表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/369

プロローグ

今思うと生まれてから28年間、後悔しかない人生だった。



俺はゲーミングPCの電源を切った。

カーテンの隙間から部屋に光が差し込んでいた。

「もう朝か」


机の上には吸殻が山盛りになっている灰皿。

俺はくしゃくしゃになった煙草の箱を取った。

「くそ。もうなくなったのか」

俺は灰皿に目を向けると、まだ吸えそうな吸殻が1本あった。

それを口にくわえ火をつける。


「まっず」

俺はまずいシケモクをフィルターギリギリまで吸った。


「買いにいかないとだめか」

椅子から立ち上がり、リビングへ向かった。



リビングでは母親が朝食の用意をしていた。

「タバコ買いに行くから金貸してくれない?」

俺はいつものように返すつもりもない金を親に借りようとした。


母親は一瞬何とも言えない顔をしたが、財布を取り出して笑顔で1万円を差し出した。

「多めに渡しとくから、他に欲しいものあったら買ってもいいからね」


俺は無言で1万円札を受取り、帽子を深く被って家を出た。




▽ ▽ ▽




こんな大人になるとは思っていなかった。

親のあんな顔を見るために生きてきたわけじゃない。

親と顔を合わせるたびに、何とも言えないつらさが心を襲う。


俺はコンビニに向かいながら、考えたくもないことを考えてしまっていた。


どこからおかしくなったんだろう。


中学・高校は成績もそこそこで要領も良く、クラスの中心人物だった。

何をするにも本気を出さなくても基準値を満たしていた。


本気を出す、失敗する、負ける。

この頃から、人に弱みを見せられなくなっていたのだろう。


大学も落ちるのが嫌で、面接のみの専門学校に進学した。

肥大化したプライドのせいで、無意識に努力をしない生き方をしてしまっていたのだろう。


専門学校でも、卒業できるギリギリの単位だけ取って遊び続けていた。

どこかで徐々に状況が悪くなっていることに気付いていたはずなのに、目をそむけて、

努力しなくても生きていける自分を演じて、周りや自分自身を騙していた。


そして就職活動もしないで講師のコネがある会社に入社したが、やはり社会は甘くなかった。

やりたくもない仕事、足りない実力、俺は毎日怒られ続けた。

俺は仕事の内容や上司の性格のせいにした。

俺は悪くない。

そうやって自分自身を騙し続けた。


それも限界に近づいた。

演じている自分と実際の自分の差が日に日に大きくなり、

俺は会社を半年でやめて、


そして実家に出戻り、ニートのような生活を送っていた。

出戻ってから1年ほどは両親にいろいろ言われたので、

工場で派遣のバイトをしたり、コンビニでバイトをしたりしたが、長くは続かなかった。

仕事内容が悪い。俺ならもっとすごいことができる。

出戻っても、自分自身を騙すのをやめることはできなかった。



俺だって今のままでは駄目だって事はわかっているんだ。


駅に向かうであろうスーツを着た人達とすれ違っていく。

俺は帽子を深く被り直した。


▽ ▽ ▽


コンビニに入り、レジへ向かう。店内には俺よりも若そうな店員が数人いた。

「いらっしゃいませ!」

店員と目が合いそうになり、俺は帽子を深く被り直す。

「56番を3つ」

と店員に煙草の番号を伝える。


店員にお金を渡して煙草を受け取ると、すぐに店から出ようとした。

わずかに聞こえてくる店員の会話が、肩に力が入った。


俺はコンビニを出て、コンビニ横の喫煙所へ入った。

煙草のフィルムをはがし、灰皿に入れる。

煙草を1本取出し、口にくわえ火をつける。


「ふー。何やってんだ俺は」


わかってる。

誰も俺を見ていない。

だけど、外に出ると嫌でも思ってしまう。


すれ違うスーツの人達に「なんでこの時間にそんな恰好をしてるの?」

コンビニの店員に「あの人、時々来るけど、絶対ニートだよ」


わかっている。

わかってはいるんだ。

変わらなくちゃいけないって。

でもこれからどうすればいいかわからない。

楽な選択してきた俺は、

楽な選択肢が無くなって身動きが取れなくなっていた。。


ピコン!


携帯が鳴った。

携帯を見ると、メッセージアプリの通知が来ていた。


アプリを開くと、高校時代から仲のいい5人のグループチャットに文章と写真が送られてきていた。


「フリーランス3年目でやっと田舎の一軒家に引っ越せたわ! 在宅ワークをメインにするつもりだから、休みの日にでも遊びに来てくれ!」というメッセージと、

親友と奥さんが一軒家をバックに撮った写真だった。


胸が苦しくなった。

このグループに居る4人は高校時代から仲が良かった。

卒業してからも、俺が引きこもるまでは年に十数回は会うほどだった。


メッセージを送ってきた親友とは他の奴らと同じで高校からの付き合いだったが、特に仲が良かった。

だけど引きこもってからは一度も会ってない。

呑みや遊びに誘われても、なんとか理由をつけて断っていた。

そして俺は仕事があると言って、結婚式すら欠席した。


疎遠にされてもおかしくないのに、親友も他の奴らも縁を切らないでいてくれている。

たぶん俺の状況に気付いてはいるのだろうが、そのことに触れないでいてくれた。


俺は携帯をいじり、

「おめでとう!」と返信を打ち、親友と奥さんの写真を見直した。


親友はアウトドアが大好きで、

学生時代はキャンプや登山などを一緒によくしていた。

「いつか田舎に住んで、趣味で農業とかしたい!」と言っていたことを思い出した。


「夢が叶ったんだな」

俺は携帯をそっとポケットに入れた。



自分の現状を考えると、胸が苦しくなった。



このままじゃ駄目だ。

変わらないと。

両親にも親友や友達にも合わす顔がない。

変わらないと。

今からでもやれることがあるはずだ。

変わらなきゃ、変わらなきゃだめだ。


俺は吸っていた煙草を灰皿に入れ、家へ向かった。


まずは今まで迷惑をかけた両親を安心させないと。

この肥大化したプライドのせいで気が変わる前に。

また自分自身を騙す前に。


俺の足はいつの間にか早足になっていた。


まずは何からすればいいんだ?

バイト?ハローワーク?

とにかく、変わろうと思えたんだ。

絶対に変わってやるんだ。

今まで迷惑をかけた両親を安心させるんだ。

友達に見捨てないでいてくれてありがとうって伝えるんだ。

親友に結婚おめでとうって直接伝えるんだ。



目の前の信号がタイミングよく青に変わった。

「よし。早く家に帰って行動に移そう」


俺は駆け足で横断歩道を渡った。



そして横断歩道を渡っている最中、俺の意識はなくなった。



▽ ▽ ▽



目が覚めると、見知らぬ天井があった。


「あれ?ここはどこだ?」


薄暗い周りを目を凝らして見渡すと、木造の部屋にいることがわかった。

夜だからか窓から外をみても暗闇で何も見えなかった。


「あれ?夜?ずいぶん寝てたのか、い、痛い! 頭が!!」


俺はひどい頭痛に襲われて、意識が遠のいていった。


あまり更新しませんが、Twitterをやっています。

良かったら作者のページから飛んでフォローしてくださると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ