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"COPY BOY" ぼくのクローンは小学生  作者: シオツマ
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第6話「学校で…」

"小さな僕" が学校から泣いて帰って来た。

転入生としての初日なのに。



どうしてそうなってしまったのか。


…そもそも今日は、朝から大変だった


午前7時、起こしてもなかなか起きない。

いい加減にしてくれよ。これから毎日これかよ。面倒だな。僕の気持ちも分かってよ、お前も僕だろ。

まだ半分寝ているチビに朝ごはんを食べさせ、ランドセルを背負わせて、「忘れものない!?道具箱と体操服と。遅れちゃうよ、早く!」引きずるように学校へ連れてった。


担任は、若めの男性の先生だ。ジャージ生地のズボンとポロシャツ。着任してまだ年数を重ねていないのだろう。一文字の太い眉毛がやる気に満ちた生真面目さに溢れていた。だからだろうか、先生は転入届を見て、たいそう不思議がった。

「あれ?」

「え?」

「ここ保護者の欄ですよ。弟さんの名前になってます。」

生徒の欄に「汐妻ユタカ」と書いてある。保護者名の欄にも「汐妻ユタカ」と書いてある。

しまった。うっかりしてた。でも、一応、正しいんだけど。


…そういえば、犬巻が言ってたっけ。

「学校には、表向き腹違いの義兄弟ということにしてますから、そのつもりで。」

戸籍では、兄弟で同じ名前をつけることは原則認められてはいない。だけど特別にチビは別の戸籍を持たせてもらっていた。

学校の転入手続は犬巻たちが事前に済ませており、教育委員会を通じて校長まではなんとなく丸め込んでいたのだが、現場の担任までは手が回らなかったようだ。


そのまんま説明するとややこしくなりそう。

「あー、えー、あのー、こ、これ、『ユ』じゃなくて『コ』なんです。そうそう。これ字が汚いですけど『コ』。カキクケコのコ。この子が『ユタカ』で、兄の僕が『コタカ』。ややこしくて、すみませんね。ははは。」

とペンで『ユ』を上から何度も『コ』と書きなぐったが、

「不確かですと、何かあった時に困りますので。」

「す、すみません」手ごわいな。「書き直します。」

「今回は結構です。」納得できない様子のまま、目を皿のようにしている。「それにしてもご兄弟、似てますねえ。まるで双子のようだ。いや、それ以上…。」

ドキ。

「そこそこだと思いますけど。」はぐらかすしかない。

先生は、腑に落ちないけどまあいいや、的な肩のすくめ方をした。


「では、そろそろ授業ですので」

連れられて進む廊下。

小学校、と呼ばれる場所は久しぶりだ。何年も足を踏み入れたことはなかった。

授業前のひっそりとした校舎。春の柔らかな朝の光が斜めに射す。下駄箱があって、建物のほこりの匂いと子供たちの気配をかすかに感じさせる匂い…。初めて来た場所なのに、なぜか懐かしい。記憶が呼び覚まされるような気分。あの頃の小さな僕が、もう一度人生をやり直しているかのような不思議な気持ちになった。なんだか、いいね。


ひとり勝手に感傷に浸っていたら、…ん?

ふと、胸のあたりがモヤモヤしてきた。なぜだか心の奥底がざわつきはじめたのだ。あれ?なんだこれ?

まるで何かのプレッシャーのような、妙な感じ。なんだろう。


突然、「汐妻くん!」と先生に呼ばれて、


「はい」

「はい」


また二人で返事。

先生は怪訝な顔で「コタカさんじゃありません。ユタカ君の方です」

「し、失礼しました」この先生は要注意だな…。

「ではお兄さん、こちらで失礼します。汐妻くん、2年生の教室はこっちですよ。」

「あ、では、よろしくおねがいします。」チビに「ほら、行きな。」と背中を押すと、すっと僕の背後に回った。

「どうしたのさ、授業始まるぞ。」

小動物のようにこわばって固まるチビ。お前、ビビりだな。と軽口を叩こうとしたその時…、


あれ?


またきた。さっき感じた心のプレッシャーが…今、僕の背後にあるのを感じる。チビの狼狽が背中越しにヒリヒリ伝わってくる。新しいクラスに向かう不安なのか。なんだろう?この感覚…。研究所でチビを見つけた時の、あの不思議な感覚に似ている。

いや、待って。なぜか僕までドキドキしてきた。

なんだ?なんだ?チビの感情の乱れが僕にも移るというのか?


困った先生は時計を見ながら息をつき、指先を刻みながら待っている。

ヤバイ、急がなきゃ。しゃがんでチビの目を見たが、「うーん、うーん…」言葉になっていない。

おどおどして、とても悲しい目の色をしている。なんとかしなきゃ。安心させよう。大丈夫だよと言い聞かせなきゃ。

いや、むしろ僕自身の気持ちを落ち着かせなきゃ。僕の動揺まで伝わってしまう気がして。まず僕が落ち着こう。深呼吸して「大丈夫…大丈夫…。」そうそう。それを彼の目に伝えた。

「大丈夫だよ。大丈夫だよ…。」

「‥‥‥‥」

「な、大丈夫だろ」

「‥‥‥‥」


やがて、ほとばしるチビの感情は静まり、わずかな安堵へと変わった。

チビは、コクリとうなずくと、先生の傍らへ歩み寄った。なんだったんだ?この感覚。


変な兄弟だな、と言いたげそうな先生も、時間がないので「じゃ、教室へ」と歩み出す。先生の後ろにくっついて爪を噛みながら渡り廊下を連れられて行くチビ。

とぼとぼ歩いていく後ろ姿を眺めながら、何かが心に引っ掛かった。でも心配しても仕方ない、慣れてもらわないと、と自分に言い聞かせた。



昼過ぎ。嫌な予感は的中した。


チビの洗濯物を干していたら、スマホが鳴った。

「ちょっとご報告が…」担任の先生だ。もしかしてクローンがバレた?

だが、そうではなかった。先生の声色は、疑り深かった今朝とは違って少し申し訳なさそうだった。「そのぅ…トラブルというわけではないんですが…汐妻君が昼休みにクラスメイトとちょっとありまして。いえ、いじめとは言い切れないんですが…。」


いじめだ。


給食の時間、筆箱にパンを詰め込まれたという。挙動不審にビクビクしてたからか。クラスメイトの子ども特有の残忍さなのか。

近ごろの学校は、そういうのを真っ先に保護者に報告するのだという。やたらと先生に謝られた。「ユタカ君が帰ったら問いただしたりせず、なにも聞かずにやさしくしてあげてください」とアフターケアまでレクチャーされた。

難しいな。こういうとき、親ならどうするんだろう。どう迎えてやればいいんだろう。正解が分かんない。あとでググってみるか。


「でも…汐妻くんは、いじめられたんじゃない、皆でふざけて遊んだだけだって言い張ってまして…。」

チビは、筆箱からパンを見つけたのを周囲の友だちが笑う中、自分も笑っていたらしい。でも、楽しいわけはない。苦々しくも愛想笑いをして。「食べろよ」と、はやし立てられ、鉛筆の刺さったパンを食べたのだという。


その光景を思い浮かべたら、なんでだよ!と無性に怒りが込み上げた。立派なイジメじゃないか!なんで、ヘラヘラ笑ってるんだよ!嫌ならハッキリ言えばいいのに。たかが子ども同士の話だろ。学校のクラスなんてちっぽけな空間だ。大人になったらもっと大きな世界がある。いろんなことに遭う。教室の小さな人間関係なんて、いつか大したことないって思えるようになる。


「‥‥‥‥いや、待てよ。」


自分の中の記憶が、僕を呼び止めた。

この悔しさ、どっかで…。

ああ、そういえば…。意図せず、記憶の奥からある光景が蘇ってきた。


ぼくは幼い頃、保育園に途中から転入した。初日にズラリと並ぶ園児たちの前で挨拶をさせられた。たくさんの子どもたちに会うことは初めてだった。彼らだって新参者が珍しかったのだろう。見知らぬエイリアンに対する子どもたちの好奇の目にさらされた。生まれて初めてだから、緊張という感情を知らなかった。恐怖なのかなんだか意味の分からない感情がピークに達したとき、僕はその場から飛び出していた。

そして、チビと同じように洗礼を受けた。給食の中に積み木を入れられたのだ。保育園児のやること。でも、された本人にしたら、初日に死刑宣告されたようなものだ。

そうだ、その時、僕も笑っていたような気がする。幼心にそうすることで、苛められてないよ、僕は一緒に遊んでるんだよ、という設定にしておきたかったのだろう。いじめをされていないと思うことで、いじめそのものがなかったことになる気がして。歯向かうと怪我をする。ささやかな防衛だった。


そのせいなのか今でも、大人になったぼくは他人の目が怖い。人前に出ると異常に緊張し、話そうとするとお腹の下の方がキュッと縮む。就活面接でも愛想笑いが関の山だ。あの経験のせいなのか、それとも生まれつきの性格なのかわからない。ただ、いつの日からか、クツの奥で転がる小石みたいに、小さなコンプレックスになってしまった。


そうか。僕とチビは同じだ。

現役小学生のチビにとっては、たとえ小さなクラスでも全世界なんだ。毎日毎日その社会で生きていくしかないんだ。永遠に続く地獄に思えたのかもしれない。そう思うと、僕の姿をしたアイツが、筆箱にパンを詰め込まれながらも愛想笑いをしている姿が思い浮かんだ。


…切なくなった。


廊下でチビが僕の背後に隠れた時、どうしてすぐに教室に行かせてしまったんだろう。もっとゆっくり話を聞いてやるべきだったんじゃないか。時間をかけてやるべきだったんじゃないか。後悔した。


可愛げなくて、小憎たらしいガキだけど。僕が過ごした人生をもう一度やり直している小さな自分。毎日一生懸命生きているチビ。そんな辛い思いはさせたくない。

そう思うと、チビの話を聞きたくなった。

チビに伝えておきたい事が、いろいろあるような気がしてきた。


夕方、学校から帰ってきたら話しを聞いてやろう。

今夜こそ、寝床でやさしく本を読んでやろう。


その夜、僕は夢を見た。

ここは小学校だ。自分の体が小さい。

教壇に立たされた僕を、生徒たちがじっと見つめる夢だった。



(つづく)

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