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<十五>

 ♢♢♢


 ゆっくりだった筈の狩り人の動きが、分身を葬り去ったことで加速し始めた。


「今更、足掻くか?」

 長い歳月の流れの中で、狩り人の数を削ぎ、人間は容易く《闇》に引き込まれ、《負の感情(アスラ)》を育ててくれる、いい()()だ。

 かなりの《負》のエネルギーが蓄積されて、大戦直後に血肉をばら撒かれた本体は、もうほぼ完璧な状態で復活が近い。

 復活に時間がかかり過ぎたが、神の猟犬の行動も鈍かった。ただそれだけのことだ。

「まぁ良い。…今後の為にも神の猟犬なぞ、屠ってやろう」

 (アスラ)は、嘲笑を低い声を立てた。それに共鳴して、姿を現したのはーー毘沙門天に仕える前の魔物としての姿をした羅刹と羅刹女、ダーナヴァ、羅睺(ラーフ)等の神に対抗する魔族達が、暗闇の空間でアスラが復活したことを喜ぶかのように、炯々と眼を輝かせていた。

「長らく待たせてしまったな。…神を堕とすとしようか」

 彼の言葉に、言葉なき声が暗闇に重苦しく響き渡った。そんな様子を彼は、愉快そうに眺めていたが、気に入らない存在が混じっていることに気づいた。そうして、ゆっくりと開いていた右手を強く握り締めた途端、魔族の一体の首が吹き飛んで、血肉を撒き散らした。そんなことが目の前で起こっても、何者も無関心だった。




♢♢♢


(嫌な空気(かぜ)が巡り始めたな…)

 まるで悪夢を見ていたみたいな気怠さを感じて、目が覚めた。久し振りの感覚が、頭がクリアになるにつれて胸騒ぎへと誘われていった。

「ーーアスラが復活したことで、魔族が人界に侵攻を始めたようだ」

 瑛矢が神妙な面持ちで、晴明の屋敷内にある広間に入ってきた。広間には、晴明と身の回りの世話を兼ねた弟子が二人だけだった。

「うむ。凄まじい《瘴気》の塊が、地中奥深くから噴き出したのを感じた」

 晴明がそれに対して、己が感じ取った気配に慄きつつも、淡々とした口調で告げた。十二神将は既に臨戦体制に入っていて、屋敷の《結界》の外で待機していた。

「わしがいた時代に、底の国より軍勢を現世に呼び込もうとした輩がおったが、それの比ではないようじゃのう」

 黄泉の国よりも更に下に存在する底の国が、煉獄と呼ばれる魔物の巣窟だと知ったのは、晴明としての寿命を全うした死後のことだった。

「アスラ族は、魔族でもあり神族でもある。二つの異なる性質を持つ稀な存在。故に神々から排除されながらも、アスラ族の中には神族に属する存在がーーもしかしたら改心するかもと、野放しにした結果、自ら大戦を引き起こして、身をは滅ぼした筈でした」

 けれど、神が創造した人間の《心》に降り注ぎ、人間の体内潜んだその時に気付いたのだろう。人間には善悪の心を持つことをーーそして、<負>の感情(悲しみや妬み、憎しみや恨みなど)を巧みに利用して、復活を遂げる策略を練っていったのだろう。

 神とて、こんな事態になるなんて考えもせずに、人間を創造した時、《心》を備えた。偶然にもアスラにとって、復活という結果を与えてしまった。

「アスラ族とは、まるで人間の心のようじゃのう。…善と悪がある」

「……」

 何とも言い難い気分になりかけた時、障子が開き、詠二と舞織が広間に現れた。

「「おはようございます。晴明様」」

 二人の様子に気付いたのか、落ち着かない面持ちで二人の側に座る。晴明の目配せで、二人の弟子が朝食を運び込み始めた。

「ま、こんな状況じゃが…食事は必要じゃ」

 舞織はちゃんと食事を頂きながらの訓練ではあったが、詠二と瑛矢は食事抜きでの鍛錬だったら、空腹ではあった。だから、詠二の方はがっつくように食事を始めた。

「もうっ。詠二ったら!」

 がっつく彼は、舞織に嗜められた。瑛矢の方は、彼女や晴明同様に淡々と食事をし始めた。


 これが最後の食事になるか、無事に生還して再び得られるかは、この時は分からなかった。


 


♢♢♢


 今思えば、一眼見て惚れた、なんてーー化身としてあり得ない感情だったと思う。偶々、チャンドラ神からの宴に呼ばれて、私邸の庭に酔っ払って迷い込んでしまったのが、きっかけだった。けれど、チャンドラ神の娘だと分かり、こっそりと見ているだけが何日何ヶ月と過ぎていった。

 そんなある日。月明かりが雲に隠れたりする夜は、周囲の景色が曖昧にしてしまう。だから、偶然は起き易かったのだろうか。

「誰?そこにいるのは…」

 彼女は闇に潜む何かに恐れながらも、好奇心の色を含んだ鮮やかな紫色の瞳を凝らしていた。

 何となく、招かれたような、惹かれたような気分で人ならざる姿で、彼女の前に出た。

「…あ。大きな獅子さん」

 怖じ気づくことなく近づき、四肢を前から首に抱きしめてきた。流石にびっくりしたけれど、少女は嬉しそうな声で抱く腕に力が込もった。

「もふもふして…気持ちがいいです、ナラシンハ様」

 更に驚き、身動いだ。

『何故、我の正体が分かった?』

「だって、父様とお会いなさった方と同じ匂いと気配がしたもの」

(…流石は、チャンドラ神の娘だな)

 満面の笑みに惹かれる気持ちを抑えられなくて、けれど化身として身の程を弁えなければと堪えて、かけがえのない《友人》となった。しかし運命は残酷なものだと知りながら、こんなことになるならば、強引にでも手元に置いておくべきだったと後悔したものだった。


 あと少しで成長が止まり、女神として長命な歳月を生きていく筈だった彼女はーー突然病いに斃れて、儚く命を散らした。






♢♢♢


 何故こんな場所に、同等と現れたのか計りかねた《羅刹女》が、小首を傾げたまま額を射抜かれて硬直し、砂の城が崩れるかのように地面に塵となって散った。その隣に立つ《羅刹》が、顔を引き攣らせて、片足を後ろに退いた。

「…あ、そ、んな……何故、《半人獅子(ナラシンハ)》がっ!」

「おや。いてはいけないっていうルールはないよね?ラセツ如きに決めつけられるのは、心外だ」

 彼が手を軽く横に払うと、怯えて逃げ出そうとした《羅刹》の体が上下真っ二つを斬れて、地面に転がった。

「ふふふ。化身としてなら、現世に現れることが出来るって知らなかったんだね、気の毒に」


 じゃり。


 彼の背後に、見知った気配がした。

「やぁ、久しぶりだね。サイ」

「貴方という()は…」

 眉間に皺を刻み、困惑気味の声で言うと、額に手を当てて首を横に振った。

「君等だけが、狩り人ではないんだよ。分かってると思うけどさ」

「承知はしてはいるが、我々よりもエグいんですけど」

「ははは。本当に人間だった君達とは違うんだから、仕方がないよ」

「で、数に負けそうだから加勢する為ですか?」

 半人獅子(ナラシンハ)は、獅子という獣人特性があり、聖牙神(バイラヴァ)よりも強靭で不死、神に最も近い存在だ。

「違う。…お気に入りを喪いたくないだけだよ」

「え?」

 小さな小さな声で囁かれて、いくら聴覚が鋭敏であっても聞き取れなかった。

「何でもないよ!」

 そう言って姿を消すと同時に、晴明が一人前から現れた。十二神将の気配はない。訝しげに、目を眇めて見据えると、にやりと不気味に笑った。

(彼じゃない!)

 右手に独鈷を持ち、軽やかな身のこなしでばく転をして、距離を離した。

「危なっかしいよね、君は」

 姿を消して去った筈の彼が再び姿を現して、偽の晴明の前に立ちはだかった。


 ざしゅっ!


「居なくなったと油断したね」

 晴明の姿をした幼女をいとも容易く、首を長く鋭く伸ばした爪で斬り飛ばした。頭は弧を描きながら、急速に腐敗して塵となり、同時に胴から大きな口と長く畝る舌が蠢き始めた。

「化けるのが下手だよね、羅刹は」

 彼にとっては、狩りを愉しんでいるようなノリで、完全に化け物となった羅刹を切り刻んでいった。いつまでも惚けてられない状況に俺は、地面から湧いて出てきた羅刹の眷属と対峙し始めた。

 別の場所にも現れた羅刹等を、詠二達が対峙していることを感じながら、独鈷を巧みに使って、敵を倒していく。

「ったく、もう」

 既に彼が相手していた化け物と化した羅刹やら、数体のアスラを容易く絶やしていた。

 囲まれて追い詰められてそうに見えたらしい自分の側に駆け寄ると、鮮やかな身のこなしで一斉に攻撃を仕掛けてこようとしたアスラを簡単に蹴散らした。

「気を取られてると危ないぞ!」

「あ…す、すまない…」

 戦いの場でやってはいけないことは分かっているが、彼等は自分のような人外のような丈夫ではない脆い人間なのだ。気にするなと言われても、無理なことで。

「はぁー」

 彼は、大仰な溜息を態とらしく吐いた。

「邪魔だから、あっちに行け!」

 気を向けている方へと押しやられ、前のもめりになって転びそうになるが踏ん張って、後ろを振り返ろうとしたらーーいきなり景色が変わり、見慣れた連中の元に立っていた。

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