第十四話「北の軍との合流」sideレブレサンド
つまらない話ではあるが、シグラスの国の王都であるクロドロッシュは人口約五万、
王城を中心に城壁を入れ替えては広げ、渦巻き状に拡大を続ける中央都市だ。
王都の東西南北には総勢二千の軍、さらには城を駐在し必要に応じで各方面へ迅速な対応ができる千の騎士団が王都を守りを盤石なものとしている。
国の領土である南の農園ドメーヌ、西の鉄鋼場サブロン、東の果樹園エリタージュは王都と街道で結ばれ、早馬を走らせれば数日で領主と連絡が取りあえるようになっている。
平時には離れたところにある他国との交易も盛んにおこなわれ、王都クロドロッシュでは近隣諸国の特産などを手に入れることができる。
ただそれは非常時には他国との交易は止まり、シグラスの国の経済に大幅な損失を与えてしまうということでもあった。
今回問題となっているのは北の軍が担当する箇所だ。相対しているのは街道の無い未開拓の平原、その先にある新魔界からなだれ込んでくる魔物の大群。
彼らの侵攻を軍兵千と騎士団を五百、総勢千五百で守りを敷き対応したが、予想を上回る魔物の勢いに軍と騎士の連合軍は半壊という、実に苦々しい状況に立たされていた。
青年王シグラスは至急東西からの兵士を分け、北の軍へ援軍を派遣し、事態の対応を指示した。
さらにはロマネからの提案もあり、特級騎士レブレサンドを派遣。各々の治療が完了するまで北の城壁を死守するべしと指示を出すのであった――。
「レブレサンド着任の報告に……いや、あー、やっぱりまず言っていいですか?」
「うむ、許そう!」
シグラスの国、北の関所、作戦指令室。
部屋は荒れに荒れ、中央のテーブルに北の門を中心にとした地図と散乱した筆記具や資料のもろもろ。
北の軍の要所の一つであるここは、文字通り魔物との戦いの情報を集積し編纂、そして対策を提案、協議し、決定する場だ。
特級騎士レブレサンドは現着したことを指揮官に報告しに作戦会議室までやってきていた。
だがその場に居てはならない男が指揮官の席に腰かけていたことに対し、レブレサンドは眉間にしわを寄せた。
「王よ! どうしてあんたがここに居るんですか!」
「王だからに決まっているだろう。この目で見ないことには話が始まらないからな」
尊大な回答をする青年王シグラスに、レブレサンドは頭を抱えた。
ロマネがシグラスの負担を減らすため、自身を派遣したというのに、これでは本末転倒である。
(さすがに過労で倒れるんじゃないか?)
ワーカーホリック気味の青年王シグラスを見ていると、レブレサンドの脳裏に「この王が死ぬと即失業」の文字がちらついて来る。
どこかで王こそ戦の先陣に立つべきみたいな話を聞いたことがあるが、あれは奮い立つわけではなく失業が怖いのだとレブレサンドは理解した。
「……そんなに深刻な事態なのですか?」
それと同時に、前回の事件があったにも関わらずロマネから離れることを選んだシグラスの判断に、
レブレサンドは現状が自身の予想よりも深刻な状況になっていることを悟った。
「まだ、念のためという段階だ。バースの計り事で背中から襲われる心配がない分まだマシといったところか」
そうとなるとレブレサンドができることは一つであった。
自身の覚悟を改めたレブレサンドは襟を正した。
「なら今回の戦いは勝たないといけませんね。なるべく速やかに迅速に」
「うむ、そうだな。よろしく頼むぞレブよ。――まずはお前に野戦病院に行って動ける者を集めてほしい。レブレサンド、お前はお前の隊を作るのだ」
「かしこまりました……って、俺が部隊長ですか!?」
「そのために来たのだろう?」
にやりと笑うシグラスに、レブレサンドはまた無茶ぶりかと自身の赤髪二三搔きむしり、言い返した。
「……ええそうですよ! そうですとも!」
かくしてレブレサンド王の勅命を賜り、野戦病院へ赴き、動ける下級騎士を集め、20人の部隊を編成した。
通常50人の兵士を一部隊とする王国において、『半端者の集まり(ロブレス)』と呼ばれた彼らは、特級騎士レブレサンドと共に戦場に赴くことになる。
そして、二日後。魔物の群れが王都クロドロッシュに襲来した。
人と同等かそれ以上の体躯を持つヴォーパルウルフ、さらにはその倍のジャイアントグリズリー、そして極めつけは――。
「レッドドラゴンかよ……嘘だろ……」
赤き鱗を持つレッドドラゴン、以前城を訪れたラトゥーニよりもさらに巨大で、その頭は三階建ての住居ほどの高さがあり、見たものすべてを圧倒する迫力を備えている。
おびえる周囲を見て、レブレサンドは覚悟を決めた。
仮初であるが、今の自分はドラゴンカウンターなどと大層な名前で呼ばれている。
(初戦はおそらく足の速いウォーパルウルフの突進から始まることは確定だろう。せめてそれを受けるだけの士気を上げなければ……!)
「皆、聞け!! レッドドラゴンは俺が何とかする!!」
覚悟の決まったレブレサンドは戦場の隅々に届くほどの大きな声を上げる。
浮足立っていた兵士、騎士たちが何事かとレブレサンドに注目した。
「このドラゴンカウンター、レブレサンドが! だ!!」
「うおおおおおおおおおおお――――!!」
指揮の高まりは、そのまま雄たけびとなり戦場に伝播していった。
(やれやれ、皆単純かよ……)
あっさりと士気を上げることに成功したレブレサンドは周囲の短絡さに軽く頭を掻いた。
これだけの士気があれば初戦の敵の勢いにも何とかなるだろう。
(もっとも大口叩いてしまった分、俺も命を賭けないとな)
それは王国における長い一日の始まりであった。