温泉の実あり〼
なろうラジオ大賞5参加作品です。
使用ワードは「温泉」。
疲れた。
何連勤したのかわからなくなってきたのに、明日も仕事があるなんて笑えない。
親から貰った丈夫な身体が今は憎い。
コロナもインフルエンザも、私を避けているのかと思えるほど病気とは無縁である。
対して職場では、ゾンビ映画よろしくバッタバッタと交代で人が倒れてゆく。こんな事言っちゃダメだとわかってはいるが、いっそ私も倒れたいと思ってしまう。
うん。私、疲れてるな。
とりあえず帰って寝よう、そう決めて駅へ歩き出そうとしたときだった。
「あのう、おんせんのみ、いりませんか?」
突然話しかけられ、最初、その子が言った言葉を聞き取れなかった。
私が反応しないと見るや、男の子はさっきより大きな声で、
「あの、えっと、おねぇさん!温泉の実、いらないですか!」
と、私の前に仁王立ちになりながら言った。
どう見ても、小学校へ上がっているかいないかくらいの男の子である。ちなみに今の時間は21時半だ。
親御さんはどこだろう、と私がキョロキョロしていると、男の子と同じくらいの年格好の女の子がやってきて、
「お客さまですね?こちらへどうぞ!」
と、私の手を引いてあっという間に小さなお店ののれんをくぐってしまった。
私が、
こんな時間に幼児が客引きってどういうことなの?
時空がおかしくなっちゃった?
ここはどこ?
今何年?
とか考えているうちに、ふかふかソファーに座らされてあったかいほうじ茶と温泉饅頭が出てきた。
そして、幼児たちと入れ替わるようにして、
「本日のお品書きです。オススメは草津ですよ。」
と、私と同年代くらいの男性が現れた。
「いや、あの、私、帰ります!」
大人ならば話せば解ってくれるだろうと、半分腰を上げながら言うと、男性は私をまじまじと見て、
「そんなに疲れてるのに、このまま帰っちゃダメですよ。」
と、のたまった。
「疲れてるから!帰りたいんですっ!」
クマもできてるし肌も荒れてるしなんなら目も充血しているであろう顔をじっと見られた恥ずかしさで、私は大声を出してしまった。
その刹那ーーー
どこからともなく現れたさっきの男の子が、「えい」と私の口に何か放り込んだ。
そこからの記憶は曖昧だ。
なんだか暖かくて、いい夢を見ていたような気がする。
気がつくと、私は最初に男の子に足止めされた場所に立っていた。不思議と身体がぽかぽかしているし、疲労感が軽くなった気がする。
気を取り直して駅へ向かって歩き出した私の鼻先を、微かな硫黄の香りがかすめていった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!