第十一話「兆し」sideロマネ・ドメーヌ
式典の騒動から一週間が経った。
この日のロマネはシグラスに大切な相談があると呼び出され、護衛であるレブレサンドともに会議室までやってきてた。
「レブレサンドはこちらで待っていてください」
「は、はい!」
ロマネの低い声にレブレサンドは青ざめた顔で敬礼をした。
護衛になってから一週間と少し、少しは慣れてくれてもいいと言うのに、未だ態度が変わらない。
それだけ彼が特級騎士という立場に責任を持っているのだろうが、この調子ではその内体を壊してしまわないかロマネは少し心配であった。
ただ、今は青年王シグラスの呼び出しだ。
用件が終わったら、時間を作ってレブレサンドを休ませてもらえないか陛下に進言してみようかと少し考えつつ、身なりを確認し、ロマネは扉を開いた。
「失礼します」
「うむ、よく来てくれた」
ロマネが会議室に入ると、会議室にはシグラスのほかに、彼の隣に若い女性の姿があった。
亜麻色の髪を短くまとめ、背はロマネより少し高いぐらい、聡明そうな顔立ちは何処か不安げに曇っている。
身に着けているブラウンを基調としたプリーツスカートのドレスは彼女によく似合い、胸やくびれなど女性的な曲線をうまく強調していた。
おそらくどこかのご令嬢だろう、ただロマネには彼女との面識がなく、それでいてリザードマンとなっている今の自分と引き会わせたことに首を傾げた。
シグラスの婚約者として城に入っているロマネがリザードマンになってしまった現状は緘口令扱いになっており、あらぬ噂を立てられないよう、真実を知るものは一部の貴族などシグラスにより選定されている。
そのうえで、彼女はロマネの前に立っているのだ。
(一体何者なのでしょうか?)
改めてロマネはシグラスの隣の女性を観察する。
シグラスの相談に関係する人物、不安げな表情、シグラスの隣に立っている、美人で、人間。
(あっ! そうか!)
次の瞬間、ロマネの脳裏ですべてがつながった。
(ついに、陛下が人間の女性と婚約し直すのですね! そうなると相談内容は私の処刑方法とかかしら―――)
ついにシグラスが正気になったのだと、しみじみロマネは感動した。だが、同時にほんの少しだけ寂しさで胸が痛む。
ロマネは自分の矛盾した気持ちに内心首を傾げたが、さすがに自分が死ぬということに対しての生への未練とかそういうものだろうと自主的に納得した。
「陛下、相談とのことでしたがそちらの女性の方は?」
「最初に言っておくが、新しい婚約者とかの類ではないからな」
ロマネの表情をどう読み取ったのかシグラスは真顔でロマネにくぎを刺してきた。
「……違うのですか?」
「どうして私が、君を手放さないといけないのだ」
「ほら、私リザードマンですし」
「ノーチェンジ、ノーキャンセル」
どうやらまだ正気には戻っていないらしい。
もう少し今の生活が続くのかと、どこかホッとした自分には気が付かないことにした。
「あ、あの! よろしいでしょうか陛下!」
話が脱線し始めたことを察したのか亜麻色の髪の女性が手を上げ、発言の許可を求めた。
「ああ、すまない。ロマネ紹介しよう。君の侍女として働いてもらうミュスカ・モスカートだ」
「ミュスカ・モスカートです。よろしくお願いします」
ミュスカと名乗った女性はドレスの裾を摘み、綺麗な所作でお辞儀をした。
それだけで、彼女を育てたのが貴族でもかなりの大物であるのが伝わってくる完璧な動きだった。
ロマネは彼女のその動きと、名前から一人の男にたどり着いていた。
「モスカート……あ、もしかしてバース様のご息女ですか?」
昔、ロマネがリザードマンになる前、宰相バースから娘が居るという話は聞いたことがあった。
その時は「娘は能力はあるのだが、粗相の多い娘なので、あまり城に呼ぶことはできない」とため息を吐いていた。
「はい、先日は父がとんでもないことをしでかし、大変申し訳ありません。取って食われても文句はありません!」
「いや、私は人を食べるなんてしませんよ!?」
リザードマンになってやや肉食を好むようにはなったけれども人を食べるという発想は全くなかったロマネは全力で否定した。
ちょっと力が入って軽く「よ」の時に火が出てしまい、ミュスカはそれに反応し飛び跳ねた。
「ひぃ、すみませんすみません」
ミュスカは目を見開き、顔を青ざめさせた。
火だけではない、ロマネの声は、その地を這うような低さも相まってか、全力を出すと、威圧感もなかなかのものになっていた。
「命を捨てるというなら、その命ロマネのために使うがいい。それがお前の父バースの贖罪の一部にもなると思え」
「はい、かか、かしこまりました! この命ロマネ様に捧げます!」
ロマネにとっても侍女が付くということはありがたいことであった。
リザードマンになってからというもの、以前の侍女たちはロマネのそばに現れることはなく、衣服は自分で着なければならなかった。
もちろん人間であった頃は服の着替えぐらい一人で出来たのだが、体の構造が変わってからはそうはいかない。
今日なんか陛下の呼び出しということで青ざめた顔のレブレサンドにドレスの着替えを手伝ってもらったが、女性物のドレスの扱いはやはり女性の方が良いだろう。
それに加えて少なからず陛下のもう一つの意図を察したロマネはこの提案を受け入れることにした。
「……分かりました。それでは早速ですがミュスカさん、陛下と少しお話しをしますので、私の部屋で待機をお願いします。
それと扉の前にいる赤髪の騎士に挨拶を。彼はレブレサンド、私の護衛ですので、顔を合わせることも多いでしょう」
「かしこまりましたロマネ様」
きれいなお辞儀をした後、ミュスカは音を立てず静かな歩き方で部屋を出ていった。
ロマネはミュスカが部屋から離れたことをリザードマンの特有の温度感知能力で確認した後、シグラスに向き合った。
「陛下、お心遣いありがとうございます」
「私も気が回っていなかったすまない。ミュスカは存分に使ってくれ」
「はい。……ところで陛下一つ確認していいですか?」
「うむ、なんだ? 話してみよ」
シグラスは面白そうにロマネの話を促した。
ロマネはどう話そうかと、言葉を考慮し、やはり変にひねらず、素直に言葉にすることにした。
「陛下、彼女は人質ですか?」
「無論人質だ」
ミュスカがロマネの侍女になるということはシグラスの手元にバースの娘を置いておくも同義。
つまるところ今後バースが何か企てを行うものなら家族に危害が行くがそれでもいいという意味でもある。
ミュスカも薄々はそれに気が付いているのだろうが、そうと分かればロマネも彼女に対する扱いを気を付けなければならない。
ミュスカを人質にするということは逆にミュスカの扱いを間違えるとバースからの反逆があるということ。
要は今回の話はシグラスが「はい、爆弾」とロマネに手渡してきたということだ。
「そうだと思いましたが、そういう話は事前にお話してください」
「すまない。何分今は対応しなければいけない案件が多いのでな」
「……また、魔物ですか?」
「ああ……先週よりもさらに勢いがついてきている。君がバースを残す判断をしてくれて助かった」
そうはにかむシグラス。
甘い笑みは疲れからか少し弱弱しくも見え、普段見ることのない青年王の一面に思わすロマネは見入ってしまった。
「あのドラゴンの話を信じるなら、やはり私をあきらめたほうが……」
「ノーキャンセル」
「……はい」
どうしてこの方は私をあきらめてくれないのだろうか。
いや、おそらく――彼は私が自分の好みの姿、リザードマンだからあきらめてくれないのだろう。
しかも意思を通わせることができるわけで……いや好みで考えれば前に訪れたドラゴンの方がよいのかもしれない。
(いざとなったら、あのドラゴン捕縛も考えたほうが――いやいや、陛下に魔物をあてがってどうするのですか私は!!)
悶々とするロマネをよそに、突然、空気も読まず会議室の扉が開かれた。
「ご報告です! 陛下! 北の軍、魔物を追い返すも半壊です!」
「そうか……傷を負ったものはすぐに治療を、東と西から半分ずつ兵士を送る。バースに伝え編成を組み替えさせろ。」
「かしこまりました」
一礼をして報告をした兵士が去っていく。
バースが予見した通り、貴族との不和があったら乗り切れない状況にシグラスの国は陥っていた。
いつやむともしれない魔物の攻勢に晒され、住民たちも不安に思う声が徐々に王城に寄せられている。
今はまだ勝ち続けてはいるものの、徐々に国の兵士たちの消耗が報告から見え始めている。
(何か手を打たないと、陛下が納得するような方法で……)
そう考えはするものの、一番の手が自分の命を捨てることなので、そこで意見が堂々巡りしてしまう。
誰かに相談したほうがいいかもしれない。
そう、考えたロマネの頭に浮かんだのは先ほどのミュスカの姿だった。