第十三話「会議」sideミュスカ
ミュスカは使用人の服に着替えながら思案していた。
本当は父バースが退場し、後釜をかすめ取ろうと考えていたのに、どうしてこうなってしまったのか。
バースが後任として宰相にしようとしていた男には上手い感じで関係を築いていたので、後はフィクサー路線で骨抜き篭絡、傀儡化。
何かあってもその男を生贄にすれば一回は大丈夫の完璧な布陣で、政治に大きくかかわれると思っていたのに、今ではあっさり使用人。
(まあ、父の行った所業を考えれば寛大すぎる処置だ。厳しかったとは言え父が無事でよかったとは思うけど)
ただ、それはミュスカにとっては自分の大いなる野望を根底から崩す驚異の一手。
その一手を打ったロマネという人物はここまでの展開を見通していたというのだろうか。
(だとすると相当の知恵者ですわ。――さて、この先どうするべきかしら)
当人と対峙した印象は、理性のあるリザードマンといったところだった。
野蛮な言動がない分、まとも人間が魔物の皮をかぶっていると考える方がよさそうだ。
それならば、ロマネを人間として見立て、作戦を練っていった方がいいだろう。
なにせ使用人は使用人でもロイヤルもロイヤルな使用人、立ち回り次第では当初の計画よりももっとおいしい立場になることだってできるはずだ。
(おっといけない……つい表情に出てしまった)
にやける自分を内心で叱りつつ、ミュスカは使用人のエプロンドレスの着心地を確かめる。
厚手の生地ではあるが重さはさほどではない上等な生地だ。なるほどさすがロイヤル。
使用人のエプロンドレスのデザインはシンプルで貴族が着るにはちょっと味気ないが、そういうものが好みの変態もいると聞く。
男とはよくわからない生き物だ。時に可愛くないものをカワイイとか、太い方がいいとか、無い方がいいとか、かといって細いはずなのに太いとか何とか。
ふとミュスカの脳裏に先ほどの赤毛の騎士の姿よぎる。
(そういえばさっきのレブレサンドって騎士、確か田舎出身の元下級騎士だったはずよね)
だとすると、こういうシンプルな恰好は意外と彼の好みなのかもしれない。
先ほどは自分の素の笑顔を見たのだ。仕返しに彼の照れる顔を自分が見たところでおあいこであって怒られることはないのだ。
ミュスカはどうして自分があんな平民の男に素の笑顔を見せてしまったのか、その部分を考えず「クックック」とレブレサンドをいかにからかってやるかに頭を回し、時間をつぶした。
ややあって部屋にロマネとレブレサンドが戻ってきた。
「ミュスカさん、力を貸してください」
「はい?」
それはミュスカにとってロマネに取り入る願ってもいないチャンスであったが、まさか扉が開いて三秒でこんなチャンスが舞い込んでくるなんて想定していなかったミュスカは目を丸くした。
彼女のざっくりした計画ではまずはじっくり一週間、会話なり実務なりで関係値を築き、そうして徐々に意見を求められる立場になっていこうと考えていた。
それが三秒で最終段階である。
ミュスカはことごとく先手を取ってくるロマネに憤慨と畏怖を感じた。
(こちらの裏ばかりを――やはりこの人は侮れない!)
「私が力を貸すとは? 具体的にどういうことをされたいのですか?」
(けれども振り落とされてなるものですか、このビックチャンスの大波に!)
だがそれはそれとして、ミュスカは心を切り替え、頭を回した。
カモがネギをしょってきたのだ。おいしい鍋にしない手はない。
「そうですね。今、王国は北から襲来する魔物の軍勢に押されています。
そこで第一に北の軍が立ち直るまでの時間を稼ぐこと。現状、魔物の攻勢が国の処理能力を超えてしまっています。シグラス様の負担が増えすぎている」
「第一にということは第二以降もお考えなのですか?」
「ええ、北の軍が立ち直り、引き続き魔物と戦うとしても終わりが見えないと戦いの続けようがない。第二に考えるべきは今戦っている敵の情報ですね」
「……そこまで考えているのですね」
ミュスカは唖然とした。
聞いた話では目の前に居るロマネというリザードマンは、元は田舎で育ったご令嬢だったはずだ。
それがどう育ては、ここまで広い目で状況を見ることができるのだろうか。
(父にも言われていたけど、人を学ぶとはこういうことなのかな――この人、面白い……!)
「分かりました。ロマネ様。まずは我々で出来ることを整理しましょう」
ミュスカは本気で礼を尽くし、頭を下げた。
自分をどう使い、その力がどう影響し、それがどこまでロマネの思惑、希望をかなえることができるのか。
自分の裁量で力を振るえるこの場にミュスカは自身が高揚していくのを感じていた。
それは、こっそりとロマネファンクラブ会員が一人増えた瞬間であった。
「ええ、レブあなたも参加をお願いします」
「え、俺もですか?」
「そうです。今戦場には下級騎士も多く出陣している。だからこそ、下級騎士であったあなたの意見も重要なのです」
そうしてレブレサンドの協力もあり、テーブルと椅子を用意し即席の会議場になった王妃の間で三人はひそかな会議を始めることにした。
それは時間にして一時間ほどであったが、国王婚約者、元下級騎士、宰相の娘という状況を把握するには十分な顔ぶれで行われ、かなり有意義な意見が生まれた。
北の軍を立て直すために、回復魔術などを使える人員の補充を増やせないか、敵の群れの全体図を知るための斥候は、それとも人員以外で必要なものを用意できないか。
各方面に考えを巡らせた結果をロマネがまとめた。
「――なるほど、つまるところ、レブレサンドを派遣するというのはどうでしょうか?」
「ロマネ様、良いかと思います。この場で一番有効な策かと」
それはミュスカからしても妙手と言って差し支えない一手であった。
特級騎士レブレサンドの派遣、たとえ戦力としては1人分だとしても彼はドラゴンを追い返した男だ。
宣伝やプロデュース次第では北の軍全体の士気を向上させることさえ可能であろう。
「いや、良い考えだと思いますが、俺は特級騎士としての任がありますので、ここを離れるのは無理ですよ?」
話がまとまりかけたところでレブレサンドが苦言を呈する。
与えられた役割を放りださないのは評価したいが、ミュスカはロマネの意見を通すことに注力することにした。
彼女からすれば、この男がこの場から居なくなれば、ロマネのプライベートな情報を集めやすくなる。
趣味や趣向などの情報を手に入れれば、彼女の腹心として活躍するも、美味しい紅茶を飲みながら話し相手になることも思いのままだ。
ならばこの赤毛の騎士の派遣をプッシュしない手はない。
「それは私にまかせてください。こう見えてもフリードリヒ流を始めとした貴族剣技を三種ほど収めてますから、達人でも来ない限りロマネ様をお守りしますよ!」
「いや、それはそれで不安が――」
「ですが、レブレサンド。これが一番効果的なのです。行ってはいただけませんか?」
ロマネの魔物声を受けて、何かを天秤にかけるようにレブレサンドは眉間にしわを寄せ、難しい顔をした。
ややあって、体の力を抜くように息を吐いたレブレサンドはロマネの提案を承諾した。
「分かりました。ほかならぬロマネ様の頼みです」
「良かったです。レブレサンドよろしく頼みますね」
その返事を受けロマネはニタリと邪悪な笑みを浮かべるので、ミュスカは思わずこみあげてくる悲鳴を無理やり引っ込めた。
(たぶんあれ、微笑んでるつもりなのかな。怖っ―――)
会話の文脈からどういう表情を行おうとしたのか予測できたミュスカは同じ女性として少し同情した。
笑顔や、涙、怒り、そういった感情を自在に扱うのは相手をコントロールするために必要な技術だ。
魔物になってしまったことでその武器が上手く扱えない、意図とは別の意味で取られてしまう。
それはこの王城、しいては貴族たちと渡り合っていくためにはかなり厳しいものがあるだろう。
「不肖レブレサンド、確かにロマネ様の願い、確かに拝命いたしました。ミュスカもロマネ様のことをよろしく頼む」
「え、はい」
(こいつ呼び捨てか、大貴族の私を呼び捨てなのか!)
立場としては侍女であるミュスカは特級騎士のレブレサンドよりも下だ。
それだからと言って、この国の宰相を務めているモスカート家の者を呼び捨て、なおかつため口と舐めた態度は果たして許されるものなのか。
いいや、許せん。お家復興の暁には豪華フルコースに招待して威光の限りを尽くしごめんなさいと言わせてやろうとミュスカはレブレサンドを優しく痛めつける方法を考えて、六秒だけ頭の中でけちょんけちょんにした後、笑顔という名の仮面をかぶった。
「ええ、まかせて。レブ」
突然あだ名で呼ばれてびっくりしたと目を丸くするレブレサンドに、それみたことかとミュスカの溜飲は少し下がった。
その後、ロマネの進言により青年王シグラスはレブレサンドの派遣を決定する。
特級騎士レブレサンドが北の軍に合流したのはその三日後のことであった―――。