Opening
お目に止めて下さり、ありがとうございます。
全部で四つに分かれていますが、ふたつずつ、二日に分けて投稿します。
最後まで、どうぞよろしくお願いいたします。
「婚約解消、致しましょう」
彼の美しい顔を真っ直ぐに見て、私はそう言った。
前回、半年前に逢った時よりも更に陽に焼け、少しだけ髪が長くなって、より精悍になった彼の目が見開かれる。どんなに見てくれが変わろうともそこだけは決して変わらない、矢車菊の青が瞬きもせずに私の事を見下ろしている。
彼の、この瞳が好きだった。初めて逢った時から、まだ少年らしさが残り、筋肉も薄くて今よりずっと頼りない体躯だった頃からずっと。
―――例え今、あの頃より格段に逞しくなった腕に女を絡ませていても。
手入れの行き届いた亜麻色の髪を背に流し、華奢なのに出るところは出た、素晴らしく整ったボディラインを引き立てるゴージャスなドレスを纏った美少女に巻き付かれている今この時でも、だから彼のこの瞳の光を見てしまうと、決めた心が鈍るくらいには惑わされる。それくらい彼に囚われているのを自分自身で知っているし、情けない事に知られてもいる。
「―――ジェン?」
いつもよりも低く、喉に絡むような声に、背筋が冷える。怖くはない。どんな状況になろうと、それこそ常に穏やかな彼を激怒させるような何かを私がしでかしても、絶対に力づくで屈服させようとはしない男だと知っているから、私が彼の所作に怯える事は決して無い。
無い、筈だったのに。
「今、何て?」
彼は、むしろ微笑んでいた。厚めの唇が三日月のようなカーブを描き、いつの間にか削げたように鋭くなっていた頬も薄っすらと笑みの形に吊り上がっているのに、目元が全く笑っていない。一見は美しい笑顔なのに、いっそ獰猛だ。
彼のこんな顔を、私は知らない。六年もの間を婚約者として過ごし、そのうちの二年間は同じ学び舎に通い、一方的にとは言えほぼ毎日顔を見ていたと言うのに。
「婚約解消。そう言った?」
一言ずつ区切って確認する彼の声が、笑顔が、とても怖い。
だが、私はここで引き下がるわけには絶対に行かないのだ。
「ええ、言いました。―――致しましょう? 婚約解消。だって、それが貴方の望みでしょう?」
私はぐっと胸を張り、頤を上げ、ヒールの助けを借りてさえ頭ひとつ以上も高い処にある彼の恐ろしげな笑顔に向かって、なけなしの矜持を搔き集めて練り固めた、いまの自分に出来る最高の微笑を貼りつけて、宣言した。
「ウィンストン・カーバンクル様。今この場を以て、私との婚約は無かった事に致しましょう」