闇の竜王、スローライフをする コミック発売記念短編『闇の竜王、まどろむ』
これは『闇の竜王、スローライフをする。』コミック1巻発売記念に書いた短編です。
Web掲載小説『闇の竜王、スローライフをする。』を最後まで読んでいる人向けです。
小鳥のさえずりがここで入ります。
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハッハ!」
穏やかな早朝の集落におぞましき笑い声が響き渡る……
その声の主人は巨大な骨の化け物であった!
ああ、なんと陰惨たることか……! カタカタ震える骨の化け物は翼の生えた巨大な爬虫類の骨格を持ち、目の前に立つ者を睥睨していた。
いかにも無垢そうな二人の白い少女は、骨の化け物の真っ暗な眼窩ににらみつけられ、うつむき、動くことさえできない状態であった。
そう、この骨の化け物こそが━━闇の竜王。
最近━━━━━━━━
「フハハハハ! ……なんだ、これは?」
闇の竜王は巨大な頭蓋骨をかしげた。
なにかがおかしい気がするのだが、そのおかしさがなんなのかわからない。
なにもかもが懐かしいような気がするのだが、その郷愁に心当たりがない。
すなわち、闇。
かの竜王が疑問を覚えて過去を振り返ろうとしても、その過去は闇に包まれてうかがい知ることができない……
が、とりあえずヴァイスとムートがなんだかしょんぼりしているので、竜王はまいどおなじみデカい声で話しかけた。
「ああ、ヴァイス、そしてムートよ! よくも早朝から俺の前に顔を出せたものだなあ! 貴様らには朝の忙しい時間にのんびりこの俺の前でしょんぼりしている余裕などなかろうに……!」
農家の朝はヤバイぐらい忙しいという知識が闇の竜王にはあった。
厳密に言えば農家ではないが、今は━━━━━━
……『今』は。
そうだ、この時はおそらく、まだダンケルハイトが来る前ぐらいであろう。
ダンケルハイトが来る?
闇の竜王はやはり首をかしげる。
たしかに人手不足すぎるので『そうだ、あのニートどもを呼ぼう』と自分は思いつきそうではあるが、その思いつきはまだなく、明日は闇なので、本当にあの連中を呼び寄せるかはわからない。
だというのにすでに未来が確定しているかのように、闇の竜王は感じている。
おかしな心地だ。
だから、闇の竜王は笑った。
「ククク……なにやら不可解! すなわち闇……だがこの闇の竜王は闇を司る。すなわち多少の不可解程度はこの身にまとっていて然るべき! それよりもだ。━━ヴァイス! 目の前で意味深にうつむかれていてもなんだかわからん! 用件を言え、用件を!」
闇の竜王が促せば、真っ白い姉妹はようやく顔を上げた。
……ふと、よぎる懐かしさは、なんなのだろう。
なんなのかわからないので闇だ。ゆえに闇の竜王は気にしない。それよりも目の前の脆弱なる者どもの悩みを解決する方が優先度が高いのだ。
さっきから黙りこくっていた二人の少女は、ようやく互いに見交わしてうなずきあい……
額にツノのある小さい方、ムートが口を開く。
「『諤昴>蜃コ』がなくなっちゃったの……」
「ん? なんだ?」
「『諤昴>蜃コ』……」
聞き取れない。
声は届いているのだが、その声がよくわからないもの……すなわち闇に変換されている印象だった。
闇の竜王の権能や知性において、その『諤昴>蜃コ』とかいうものがなんだかまったく判断できない。
それゆえに闇の竜王はまた笑い、
「よかろう。見つからぬので俺を頼った、ということはわかる。ゆえにこの俺は力を貸す……ん? これほど容易く力を貸していたか? それでは貴様らのためにならん……が、まあ、ご近所さんゆえに、失せ物探し程度は手伝ってもよかろう」
奇妙な引っかかりは各所にあった。
それでも闇の竜王は、今、この時間を楽しむと決めた。
白神白肌に獣耳まで生えた、大きい方……ヴァイスも、真剣に、うったえるように闇の竜王を見上げ、
「お願いします。私たちは『諤昴>蜃コ』がないといけないんです! どうか力を貸してください!」
「俺は『よかろう』と述べたぞ」
この華奢で儚げで小さくて図太い少女は、なぜか最初、自分の発言の意図を曲解する悪癖があった。
しかもだいたい否定的なことを言われたかのように解釈するので、この勘違いが起こらなくなるまでだいぶ長い時間を要したものだった。
「フハハハハ! ……つきまとう不可解。竜王たるこの俺が明晰たれぬこの状況! いかにも楽しい! この俺は気分がいいぞ。久々に竜王の権能すべてをもって捜索を手伝ってやろうではないか!」
そういうわけで、集落探索が始まった。
◆
その集落は人捨てに使われるような場所で、そこに捨てられた者はゆっくりと朽ちていくしかなかった。
森に囲まれ、水は豊富で、獲物となる動物もいる。
だけれど土がみょうに痩せていて作物は育ちにくく、野生そのものの土地において『人』は生態系のもっとも底辺に位置する犠牲者でしかなかった。
見下ろした土地にはまだ満足な畑もなく、姉妹は遠からず飢え死にするであろうことが闇の竜王にもわかった。
……このあとはたしか、喫緊の問題を解決すべく、土の竜王にでも声をかけるのだろう。
闇の竜王は気まぐれで、その場の思いつきで動く。
明日の自分の行動は今の自分にはわからない。
上空から懐かしいこの場所を見下ろす自分はもちろん『なにか』を探しているが、一瞬あとに気が変わってこのまま飛び去ってしまう可能性もあった。
けれど、きっと、そうはしないのだろう。
彼女が生きている限りは、そうしないのだろう。
……夕暮れ時まで探し回って。
でも、『なにか』はずっと、見つからなかった。
降り立った闇の竜王は、姉妹を目の前にして、やはり笑う。
「フハハハハ! 俺の権能をもってしても不可能はあった! やはり竜王は無力よ! 否━━人も、竜王も、等しく無力、なのだ」
しかし、姉妹の幼い方が首を左右に振る。
「『諤昴>蜃コ』はあったよ」
姉妹の大きい方も、笑って述べた。
「『諤昴>蜃コ』は、今、私たちのいる、この風景そのものだったんです」
「……ふん。ならば、良い。最後まで『それ』がなにかはわからなかった。だが、だからこそよい! 見つからぬ答えを求め続けること、それこそが『スローライフ』ゆえになぁ……! クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」
闇の竜王の大笑が響き渡り━━
━━現在に戻っていく。
夕暮れで茜色に染まる集落はすでになく、はるか過去にのみあの景色はあった。
地上に舞い戻ればおそらくあの土地はまだ存在するのだけれど、それはあの時、あの瞬間の、あの場所とは違っているのだろう。
もはや、心の中にしか存在しない場所━━
『諤昴>蜃コ』
……闇の竜王はどこでもない場所でまどろむ。
だからこれは、眠りのいらぬ竜王が眠る中で見た、夢だ。
いつかきっとどこかにあった、懐かしいはずの……