第十八話「追走」sideミュスカ
「あ、あああ!!」
バースとやり取りをし、妃の間に戻ってきたミュスカは、開け放たれた窓ともぬけの殻となった部屋を見て、奇怪な声を上げた。
悪態が口からあふれそうになり、とっさに胸の内にしまいこむ。
6秒ほど目をつぶり、心を収めてからミュスカは何が起こったのか、改めて確認をすることにした。
扉はしまっており、綺麗な絨毯を見るに誰かが出入りした気配はない。
ただその絨毯には人が丸まったような後と破れたドレスの切れ端。
シグラス陛下から事前に聞いていたが、彼女はどうにも「自分の命を勘定に入れていない」という悪癖があるらしい。
正確には自分の命よりも価値のあるものに対して命を差し出すことをいとわないというのだ。
それらを加味したミュスカは一度バルコニーに出た。
バルコニーの手すりに爪痕を見つける。
(まさか、あのトカゲ――――ェ!?)
まさか飛び降りたんじゃないかとミュスカは慌ててバルコニーの下をのぞき込む。
だが死体どころか、騒ぎになった様子もない。
ホッと胸をなでおろしたミュスカはふと見た城壁の向こうに巨大な鳥のような姿を見た。
「あ、あ、あのトカゲぇ―――!!」
それがロマネだと認識して、ミュスカは今度こそ耐えきれなかった。
ロマネに何かあったら、モスカート家は今度こそご破算だ。
血の気が引くというのはこういうことなのだろう。
今回の魔物の襲撃にロマネが関係していることはシグラスから聞いていた。
そのロマネが無茶をしないために、私が『人質』としてロマネを城にとどめておく理由になっていたというのに!
「不味い、まずい!」
とっさに体が動いた。
ここで動かなければ確定で自分の首は飛ぶ、家もつぶれる。
でも彼女を何とか連れ戻せれば、その可能性はそれなりに減る。
立ち回り次第では自身も家もギリ無事かもしれない。
城の兵士が世話をしている馬を一匹拝借して、ミュスカは城を飛び出した。
(これは……魔物が入り込んでるのは本当なのね)
ミュスカが城下町で馬を走らせると、人の流れがあちこちで出来ており、回り道を余儀なくされた。
先程の話にあったが、魔物が城壁を突破して町に入り込んでしまったため、
北の城壁に近い人が城に向けて避難を行っているようだ。
そうこうしているうちにロマネの姿はどんどん小さくなってくる。
(このままだと見失う!)
それでも、あの手この手で、ミュスカが北の門への道を進むと、魔物の群れを食い止める兵士の一団に遭遇した。
「ホ、ホ、ホ、ホ、ホ、ホーフベルガーの名のもとに、魔物どもを駆逐するのよ!!」
おっかなびっくりの情けない声が響く、あれでは士気も何もないだろう。
ミュスカが声の主を見ると男装に近いパンツスタイルの女性が目を回しながらやけくそ気味に胸を張っていた。
「「「うおおおおお、お嬢を守れぇぇーーー!!」」」
そんなミュスカの想いとは裏腹に兵士たちは盛り上がるだけ盛り上がった。
どんな裏技を使ったのかとミュスカは首を捻ったが、その兵士たちの勢いに怯んだのか、魔物が北門へと撤退していく。
(ええい、行くっきゃない!)
これはチャンスとばかりにミュスカは馬を走らせ、兵士たちの間をすり抜け、撤退する魔物を追走するように城壁を出た。
城壁の向こうの防衛線は城下町よりも酷いありさまだった。
死体と負傷者が地面に転がり、敵が強力なものなのだと恐れが湧いてくる。
ここまで来てしまったが、自分一人で何ができるのだろうか。
貴族剣術は一通り習得しているが、それでも魔物に囲まれでもしたら一たまりもない。
かといって戻る選択肢があるわけでもなく、ミュスカは弱気な心を振り払って、馬を走らせた。
「ミュスカーー!!」
離れたところから声がかかってきた。
ちらりと見るとその先には目立つ赤髪の男。
「レブ!! 良かった!!」
ほっとした自分と、ほっとしたのは独りじゃなくなったからだと言い訳をする自分。
そのどっちもを胸にしまい込んで、これは使えるヤツに出会ったとミュスカはレブと合流した。
何としてもロマネに追いついて、伝えなければならない。
「青年王シグラスは生きている」と!