無事ではすまない。


「まさかあなたも!」

「お前ロマネ様を!」


 恐ろしい想像にロマネは思わず身構えてしまった。

 それに呼応するようにレブレサンドが素早く剣を抜き、ドラゴンのラトゥールへ剣を振りかぶる。


「レブ、止まれ!」


 しかし、彼の剣が振り下ろされるより早く、青年王シグラスが制止をかけた。

 剣を向けられドラゴンが慌てたように声を荒げた。


「まってまって、我は違うってー。確かにさっき言った通り『大半』のやつらはそうなんだ。

 でも大半に属さない一部の連中は、趣味じゃないってラスボス争奪戦には参加せず傍観している。

 我も傍観側の魔物だよ。そういうパワー的なものはもう割とあるし、ほんと言って『ラスボスの呪い』には興味がないよー。」

「そうですか、申し訳ありません」


 敵対の意思はない。

 そうはっきりと伝わる言葉にロマネは身構えた体勢を解き、着込んでいるドレスの裾を直す。

 それはシグラスも同じなのか、改めてレブレサンドに剣を収めるよう指示を出した。


 レブレサンドが指示を受け入れ、場の緊張が引いたところで、シグラスが改めてドラゴンのラトゥールに問いかけた。


「私からも三つ確認しておきたい。どうして、そのような情報を我々に教える」

「それは言わないより言った方がややこしくならないからさ。傍観者としてはフェアであってほしいしね」


 ふむ、と自らの顎に手をやり、目を細めるシグラス。

 次の質問をシミュレーションしているのか、じっとドラゴンを見つめている。

 ややあって、シグラスは静かに動いた。


「そうか、ならもう一つだ。この呪い解呪は可能か?」

「解呪を試みた魔物はいなかった。魔物にとってはメリットが強い呪いだからね。我の知る限り、少なくともこの2000年間は解呪されたことはない。だから今もこうしてラスボスの呪いは続いている」

「そうか!」


(なぜそこで嬉しそうなのですか陛下……)


 ラトゥールの回答に喜々とした声を上げるシグラスを見て、そんなにリザードマンの姿が良いのだろうかとロマネは複雑な心境になった。

 そんな複雑なロマネの視線を感じたのか、シグラスはロマネに力強くうなずいた。


 おそらく、自分の考えは全然伝わっていない。

 そうひしひしと感じたロマネは頭を抱えたくなった。


「それでは最後の質問だ。ラトゥール殿、そなたは我々の味方か?」

「うーん、我正直戦うのとか苦手だしー、味方というよりかは、敵対するつもりはない。の方が正確かなー」

「……そう、であるか」


 表面上こそ、見分けは付けにくいが、ロマネから見たシグラスは、わずかに表情を落とし、憂いを帯びた顔をしている。


(そんなにドラゴンがいいのかしら……)


 確かにドラゴンは強大な力である。しかし魔物と争っている中、魔物を味方につけるというのはいささか違うのではないだろうかと、ロマネはやきもきした。

 仮に味方につけられたとして、国民感情の反発は避けられない。


 魔物とは『人間を襲うことを本能としている種族の総称』、ロマネの知るすべての学術書にそう定義されているし、現実問題として彼らは人間を襲う。


 シグラスが行おうとしているのは味方の中に爆弾を抱え込むようなものだ。


(いや、それは私も同じか……)


 魔物の体となってしまった今、本来はこの場に居ていいはずがない。

 シグラスの好意に甘んじているが、本来ならすぐに殺されても仕方がないのだ。


(なぜ、シグラス様は私を傍に置こうとするのだろう)


 ロマネは自身の手を見た。

 指の数こそ変わらないが、手の甲には鱗が生え、かぎづめが生えたトカゲの手。

 それは道具を使う人の手とは違い、それだけで人を切り裂くことができる魔物の手であった。


 ふとその手に少し大きな人の手が重なってきた。

 シグラスの手だ。

 手の持ち主を見ると、ただまっすぐに翡翠の瞳をロマネに向けていた。


「案ずるな。大丈夫だ」

「……はい」


(ずるいな……もう)


 シグラスの迷いのない言葉に、ロマネは頷くしかできなかった。

 頬が焼けるように熱くなってくる気がし、ロマネは照れてる自分を誤魔化すように言い訳を探した。


(これはリザードマンの特性、彼らは体内の熱処理を苦手としている。きっと、そう、陛下の手がお熱いんだ、そういうことにしておこう)


「おおーい、お二人ともー?」


 ラトゥールから声を掛けられて、今はまだ握り返すことさえためらわれるシグラスの手を、ロマネはそっと離した。

 熱がまだ続いているようであったが、その熱が今は心地よかった。


 改めて「最後に」とラトゥールが口を開く。


「おそらく近いうちに彼女や彼女の血縁者は魔物たちに狙われることになる。

 魔物にとってラスボスの呪いはすごい匂いがするからね。おおよその居場所は分かってしまうわけさ」

「そうか、情報感謝する。」

「うん、それじゃ、我は帰るねー。ごちそうさまー」

「うむ、大したもてなしもできず、すまなかった。何もまた何かあったら来るが良い。レブよ、ラトゥール殿を外まで見送りせよ」

「かしこまりました。さ、こちらに」


 レブレサンドはシグラスの命令を受け、ラトゥールを引き連れ謁見の間から外へと向かっていった。

 

 彼らを見送り、ロマネは息を吐く。

 戻れない可能性が高いという現実もあったが、『ラスボスの呪い』という、明確な部分、実態が少し見えてきた安堵感からロマネの肩は少し軽くなった。


(それにしても血縁者全員が呪われるなんて……誰が呪いの所有者を討ったのかしら)


 話を聞く限り、魔物の姿になるという事態はロマネだけでなく、血縁者全員がそうなってしまったのだと推察される。


(父様と母様、あと兄様、弟君……大丈夫かしら)


 ロマネは彼方の家族に思いを馳せるのであった。


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