第十六話「翼」sideロマネ・ドメーヌ
王国の軍敗退の報告は各方面を巡り巡っていた。
街の人々は慌て逃げ出し、北の門近くの区画ではすでに市街地戦が始まっている。
「王国軍敗退、シグラス陛下の安否は不明との報です! ロマネ様、大変です!!」
王妃の間に転がり込んできたミュスカの報を聞き、ロマネは息を飲んだ。
何が起こっているのか理解できない。と思考が止まりそうになるのを何とかこらえ、ロマネはミュスカにバースへの確認を行うよう指示を出した。
「ミュスカ、まずは、現状の確認を、バース宰相のところで情報の精査、その後もう一度こちらにもどってきてください」
「わ、分かりました。ロマネ様、まだ確認は取れていないだけです。ですので、お力落としのないよう――」
「ええ、ありがとう。」
ミュスカが再び部屋を出ていき、部屋はしんと静かになった。
その静寂さの重さに、ロマネは自身の愚かさを悟った。
シグラスが死んでしまった。あのどんな困難も笑顔で乗り切れそうなあの人が居なくなってしまった。
まだ決まったことではないが、それでもロマネの頭の中では嫌な想像が堂々巡りを始めていた。
(いや、陛下のことですもの、よほどのことが無ければ、そんな危ないことは――)
先日のドラゴンの件は目をつぶりつつ、ロマネはマイナス思考から抜け出すために、考えを切り替えていく。
北の軍は突破されたが、まだ各方面に予備の戦力があるはずだ。
それを使えば、市街地戦は何とかなるだろう。
しかし、今日が何とかなったとして、その後は?
そもそも、今回負けた原因は何なのか。
そこを突き止めなければこの先、魔物の軍勢と戦いを続けることなど不可能だ。
(どうして、王国の軍は対魔物の訓練も、きちんとした装備もあるはずなのに……それに――)
もし陛下が死んでしまったら、この国はどうなるのだろうか。
滅亡するにしても、ここに住む人たちはどうなる。
そしてここが堕ちたら、次はどうなる。
(……命を使う時が来たのかもしれない)
深緑のドラゴンのラトゥーニの言葉を思い出す。
自身をリザードマンに変えてしまった『ラスボスの呪い』が魔物の狙いが自分なら、魔物たちを誘導できるかもしれない。
(問題は移動手段……何か手は)
人間の頃は馬に乗ることは容易かったが、今の体では馬が怖がってしまい乗ることなどできない。
魔術の中には空を飛ぶものもあったが、魔術の才があるものだけしか使うことはできない。
その才ある弟のポイヤックでさえ習得に一年近くかかったのを考えると今からすぐに覚えることは不可能だろう。
「あのドラゴンのように翼があれば……」
自身の手詰まりを感じ、ロマネはぽつりとつぶやく。
それは願望、無いものねだり、そんなことは分かっている。
しかし、その叶わない願望はびりびりとした音と痛みによって、叶ってしまった。
「え、い、痛い――う、うううう」
しっぽの少し上、腰と背中の中間あたりから頭の奥に何かがつながるようなびりびりとした強い痛みが走る。
思わずロマネは頭を押さえ、うずくまり、背中を丸めた。
それはあの呪いでリザードマンになったときの感覚に似ていた。
しばらく痛みに耐えているとばさりと、まるで大きな旗を振った音がし、腰から何かが解放された感覚をロマネは感じ取った。
「は……羽根?」
巨大な羽根が破れたドレスから覗いていた。
感覚はないが、動かそうと念じるとまるで腕のように動かすことが出来た。
「……これならば!」
決意を固めたロマネは窓を開け、バルコニーに出た。