第十二話「憂鬱の騎士」sideレブレサンド
騎士レブレサンドは会議室の扉の前で独りため息を吐いていた。
(……ここ最近、防衛の任が忙しいらしいんだよな。
俺ここにいて良いのだろうか。なんかすごい悪い気がしてくる)
彼はロマネの護衛だ。持ち場を離れるわけにはいかない。
だが数週間前まで下級騎士であった彼は本来ならば率先して戦場に赴く身分であり、その覚悟もできていた。
それが叶わぬ今、その覚悟の分だけ妙な罪悪感が彼の肩に重くのしかかることになっていた。
ガチャリと扉のノブが回る音がし、レブレサンドは扉から少し離れ、会議室から出てくるものに場所を譲った。
会議室から出てきたのは亜麻色の髪の女性。
彼女は会議室へ一礼した後、静かに扉を閉めた。
レブレサンドの一生からすると本来出会うことのない上品な所作の女性だ。
青年王シグラスの呼び出しとは彼女の件なのだろうか、そうレブレサンドが考えている間に彼女はスッと距離を詰めてきた。
「あー、あなたが下級騎士から特級騎士になられたというレブレサンドさん、でしたっけ?」
マナーや所作についてレブレサンドは決して詳しくはない。そんな彼でも彼女の動きの洗練さを理解出来てしまうほどに完璧で上品な動きであった。
それゆえにそんながっつり貴族のお方が自分になんの用事なのかレブレサンドはドン引きながら身構えた。
「えっと、あなたは?」
彼の問いに亜麻色髪の女性はしまったと口元を押さえ、そのあと、ゆるりとドレスの裾を両手で持ち空気の揺れがない静かなお辞儀をした。
「申し遅れました。私はミュスカ・モスカートです。本日付けでロマネ様の侍女となりました。よろしくお願いします」
「モスカート……ああ、もしかすると宰相殿のご息女で」
「はい、この度は父が迷惑をおかけしてしまいすみませんでした」
顔を上げずミュスカは謝罪の意を示す。
正直、先の騒動で実行犯相手に決闘などと大立ち回りをした身ではあるが、彼女にそこまでされる理由が無いレブレサンドは逆に困ってしまった。
「そこまでしなくても……俺の場合は迷惑というか、なんだったんだあれ、ダシにされた?
いや、まあ何はともあれロマネ様の侍女ということは、共にロマネ様を守る立場だ。仲よくしよう」
今後、顔を合わすことも多くなるだろう。ならば変に畏まられても面倒なことは多い。
レブレサンドは少し砕けた調子で、遺恨などないように振る舞った。
「はい! あ……!」
彼の態度に、笑顔で顔を上げたミュスカが途端はにかみの表情を見せる。
こっちが彼女の素なのかもしれないと、相手の隙が見えたレブレサンドはちょっと肩の力が抜いた。
「す、すみません! いきなり笑顔になったりして……。そ、それじゃ私はロマネ様に部屋で待機するようにと言われているので!」
なぜか慌てるようにミュスカが廊下を去っていく。
貴族というのは、笑顔を出すのにもタイミングのある恐ろしい世界なのかもしれないと、レブレサンドは貴族社会の恐ろしさの一辺を見た気がした。
ややあって彼女が去っていった通路から、入れ替わるように伝令の兵士が駆け足で会議室に近づいていた。
急を要しているのか、息を乱している様子が、離れているレブレサンドにも伝わってくる。
だが、ここは仕事とレブレサンドは扉を守るように立ち位置を変え、兵士の前に立ちはだかり、制止を促すよう呼びかけた。
「ストップ、止まってください。って、先輩じゃないですか」
「お、おお……、レブ! すまない急ぎなんだ」
見るとレブレサンドが制止させた兵士は、下級騎士時代の先輩にあたる人だった。
ちなみに深緑のドラゴン、ラトゥーニがやってきたときに真っ先に「俺が陛下に知らせてくる」といってあの場から逃げていった男だ。
……いや、今回も伝令で動いているということはロマネの正体を知り、現場とシグラスとの橋渡し役として重宝されているのかもしれない。
「中にはロマネ様とシグラス陛下が会議中です。それよりも緊急度の高い用件ですか?」
「緊急だ! 北の軍が半壊した。至急陛下にお目通りし、救援を動かしてもらわねば」
「なんだって! すぐに行ってください」
「では、すまぬ!」
そういうや否や、兵士は急いで会議室の扉を開け、部屋へと入っていった。
「ご報告です!――――」
(なんてこった……北の軍には鍛えられた腕利きの下級騎士たちもかなり参加していたはず、それが半壊? 嘘だろ?)
レブレサンドがあまりのショックに息を飲んでいると、陛下のやり取りを済ませた兵士が会議室から戻ってきた。
「お疲れ様です。どうなりました?」
「バース様に再編を依頼してくださるそうだ。私も少し休んだら戦場へ戻る」
「そうっすか……」
できることなら一緒に行って戦いたい。
だからと言ってこの場を放り投げられるほどレブレサンドは無責任ではなかった。
伝令に来た先輩兵士はちらりとレブレサンドを見ると、肘で軽く小突いた。
「ところでレブ、先ほどすれ違ったのだが、見間違えじゃなければあの娘宰相殿秘蔵のご息女ではないか?
なにやらご機嫌そうであったが……。あ、まさか! お前というやつは、特級騎士になっただけじゃ飽き足らず宰相の娘まで狙いやがったな……この野心家め、このこの白状しろ!」
「ち、違! 誤解ですよ」
ゲシゲシと先輩からの肘鉄を受けレブレサンドは弁明をする。
時折本気のやつも交じっていて、油断して捌きそびれるともんどり打ちそうな一撃が飛んでくる。
「……俺だってあんとき、伝令じゃなくてドラゴンと対峙していたらなぁ。隙あり!」
「いや、すんません! シャレにならん奴!?」
これは先輩なりの気遣いなのだろう。
それは分かるが対処を間違えるとしばらく動けなくなりそうな威力の肘鉄はやめてほしいとレブレサンドは半分本気で先輩の肘鉄を防いだ。
「分かってんな! いいな! 絶対任務を全うしろよ! 分かってんな!」
「はい!」
肘鉄を防がれた先輩は今度は拳を握り込んだ。
「レブよ、俺たち騎士の本分は!」
放たれる拳。レブレサンドはすかさず身を捻り対処する。
かえす刀で空いた手を用いてのカウンター。
それは確実に先輩の顔を捉える軌道を描く。
しかしながら先輩の逆手が割こみその軌道はずらされてしまう。
「「やることやって! 健康第一!」」
突然始まった組み手は、叫ぶだけ叫んで両者決着のないまま終わった。
それでも、体を動かしたことにより、レブレサンドは少し気が晴れていた。
「ま、そういうことだ。それではな!」
そうして先輩はバースを探しに会議室から離れていった。
確かに迷いながらではできることもできないものだ。
それに先輩は伝令と任務をきちんとこなしている。
去っていく彼を見てレブレサンドは今更ならがドラゴン到来時に見捨てた人リストから先輩の名前を除外した。
この男結構根に持つタイプであった。
「立場が変わればいろいろ見方が変わるものなんだな……」
その後会議室から出てきたロマネの指示で共にミュスカが待つ王妃の間に戻ることになった。
自分が力を振るわなければならない場面が来るかもしれない。
今は己の力を磨き、任務を全うする。そうレブレサンドは胸に新たに決意を固めた。