第十話「狂騒曲の裏側」sideロマネファンクラブ
ロマネファンクラブ一同はシグラスの国に向けて行軍を進めていた。
その足取りは重くはあれど「ロマネを任せた」と言った義兄ラブロッソおにいさまからの言葉を、意訳して、飛躍させることで、飛脚のような速さで歩みを進めていた。
疲れて足が止まりかけても脳内に住んでいるウエディング姿のロマネが「がんばれ、がんばれ」と囁いてくるのだ。
泣きたくても、苦しくても、ベソをかいても、彼らの足が止まることはなかった。
そんな狂気の強行を続けた成果もあって、ロマネファンクラブ一同は、新魔界を脱出するまであと一歩となっていた。
現在は定義上、新魔界とシグラスの国の境界線となっている境界線の森、この森を抜ければシグラスの城まで二週間ほどである。
森自体は広いわけではないが、木々は獣の隠れる箇所が多く、慎重に進まないと突如獣に襲われケガをしてしまう。
さらには手入れのされてない野生植物たちトゲや根っこが天然のトラップとしていたるところに生え散らかされているので、奇襲とトラップを常に警戒し慎重に進まないといけないダンジョンのような場所だ。
ロマネファンクラブ会員40人一同は生い茂る草木を交代で切り払いながら、確実な前進を続けていた。
「おーい、みんなー!」
そんな彼らに空から可憐な声が降ってきた。
深層の令嬢を連想させるような可憐な声に呼ばれ、ロマネファンクラブ一同が空を見上げると、そこには深緑の鱗のドラゴンが気さくに前足を上げ、こちらに降り立とうとしていた。
「おお、ポイヤック君!」
ポイヤックと呼ばれたドラゴンはロマネファンクラブ一同に歓迎され、40人の中央に降り立った。
――彼らが何故、深緑のドラゴンと関係があるのか、話は数日前に遡る。
先日の戦いの後、ドンペリニョンから押し付けられたラスボスの呪いはドメーヌ一家にランダムな魔物への変化をもたらしていた。
父パスカルはスケルトンになりカタカタとしか動けず、母マーレはスライムになり意思はあるようだが、何を言いたいのか意思を伝えることができない体になってしまった。
兄ラブロッソは人型で、喋ることはできるものの、肌は青くヤギのツノを生やした魔人になり、弟のポイヤックは深緑の鱗を持つドラゴンとなった。
本来言葉をしゃべることが難しいドラゴンなのだが、幸いなことにポイヤックが昔イタズラで覚えた音声魔術を駆使することで会話をすることができた。
まずラブロッソはドラゴンになったポイヤックへ、先行してロマネ達にラスボスの呪いの情報を伝えるよう指示を出し、彼はその指示に従いシグラスの城を目指した。
だがしかし、その道中は過酷なものであった。見た目は最強種族の一角であるドラゴンであるにも関わらず、やたらめったら魔物たちの襲撃に遭うのだ。
彼らは「ラスボスを寄越せ!」と命を賭してでもポイヤックを殺そうと襲いかかってくる。
おそらく魔物には何かの要因でポイヤック自身にラスボスの呪いがかかっていることが分かるのだろうと彼は推測を立てた。
同時にドンペリニョンが用意した攻略が難しいダンジョンはこういう時の対策でもあったのかとポイヤックは自分の見積もりの甘さを嘆き、異常なまでの魔物の攻勢に逃げ回った。
だが、ドラゴンという強力な種族となった彼であったが、元は十代前半の少年である。
魔物たちの命懸けの攻撃の前に手傷を負ってしまい、身を潜めなければいけなかった。
そこで再会したのがシグラスの城を目指していた、ロマネファンクラブ一同であった。
彼らは長い月日嗅いでいないはずのロマネの匂いを、探り、ポイヤックの前に現れたのだ。
変態行為に近しいのだが、匂いをかぐと言うのは自然に吸い込んでしまうものという不可避の行為なのでイエスロマネノータッチの鉄の掟には抵触しない。
なにも問題はなかった。
「かすかだがロマネ様の匂いがする。何者だこのドラゴンは?」
「僕だよ。ポイヤックだよ……」
「ポイヤック君!?」
「イテテ、呪いでこの姿になっちゃったんだ。強くなったと思ったんだけど、魔物たちに襲われて……もし信じてくれるなら僕を助けてくれないかい?」
一同は驚いたが、姿が変わってしまったポイヤックの話を信じることにし、ポイヤックの回復の手助けをした。
ポイヤックが自身の声を魔術で再現できたことと、ロマネの匂いという証拠があったからだ。
回復したポイヤックはラトゥー二としてシグラスの国へ、その後の帰り道でロマネファンクラブと合流し、今に至る――――。
かくして、改めて合流することができたポイヤックに、ロマネファンクラブ一同は各々声をかけた。
出迎えも落ち着いてきたころ、ロマネファンクラブ会員ナンバー1のリーダー格の男がポイヤックの前に出た。
「首尾はどうでしたか?」
「ばっちりとは言えないけど、言いたいことは伝えてきたよー」
「さすがですな」「素晴らしい」「ところでその声は? 女性の声に聞こえるが」
ロマネファンクラブ一同から労いや称賛、疑問の声が上がる。
ポイヤックは美しいドラゴンの顔を少し赤めた。
「あー、うん、ほら、僕らが勝手にラスボス倒しちゃったからね……ちょっとでも僕だって気が付かれないようにする工夫だよー。姉様に怒られたくないもん。一人称だって我って変えたんだよ」
「なるほど、確かにロマネ様に怒られるのはごほ……恐ろしいですからな」「……令嬢声ポイヤック君、新境地かもしれない」「おい、目を覚ませ」「疲れているんだ休ませてやれ」「おうとも」
ロマネファンクラブの会員はイカれた発言をした男の鳩尾にショートアッパーぎみのいい一撃を叩き込んだ。
ロマネファンクラブ鉄の掟「イエスロマネ、ノータッチ」である。今回は義兄弟の契りもあって拡大解釈された。
「お……お兄ちゃんと呼ばれたかった。がくり」
「よし運べ」「承知!」「ゆっくりやすめ」「こいつ死んでないか?」「死ぬほど疲れてたんだろ。息はしている」
倒れた男を彼らが運び、邪魔にならないよう離れたところの地面に寝転がらせた。
ポイヤックは――改めて、ロマネファンクラブ一同に情報を共有し、今後の方針伝えた。
「――それでみんなはこのままシグラスの国を目指すの?」
「その通りだ」「ロマネ様の力にならなくては」「ポイヤック君は?」
「僕は一度、兄様のところに戻って、状況を報告かな。それと呪いの解呪方法を探してみようと思うよ」
「分かりました同士よ! 成功と無事を祈っております」
「うん、それじゃーねー」
ロマネファンクラブ一同は新魔界へ向け飛び立つポイヤックを見送り、再びシグラスの国を目指し歩みを進めた。
彼らはさらに一週間ほどの行軍を進め、ケガ人を出すことなく境界線の森を抜けることに成功、なお鉄の掟の制裁は、ケガとはノーカウントである。
森を抜けると次は手つかずの平原、ここを二週間ほど進んでいけばシグラスの城にたどりつくことができる。
そこで彼らは異変に気が付いた。
「なんだ、あれは……!」「土煙? 何かが移動しているのか?」「それにしては途絶えないぞ」「何か地面から音がしないか?」
一同は、遠くに土煙が上がり、広がっていくのを見つけ、すぐさま警戒を伝えた。
ロマネファンクラブ一同とはかなり距離があったが土煙は、一同と同じ方向、シグラスの国へ向け進行をしているようであった。
目の良い会員は手を目の上に添え、遠見をするように目を凝らた。
「あれは魔物群れだ。我々と同じ方向に進もうとしているぶつからないように気を付けねば――しかしどういうことだ」
「どうした同士よ」
「魔物の群れとはいったが、多種多彩の魔物が有象無象、規則無くがむしゃらに進んでいるようだ」
「おかしい、本来は魔物は同種で群れるはず」「しかし現実にそれが起こっている」「どうなっているのだ」
ロマネファンクラブ一同に動揺が走る。
畑を守るために魔物と戦うこともあり、それなりに生態を知っているからこそ、逆に埒外な魔物の行動に戸惑いを受けていた。
このままでは行軍が遅くなる。そう判断したロマネファンクラブ会員ナンバー1の男は声を上げた。
「分からない。でも事実だけを受け入れよう。あの土煙の向かう方向はシグラスの国。つまりは―――」
会員ナンバー1の男の言葉に一同はハッと我に返った。
「「「「「ロマネ様が危ない!」」」」」
本来の目的を思い出した彼らは改めてシグラスの国までのルートを再定義し、行軍を再開することにした。
「みんな急ぐぞ!! シグラスのクソ野郎はどうなってもいいが、ロマネ様が悲しむことだけはあってはならない」
「ダメです皆疲れていて、どれだけ頑張ってもいつも通りの速度しか出ません」
「死ぬ気で足を動かせー!!」
「うおおおおおお!! クチオシアシグラス! クチオシヤシグラス!!」
かくしてロマネファンクラブは魔物の大軍勢を避けつつも、ひたすらにシグラスの国を目指し歩み続けた。
一刻も早くロマネに会うと、彼らの心は一つであった。