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<六>

 ♢♢♢


「窮奇は九尾狐が率いる軍隊によって、神仙を追われたらしく、日本に逃げてきていてーー当時の都にいた妖等に頼まれる形で、晴明様は弟子を連れて退治に行ったけど、封印しか出来なかったって言ってた」

 自分の存在を端折った。良い結果どころか、問題を先送りにしたことを、彼なら嫌味として言うだろうから、自分も存在していたことを端折った。

「確か、安倍晴明って、九尾狐にも劣らん天狐(あまぎつね)の血を継いでなかったか?」

(うっ。痛いところを突く奴だな)

「ああ。だからって、完全に人間離れは出来ないだろ?肉体は父親譲りの生身の人間なんださ」

 晴明様は、最も容易く十二神将を使役したとされているが、どれだけ彼等を認めさせるのに、何度闇に引き摺られ、何度命の危機を経たかは、やはり本人や十二神将と、彼の唯一の友くらいだろう。

「で?あの化け物をどうやって退治するんだ?晴明様は不在だろ?」

 瑛矢の問いに対して、ここで答えるのも憚れるが、晴明様以外でとなるとーー一人しかいない。

「…舞織かな」

「は?」

 彼の驚きは尤もだが、彼女に失礼ではなかろうか。晴明様は、ご自分が不在を見越して、彼女の《封印》を解いてある筈である。ーー舞織の中に封じた《天狐》を、随分前から用意していた。


ーー母の血族くらいでないとのう。


 そう言って、《天狐》を玉に封じて、それを舞織の中に封じた。彼女は、自分の中に封じられている存在を知り、力量のバランスを常時保ち、出番の時を待ち望んでいる。


ーーそう長くは、依代にはなれないわ。


 彼女は、力無く言っていた。だから解放しなければ、窮奇を倒す機会も彼女の命を危険に晒してしまうから、瑛矢と共に闘おうと決意した。

「晴明様を驚かせようぜ!」

 彼の背中を平手で叩いた。




 ♢♢♢


「お待たせ…」

 舞織が緊張で表情が強張らせながら、無理矢理な笑みを浮かべて現れたのは、それから三十分後のことだった。

「舞織。…その、大丈夫か?」

「うん。…でも、今日までが、限界かなぁ」

 彼女は、自分の体を自分で抱き締めるように両手を左右に交差させた。

(自分より強い存在を内在するのは、辛いよな…)

「だから、早く始めてよね!」

「分かった分かった。こっちを焦らすなよ!」

 俺と舞織のやり取りを見つめていた瑛矢が、ごく自然な仕草で真織を背中から抱きしめて、祝詞を囁くように唱え始めた。どうやら、依代である舞織から自分に移す気だと悟り、舞織に頷いた。彼女は、その意を受け止めて体の力を抜いて、彼に静かに凭れかかった。

 ーーーー数分後には、舞織から瑛矢に移った《天狐》は、器を気に入ったかのように、彼に馴染んだ。

「…大丈夫か?瑛矢…」

「ああ。神程の負荷はないな…これなら、問題ないな」

 瑛矢が鼻で笑い、自分の胸を撫でた。

「そっか。じゃあ、始めようか?」

「私は外からの援護として、半径二キロを《結界》を張るね。二人とも、ご武運を!」

 彼女は、漆黒の膝丈のワンピースを翻して、土手を駆け上がって行った。

 俺達は、先程の場所へて駆け足で戻り、再び窮奇と対面したのだった。



 流石に真夜中になると、窮奇の仲間がざわめきが激しくなって来た。更に俺たちの来訪に刺す視線も数が増していた。

 あの頃のようにーーゴウエツ、蛮蛮等の人を喰うことしか考えていないような妖が集結しているのだろう。

(天狐なら、退けるに足りるが…今の俺は、どうだろ?)

 昔のような弱い術者ではなくなっているとは言え、まだまだ未熟だと感じている。瑛矢の中の天狐の足手纏いにならないか。あの頃のように、晴明様への負担を強いた時と変わらないだろうか。そんな不安を察したのか、彼が頭を小突いてきた。

「雑念だけでも頼むから、払っておいてくれないか?」

 俺は図星を刺されて、顔が一瞬だけ火照った。

「…ご免」

「怒ってない。お前がそんなんじゃ、初めての方法だから、緊張するんだよ」

「あ…」

 彼の言葉に自分だけが不安で緊張していると思っていたことに、改めて恥ずかしい気持ちになって、俺の顔は更に火照った。 

「さて。ウォーミングアップしますか」

 瑛矢は、肩をほぐすように動かして、緊張ごと吹き飛ばした。

「…俺は、窮奇の周囲に《結界縛り》を施すよ」

「じゃあ。雑魚の気を逸らしつつ、準備をする」




 ♢♢♢


 俺達は二手に分かれつつも、奴等に悟られないように行動を開始した。俺の予想通り、昔倒したゴウエツが四本の角の内の一本が折れて左前脚を負傷したのが完治せずに不自然な動きをしていた。おまけに以前はなかった右眼が抉れて失くなっていた。

(これなら、倒せるか?)

 山海経の妖を侮ってはいけないと知りながらも、負傷していればなどと軽々しく考えそうになるのを振り切った。


ーーほぉ。あの時のガキか。


 ゴウエツには覚えられていたらしく、じっとりと陰湿な眼差しで見据えて来た。


ーーあの時の借りは返させて貰おうか。


 ゴウエツの側には、ーー牛の尾を持つ虎のような姿をした人喰いの(てい)とーー(わし)のような獣で角がある人喰いの蠱雕(こちょう)に加え、記憶が正しければだがーー牛のような姿の獣で体は赤く人面で馬の足を持つ人喰いの 窫窳(あつゆ)とーー四つの角、人の目、猪の子の耳を持つ牛のような獣で人喰いの諸懷(しょかい)ーー九首九尾の虎の爪を持つ狐のような獣で人喰いの蠪蛭(りょうしつ)までもがいた。

(前回より雑魚が多い.。…呼ばれて来たのか、それともあの時は姿がなかっただけか?)

 いずれにしても人喰いだから、一匹たりと逃がす訳にはいかない。あの頃の環境とは違う。工場跡地とはいえ、少し離れた場所には住宅地がある。逃がせば、ただでは済まない被害が出てしまう。

 迷ったりしてはいけない。

 焦ってもいけない。

 今は瑛矢がいるし、舞織もいるのだ。先輩弟子よりも強い能力を持っているし、あの頃よりも強くなっている筈だから、全力を出せばいい。

 俺は両手に拳を握り締めて、祝詞を淡々と唱え始めた。


ーー邪魔はさせんぞ。返り討ちにしてくれる。


 ゴウエツの言葉が合図だったかのように、妖が一斉に襲いかかって来た。

 俺は怯むことなく、祝詞を唱えて奴等がボーダーラインに入ったのを確認して、手に持った護符を地面に叩きつけて爆発させた。


ーーおのれぇー、小癪な真似をしおってぇー!


 ゴウエツの悔しげな叫びは、どうやら仲間が術にはまり消滅したことを意味していた。ただゴウエツを含む三体が難を逃れて、俺の前に立ちはだかっていた。

(威力が足りなかったか!)

 俺は舌打ちをしつつ、新たな護符をポケットから取り出して、それを出来るだけ上に投げてた。

「砕破っ!」

 それが俺に襲いかかって来た一匹に命中し、断末魔を上げながら砂糖菓子か砂を固めた細工が崩れるように粒子となって消えていった。



 一方の瑛矢は、自分の中にいる《天狐》と《結界》のお陰で、随分と睨み合いが成立していた。


ーー貴様は、何を考えてる?


 応えてはならない。


ーー心を読めぬ人間なぞ、我は出会ったことはない。


 奴に応えれば、喰われてしまう。

 奴に喰われれば、術者の能力を付与してしまう。


ーー珍しく頑なに人間に会うのは、随分と久方振りだ。昔語りでもしてやろうか…。


 術者の能力を付与してしまえば、この地を去ってくれたとして、《封印》された憂さを晴らされて、どれだけの被害を齎すか、ただ去ってくれるだけで済むなら、幸いである。


ーー貴様で二人目だ。我を封じる前に名もなき若き男の心を嬲り殺そうとしたが…陰陽師とやらに邪魔をされた。


 大陸に戻って、仇敵である九尾狐を蹂躙し屠り、奴に加担した妖までも蹂躙し尽くすだろう。


ーー陰陽師の恫喝で、若き男は我に返った。そして、


 ぶわっ!


 生温い風が<瘴気>を孕んで、瑛矢に向かって吹き抜けた。

(くっ。…何て、重苦しい…)

 弱った《結界》に封印されているにもかかわらず、こんなにも妖気を放つとは規格外の大妖だということか。

 更に《結界》が弱まったのを感じて、詠二が早く合流しないかと、息を潜めながら睨み合いは続いた。


ーー其奴と同じ気配がしたなぁ。


 窮奇は、にやりと傷だらけの顔を引き攣らせて笑った。


ーー…貴様といた奴が、もしそうなら面白い。再び嬲って殺して喰らってやろうぞっ!


 窮奇の不気味な笑い声が《結界》を揺さぶった。辺りも地震とは異なる揺れが生じた。




 ♢♢♢


 夜明けが近づく気配がし始めた頃、妖の動きに焦り始めたのを感知した。

(そうなるのは、予測済みだ)

 俺は、数に勝ると読んだ妖たちに合わせつつ、相手に気づかれずに消耗させていた。

 それが実を成して、とうとう《ゴウエツ》だけとなった。奴は想定外に対処しきれずに、呼吸が早く体からは湯気が出るほどの消耗が見受けられ、微かに四肢が震えていて、立っていることもままならない状態になっているようだ。

(晴明様もいないし、昔の俺と思い込んでたからな)

 妖が楽勝なんて、そうそうあって良いわけがないのだ。善悪の境界線は、必ず守られなければならないーーその為に、俺達のような存在があるのだから。


ーーこんな、筈では……っ。


 《ゴウエツ》の悔しげな声は、この時が最期となったーーある方向から、凄まじいスピードで飛んできたモノがあった。それを真面に衝突した《ゴウエツ》は声もなく、押し潰されて圧死した。


ーーぬぬぬっ。《天狐》なぞを使うとはぁ!人間ごときがぁ!


 見事に《ゴウエツ》を下敷きにしたままで、《窮奇》が怒り狂っていた。地の底から響く咆哮が、地割れを生じさせた。

(《天狐》を使っても…中々、難しいか?)

「おやおや。手加減し過ぎてしまいましたね。長年の怠け癖が、うっかり出てしまいました」

 いつもと異なる喋り方が違い過ぎて、別人かと思ってしまうほどだが、確かに天狐(えいし)がいるのを感じ取れたし、乗っ取られてはいなかった。


ーー《九尾狐》よりも、タチが悪い輩なぞに助力せねば勝てんような人間如きガァー!


 ぶわりっ!


 《窮奇》の体が一層巨大化したが、以前よりかは小さいような気がした。


ーーおのれおのれおのれおのれおのれぇーっ!


 本来の自分になれないなことに気づいてか、喚き散らかすことで威厳を維持しようとしていた。が、《ゴウエツ》を始めとした山海経の妖は、全滅してしまっていたから、無意味である。ただ、《天狐》に対して向けているが、《天狐》は涼しい顔で、奴の行動を見据えていた。

「時間の無駄ですね。そろそろ終わりにしましょうか」

 瑛矢(あまぎつね)は、神通力を最大限に加速させ、抱えきれないくらいの大きな波動を頭上に作り出してーー一気に《窮奇》に叩き込んだ。

(…容赦が、ない…)

瑛矢はよろめきながら、何とか踏ん張って立っていた。肩を激しく上下させて息をしているところを見ると、かなり消耗をしいらされたのが分かった。

(…《天狐》、だし?)

 最初は、普通の狐である。モノに妖か神が宿れば、付喪神などと呼ばれる存在になるのと同じで、狐の妖怪には、神格の違いなどから格付けがされる。高い順から、《天狐》→《空狐》→《気狐》→《野狐》となるとされている。《天狐》は、千年が過ぎれば、人を化かすことはなくなって、神にも通ずる存在となるとされ、千里先のことを見通すと言われる。妖から神格化した存在だ。だから、生身で《天狐》の依代になるには、それ相応の鍛錬された《器》と、《霊力》を有した者にしか受け入れるのは難しい。

(あいつには、素質と相性が良かったみたいだな)

 感心している場合ではないことに気づいて、片手で手印を結んで、数枚の呪符を空に向けて放った。


 ばちばちばちっ。


 可視化する電気のような流れの静電気が、自分の周囲を取り巻いた。けれど、ぎりぎりで《結界》を張ったので、難は逃れた。

(あー、やばかった)

 瑛矢の方を見遣ると、足元には消し炭が燻ってはいるが、何事もなく済んだようだーーが、消し炭から強烈な〈妖気〉が狼煙のように立ち上り、その姿は《窮奇》だった。《天狐》に叩き込まれた〈気〉で、《窮奇》は砕かれた。が、奴は不気味に歪な姿となっても、まだ瑛矢の前にいた。奴の執念深さは、並大抵の妖とは違ったことを思い出し、俺は戦慄した。

「おやおや。中々、しぶといですね」

 《天狐》も予測していたのか、瑛矢の中に留まっていて、〈通力〉を再び発動させていた。


 ぎゅりゅんっ。


 先程とは異なり、〈通力〉が凝縮して消滅したかのように視えた瞬間、消し炭が内側から爆ぜた。


ーーぎゃんっ!


(…お、恐ろしい…)


今度こそ《窮奇》は、この世から消滅したようだ。奴の気配は隠形した訳ではなく、完全に感知することが出来なかったさ、瑛矢の中にいた《天狐》も感じられなかった。

(…お、終わった、のか?)

 瑛矢は、ふらつく体で俺の側にくると、俺に凭れかかってきた。

「重っ!」

「そう言うなって。…一番の強敵を殺ったんだから、肩くらい貸せよ」

 彼は、ぐったりしているようでしっかりとした足取りで歩き出した。

「さあ、終わったし…舞織を拾って帰ーぜ」

「お前だけが大変だった訳じゃないんだぞ。俺の方が数が多かったし、《窮奇》と同じ人食いだったんだぞ」

「はいはい…お互いお疲れ」

 彼は器用に歩きながら、このまま寝てしまうんじゃないかと思うくらいに、俺に更に体重をかけて来たのだった。

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