第二十一話「この国を」sideシグラス・クロドロッシュ
――私はこの国が嫌いだ。
魔物の大群が押し寄せる中、シグラスは国の現状を改めて認識した。
ヴォーパルウルフの突進を受けきれない盾、魔物の皮膚を通らない剣。
それでも立ち向かう兵士、倒れゆく兵士――。
父の晩年から、フリードリヒ家が率先をし「何か」をしていることは、幼い自分にも何となくわかっていた。
自分の代になり、彼らが異様に羽振りが良くなっていることも気が付いていた。
父に進言をしても「あれはあれで、金を使っている。目をつぶろうではないか」と流されるのみ。
確かにこの国におけるフリードリヒ家の役割は大きい。
防衛のための武器の製造管理、魔法の研究、外交。彼らがこの国に居なければこの国の発展は30年は遅れていただろう。
己が目で見て初めて気が付く。
粗悪な鉄で作った武具防具の数々、これでは国を守ることはできない。
報告の過程でフリードリヒ家が噛めば自分の元まで伝わることはない。
都度探りを入れていたが、自分とバースの二人以外は、かの家に何かしらの恩があり、からめとられている。
そのような状況下で、それでもバースが捨て身で彼らに隙を作って見せた。
やり方は褒められたものではなかったが、その結果、今こうして真実にたどり着けた。
「……糾弾しようにも、もはや彼らは逃げ出しているのだろうな」
頭の痛い話だ。ロマネに会わせる顔が無い。とシグラスは自嘲した。
そば付の兵士が状況の劣勢さを懸念し、シグラスの前に立った。
「陛下、ここは危険です。一度城にお戻りください」
「ああ――。ただし、ここは私が動くべきだろうな。各部隊に連絡。
ゆっくりと防衛線を下げつつ、持久戦に持ち込む。援軍が来るまで死ぬな。
城下町に入っても、こちらが何とかする。魔物に背を見せず、勇気をもって戦えと」
「はい!」
かくしてシグラスは最低限の人員のみで城壁の外周を回り、各所属に援軍を要請。
その迅速さのおかげで被害はかなり食い止められたのだが、
命令が出回ったうえで、戦場からシグラス自身の姿が消えてしまったことで、
「消息不明」というデマが城まで伝わってしまった。
そして、ホーフベルガーを始めとした各所に援軍を要請し、城に戻ったシグラスに待っていたのは、あまりにも苦しい報告だった。
「ロマネが……」
「申し訳ありません陛下」
破れた衣服のまま、膝を折り、報告するミュスカとレブレサンドに、シグラスは静かに目をつぶった。
彼らによると、ロマネがドラゴニュートとなり、人知を超える力を振い、いずかこかへと飛び去ってしまったという。
(人外と化してなお、彼女は民のために動いた。私にそれができるだろうか――)
シグラスにとって、民は国のための血液だ。
多少出血しても、国が問題なければ、また血液は作られる。
幼少のころから王としての教育を受けた彼には、民ひいては人間とはそれ以上の価値があるものではなかった。
しかし、ロマネは違った。
領主の娘である彼女は少なからず自身と同じ考えを持っているものだとシグラスは思っていた。
だが彼女は「領民は変わりがいない、この土地の宝だ」と言ったのだ。
それはシグラスの感情と価値観を大きく揺さぶった。
もっと彼女と話がしてみたい。
近い立場の人間がどうして違う結論に至ったのか。
彼女を知りたい。
だから、何かにつけて彼女の考えを理解するために意見を求めた。
彼女の心の底が知りたい。
だから、リザードマンとなり苦境になった彼女を受け入れられた。
結果、ロマネのことを好きなのだと自覚し、
シグラスは貴族にもドラゴンにも立ち向かった。
人間でも、リザードマンでも、ラスボスでも構わない。
心根とも呼ぶべき、ロマネという個の底にあるもの。
シグラスはそれに強く惹かれていた。
「ならば、捜索するしかないな、レブ頼めるか?」
「拝命いたしました」
もし、彼女と私の国を作れたのなら、私はきっと国を愛せる王になる。
シグラスはまだ、ロマネのことを諦められなかった。