第二話「騎士とドラゴンと王とみ”」sideレブレサンド
シグラスの城は城壁の内側に大きな訓練場を設けている。
その訓練場で一人の騎士が、ドラゴンと対峙していた。
短く散切りにした赤毛に、意志の強そうな赤い瞳、口元には力が入っているのかややへの字気味になっている。
彼の名はレブレサンド。平民の出ではあるが昨年騎士としての試験を抜け、下級騎士として王城に勤める青年だ。
レブレサンドは目の前のドラゴンに剣を向け、様子を伺っていた。
夜にも関わらず鈍く輝く深緑の鱗を纏ったドラゴンは、レブレサンドが見上げるほどに頭が高く、その胴体も成人男性が三人ほどが横たわったほどの大きさはある。
少なくとも一人では太刀打ちできそうではないと彼は結論づけ、心の中で頭を抱えていた。
(あいつら、全員逃げやがってぇー)
ちなみにほかの兵たちは、レブレサンドを残し、ものすごい速さで城内へ逃げ込んでしまった。
それは生存本能のなせる業なのか、驚くべき判断力であった。
取り残された哀れな騎士は一人、剣を握り直す。
ドラゴンはいまだ動く気配はなく、レブレサンドとにらみ合いを続けている。
(こいつはその気になれば俺ごとき、容易く殺せるのだろう、しかし―――)
それでも、レブレサンドには引けない理由があった。
それは忠誠を誓った青年王シグラスに対してと、その彼の婚約者であり、恩義あるロマネのためであった。
(こいつが暴れるというのなら俺は戦わないとならない。刺し違えてもやってやる)
彼の出身はロマネの親が統治している田舎町だ。
そこは小麦や馬鈴薯などの農作物を主な産業とし、土地こそそれなりに広いがそれ以外に語るところの少ない、絵に描いたような田舎の町であった。
ある時、その町に流行り病が蔓延した。
対策と治療には莫大な資金が必要で、貧乏な田舎町にはそのような金はなかった。
嵐が去るのを待つように耐える。
そう決断するしかない状況でロマネは青年王に見初められた。
その際の結納品で莫大な資金が入り、流行り病の終息に成功、田舎町に平穏が戻った。
レブレサンドも、家族諸共、病で死を迎える直前であったが、ロマネの行動により命を拾うこととなった。
さて、拾った命をどこへ返すのか。
そう考えた彼は城に上がり騎士としての試験を受けることにした――。
だからこそ、彼はここで命を賭ける覚悟を固めていた。
「ドラゴンはどこだぁぁ!! お、レブよくやった、後は我に任せよ」
レブレサンドが決意を固めていると、突然雄たけびと共にバタンと訓練場の出入り口が開いた。
そこから現れたのは青年王シグラス。何を思ったのか鎧も武器も何も身に着けず、全力で走ってきたのか肩で息をしている。
「は、あッ!!? なにやってんすかー! あんたはーーー!」
レブレサンドはツッコンだ。それはもう全力でツッコンだ。
王とはよほどなことでもない限り、危険な場所に顔を出してはいけない存在なのだ。
当然だが、彼が死んだら国はなくなり、国がなくなれば国仕えの騎士であるレブレサンドも失業である。
(それがもう、あのバカ王ときたら!!)
「おいレブ。今、私のこと馬鹿だと思っただろ!!」
「思いましたよ。せめて武装してから来てください。どう見ても殺されますよ!!」
「あっ」
「あっ……じゃねえぇよ!」
男二人ぎゃいのぎゃいの騒ぎ始める。
そんな中、しびれを切らしたのか、ドラゴンが口を開いた。
「まずっ!?」
咄嗟にブレスによる攻撃かと判断したレブレサンドは剣を盾にシグラスの前に立つ。
「あのー、我も話して良い?」
だが彼らに訪れたのは、ブレスではなくボイスであった。
それはもう目をつぶって聞くと儚く澄んだ、まるで深窓の令嬢を想わせるような素敵な声であった。
二人して、ぴたりと動きを止め、ギリギリと錆びたブリキ人形のようにギクシャクした動きでドラゴンを見た。
「偉い人が来たようだし、我は話がしたいのだが?」
「「ど、ドラゴンがしゃべったーーーー!?」」
男二人の絶叫は城中に響き渡った。
ドラゴンは大きな目をさらに広げ、驚いているようであった。
「わわ!? 何だよもー、我びっくりしたじゃんかー」
「これはすまない。ドラゴン殿、我が国に何用か?」
レブレサンドより早く立ち直ったシグラスは両手を広げ一歩前に出た。
武器も持たず対話を始める青年王の姿は、誰から見ても戦う意志を持たないと、大絶賛アピール中であった。
(マジかよ。なんて胆力してやがる…!)
一撃即死の怪力をもつ魔物を前にして、震え一つない。
そんな自然体でドラゴンに語りかけるシグラスに対しレブレサンドは勝手に彼に王の器を感じた。
(とてもじゃないが俺には真似できねぇ。なんてお方だ)
そんな感じでレブレサンドの青年王シグラスに対しての好感度がひっそり上がる中、綺麗な声のドラゴンもシグラスの行動に警戒を緩めたのか頭を近づけ、話を続けた。
「君らの城で誰かとんでもないことになっている人間はいないかい? その人間と話がしたい」
「なるほど、そういうことか」
ロマネがリザードマンになってしまったことを知っているのはごくわずかである。下級騎士故に先ほど行われたシグラスの会見に参加できなかったレブレサンドは事態を把握できず、首を傾げた。
そんなレブレサンドを置き去りに、シグラスはばっと翻り、ドラゴンを背にレブレサンドの肩を叩いた。
「レブよ、この城の正門ならこのドラゴン殿も入れるであろう、エスコートを任せたぞ。謁見の間まで連れてくるのだ。私はバースたちに声をかけてこよう」
青年王シグラスはレブレサンドに勅命という名の無茶振りを与え、駆け足で城内へと消えていった。
「……え、えぇー」
レブレサンドはポカンと肩透かしを受けたかのように立ち尽くす。
今まで命を投げ出す覚悟をしていた自分は何だったのだろうと泣きそうにさえなった。
そんな石のように動かない彼に綺麗な声のドラゴンはおずおずと話しかけた。
「あのぅー、怖いので剣しまってもらえない?」
「あ、はい、すんません」
もはや考えるのやめたレブレサンドは剣を納め、ドラゴンを正門へと誘導し、謁見の間へとエスコートした。
道中、すれ違う兵士たちが例外なく腰を抜かす光景を生み出すこととなり、レブレサンドは引きつったように笑った。
ややあって、謁見の間には玉座に座る青年王シグラスとその傍に着飾ったリザードマンと、宰相のバース。向き合うように下級騎士レブレサンドとドラゴン。
それぞれが緊張の面持ちで、その場に集まることとなった。
「って、ちょっとまて!」
レブレサンドは目の前に広がる違和感に思わず口を開いてしまった。
リザードマンが玉座の隣にたたずんでいる。その状況を見逃せるほど、彼は騎士として日和ってはいなかった。
「なんで着飾ったリザードマンがこの場にいるんですか! 王よこれはどういう了見か」
「なにを! お前まで私の婚約者に文句があるというのか!」
その言葉にレブレサンドは青筋を立てた。
それは敬愛するロマネを想い、先ほどほんのちょっぴり尊敬した王を想ったがゆえの怒りであった。
「はぁ、あんたの婚約者はロマネ様だろ! 気をおかしくしたのか!」
「……あ、あの、レブレサンド。私がロマネ、です。」
到底人の声とは思えない地に響く声と共に、おずおずと手を挙げ正体を語るロマネにレブレサンドは雷にでも撃たれたかのような衝撃を受けた。
「あ、え……?」
どういうことだという声さえ出なかった。
最後に彼女を見かけたのは1カ月前、その時は何事もなく人の姿で青年王の傍を歩いていたはずだ。
目の前の現実から逃げるように、レブレサンドの脳裏に、彼女との思い出が蘇る。
彼の知るロマネは田舎町の領主の娘で、素朴だが、笑顔が魅力的な女性だった。
流行り病でみな食料が確保できずにいた時に、ロマネが人を集め、炊き出しを行い「この危機を乗り越えましょう」と領民を励ましている姿は今でも彼の記憶に鮮明に残っている。
そんな彼女がいたからあの地獄のような日々を耐えることができたのだ。
その姿を、その笑顔を守りたいという気持ちが、レブレサンドの騎士としての支柱であった。
彼女の笑み、声ーー。
(うそ、嘘だ……!)
目の前にはどう見てもリザードマン。
声は魔物のようなド低音、顔の面影は見るも無残になくなり、体はドラゴンを思わせる鱗で覆われている。
「あー、ねぇ、君がそうなのかな。災難だったね」
隣のドラゴンが、追い討ちをかけるように目の前のリザードマンがロマネであることを肯定する。
(えぇマジなのか、ど、どうしてぇぇ!!?)
飲み込むに飲み込めない今の彼女の姿にレブレサンドの脳はショートした。
「み”」
拒絶反応により脳が破壊されたレブレサンドは奇怪な声を上げた。
ぐるんと回った彼の視界は真っ黒となった。