<十六>
♢♢♢
「これで、思う存分楽しんであげよう」
彼の瞳には、冷徹な色には不自然な嬉々とした色混じりに、羅刹等は戦慄した。
ーー其奴を抹殺せよ!
遠隔ではあっても、アスラ王の命令には逆らえる筈もなく、一斉に無我夢中で襲いかかった。烏合の衆の攻撃は、次から次へと湧き出す羅刹等は止まることなく溢れた。
(あの子を行かすべきじゃなかったかな…)
ナラシンハである彼が、舌打ちをしたくなったのは、敵の数を数える手間を投げ出した頃だ。
(くそっ!…やはり、人間の《負》の感情を喰らって成長しただけのことはある、か)
奥歯をきりりと噛んだ。
けれど、ここで引き下がる訳にはいかない。もうこんな莫迦げた運命の輪は、閉じるべきなのだから。
一方、詠二達が悪戦苦闘していて当たり前の相手ーーアスラ本体だった。ぼろぼろになった詠二を舞織が《結界》で守護しつつ、己の守護霊に闘わせていた。
(こんな戦い方をしたら…っ)
どれほどの術者の末裔であろうとも、先祖返りした能力を有していても、魔神であるアスラに太刀打ちは難しい。そんな舞織の姿を見て、遠い昔に失った仲間の一人を思い出して、胃が、心が酷く痛んだ。懐かしい痛みだなんて思えないから、尚更に苦しい。
木陰に隠れているのも忍びないので、ゆっくりと彼等に近づいた。
「ほう。やっとお出ましか…神の猟犬」
敵対関係にある輩からは、目一杯の嫌味を含んだ呼び方をされてきたが、アスラ王からは今回が初めてである。だからなのか、背筋が寒くなるのを感じた。
「「瑛矢」」
「人間の名などいらぬであろう。サイ」
アスラ王は、聖牙神としての名を口にした。
「何ということじゃ…真名を知られておるのか」
幼女姿の晴明は、小さな声で囁いた。敵には届かなかったけれど。
「復活したところで、何も出来はしない…この人界ではな」
「我の目的を知ってるかのような口振りだな、神の猟犬風情が!」
周辺に強風荒れるが、大した事は起きない。アスラ王も、それを承知しているのか笑みを浮かべていた。
詠二達は思った。アスラ王は、何故復活したのに、自分達に死なない程度に攻撃し、瑛矢が現れると、態とらしく戯れをしているかのような行動が解せない。
(何を考えてるのだ?)
晴明は、奴の行動に注視していた。
しかし、それは突然に終わりを告げた。というのも、だらしない姿をした羅刹を三体を担いだ一人の男が現れ、それらを無造作にアスラ王の前に転がした。
「ーーナラシンハ…貴様が出張るというのか…」
アスラ王は、何を考えたのだろう。
足元に転がる半殺しされた状態の羅刹等を業火で焼き払い、その場から姿をくらました。
♢♢♢
何故、アスラ王は自分の配下に、とどめを刺したのだろうか。何故そうしたのか計りかねながら、夜明け間近の空を見上げていた彼の背に、静かに声かけた。
「ナラシンハ」
「サイか。お前も気になるのか…アレが配下を焼き払った理由を」
それに対して暫しの沈黙の後、か細い声だが彼にはしっかりと聞こえた。
「真に復活したのはーー我々が倒すべき敵なのですか?」
朝日を見ていた彼は目を大きく見開き、後ろを振り返った。
そこにはもう瑛矢の姿はなかった。勿論、詠二達の姿もーーただ近くにいる気配はある。
舞織の《結界》に加え、晴明の《結界》という二重の守護が働いているようだし、末席であっても、それなりの力を有する十二神将が隠形して待機している。迂闊に手出しは出来ないとはいえ、そう長くは持ちまい。
(…だが戻ってきた時が、最後の戦いになるかもな)
彼は完全に日が昇る中、光りに溶け込むように姿を消した。
「あのアスラ王とやらは、本気で我等を殺す気がなかったように思うのじゃが…」
晴明も瑛矢同様に気づいていたらしい。
「殺すとは、言葉だけだったってことかよ?」
「或いは、遊ばれたかじゃな」
「くっそっ!」
洞窟内で二重の《結界》を貼り、自分達がいる奥の空間には瑛矢が張った《結界》は、容易に見つかりにくくし、洞窟を破壊されても身を守るだけの力を込めてある。今は疲弊している舞織と晴明を休ませられれば、この後の戦いに備えられるだろう。
「さぁ、非常食だけど…食べよう?」
いつの間にか、舞織がリュックから取り出したアウトドアグッズが並べられていた。ひとまずは簡単に食べられる缶詰を開けて、紙皿に取り分けたのを彼女は配っていった。
♢♢♢
一方、修羅王は街に向かって歩いていた。その容姿に、自然と惹かれて百鬼夜行のように取り込みながら、奇妙な集団を作り出していった。
その目的は何なのか分からないけれど、やがて尋常ではない雰囲気を纏い、闇夜に溶け込むように路地裏へと消えて行った。
「うざい」
その一言で、更なる深淵の常闇に消された。この神は、一体何が目的なのか、余計に分からなくなった。
ーー修羅王よ。真実の目的は如何に?
集団の中で、唯一消えずにいた一体の影が、怖気ずに話しかけてきた。彼は、眉根を顰めて睨むように見据えた。
「……竜王か。貴様も人外に降りていたのか」
ーーだが修羅王のようには、実体化は出来ぬ。
「気にする必要もないと思うが、キャパオーバーが怖いのか?」
ーー人を…死なせてしまったからな。
「竜王が臆病者になっていようとはな。……手を貸してやろう」
彼は、陽炎のように揺らめく幻影に手を差し伸べて、触れない影を掴んだ。
ふわっ。
風もない場所に刹那に吹き抜けた風の後には、影は体格がでかく、ざんばら頭のアイスブルーに群青色の瞳をした青年が立っていた。
「うわー、すげーや」
「これくらいは、容易い」
竜王は、自分の両手を眺めながら簡単の息を吐いた。
「感謝する。修羅王」
一頻り感謝していたが、ふっと真顔になった。
「それより、どうするんだ?」
「何を?」
「お前の偽物を野放しにするのか、このまま?」
彼の言葉に、修羅王は鼻で笑っただけで囲む輩を吹き飛ばした。
「雑魚は雑魚しか集まらん。このまま、野放しにして…奴等の餌食とする」
「成程。……その後は、どうする?」
彼の問いかけには答えず、意味深な笑みを浮かべた。竜王は、その笑みの意味を考えることもなく、歩き出した彼の背後に従うように、闇夜から人気もない住宅地へと向かった。
その後、夜叉王に迦楼羅王、天王、乾闥婆王、緊那羅王、摩喉羅伽王が、現世に人間の姿で現れたーーそれに因るリスクである《力》の半減を承知の上で。
「やっと正す時が来たのだね」
乾闥婆王は鼻歌交じりで言うと、修羅王は否定も肯定もせずに、彼等を静かに見渡した。
「お前達には、まずは偽物とその配下を滅ぼしてくれ」
「そうだな。偽物がいると、計画に邪魔だものな」
摩喉羅伽王が楽しげに笑っていたが、修羅王の様子に気づいて止めた。竜王以外にも、修羅王の思惑が読めなくて困惑していた。けれど、当初の予定通りの事は為すだろうと理解はしていた。ただ何かが加わった件があるのは察せられるのが、長い歳月離れていた分だけ分からなくなっているのも事実だった。
「修羅王が復活したのは喜ばしいことだし、君が望むことしたいなら、協力は惜しまないよ」
「ああ、ありがとう…夜叉王」
彼の作り笑いを向けられ、一同はその意味を量りかねてしまったのだった。




