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<十一>

 ♢♢♢


 遥か昔、神々は争うこともなく、幸せな無限の時間を過ごしていた。けれど、様々な役割を担う神々が増えた。というのも、人間が願う希望(こころ)が増えていくにつれて、八百万の神と呼ばれるほどに増えていくと、似たような神々を排除しようとする聡明な神々と、元々は闇に属した神々が争いを起こし始めてしまった。

 そんな中で、清廉潔白で志を持った心優しい神々は、狡猾な神々や自分達の志が一番正しく正義だと騙る神々の板挟みとなってーー果てしない混沌とした世界に巻き込まれてしまった。


 悲しくもあり、憎らしくもあり、愛おしくもあったという気持ちはーーいつしか、虚無に変化して《闇》に呑み込まれてしまった。

 それが混ざりに混ざって攪拌作用で、元の世界に吐き出された時には、<瘴気>という《闇》に染まりきった悪き<力>を持っていた。

 この時はまだ神々の争いの中で、第三の勢力として、二極化していた神々の争いに加わっただけで、単純に争い事に混ざり戦うだけの存在だった。


ーー世界が憎い。


 やがて争い事を好み戦うだけの闘神は、修羅(アスラ)と成り果てた。

 これを重く捉えたジヴァ神は、策を講じたのだった。



 羅刹を率いるアスラは漸く()()達がいる日本を戦いの場に選んだのは、今更と思える事態だ。


ーー飽きたから、場所を変えようか。


 神々が棲まう世界(くうかん)だけで戦いが行われ続けつつも、異国の地でも続けていた神々が疲弊した頃合いになって、アスラが呟いたのだ。


ーーさせないって?無理じゃないかな…長く生き過ぎた神々(おいぼれ)ばかりじゃ面白くない。だから、神々の犬(バイラヴァ)と戦いたいなぁ。



「お疲れ様でした」

 幼い子供に視線を向けることもなく、大人達は挨拶をしながら歩を進めた。

「首尾は?」

 別の便で到着したらしい男に、子供らしからぬ嗄れた声で訊いてきた。

「指示通り、晴明神社から始めました。勿論、例の件も動いております」

 その言葉に無表情だが静かに頷いたのは、肌は日焼けではなく、血筋を示しているかのように浅黒く、髪は闇のような漆黒を腰あたりまで長く伸ばしていて、サングラスで血色のような真っ赤な眼と額の()を隠していた幼い子供だった。

 そんな子供より一歩下がった位置に立つ両脇の男と女に対して、到着口から出た瞬間ーー先程とは全く異なる雰囲気に転じた。同時に囲んでいた男達は、いつの間にか姿がなくなっていた。

「わ〜い。ゲームが楽しみだよ」

 側から見れば、親子のように見えると思えるくらいの変化だが、サングラスの眼は妖しく紅く紅く光っていた。

「はしゃぎすぎると、また怪我をするぞ」

「大丈夫っ!大丈夫っ!」

「あらあら。初めての旅行だからって」

 ごく普通の三人家族にしか見えないやり取りに、他の家族連れには微笑ましく、急いでいる人間達にとっては何でもないごくごく普通の光景だから、記憶には残らないだろう。

 これから起こる惨劇の元凶が平和な日本に訪れたとは、この空港内は勿論のことだが、今は誰も気づく者はいなかった。




♢♢♢


(とうとう、来たか…)


 そう感じたのは、同じ顔をした二人だけーー。


「ふふふ。あははっ!」

 笑いが込み上げてきて、獣以外には誰もいない山奥で一人の人間が笑う声が響くも、《結界》を張ってあるから木霊すことはない。獣だけは驚いているだろうが。

「否応無く、運命の輪が廻り始めたーーもう誰にも、神すら止められない…最期の刻が訪れようとしてる、か…」

 偀介は、神々から寵愛を受けた稀有な《星見》の血を継承していたが、突然の先代死去と共に、Bhairava(バイラヴァ)に選ばれて、全てにおいて予知に従い生き続けて、今に至っていたのだ。

「先代様すら変えられなかった運命の輪(やくさい)が廻り始めたけど、どう輪が閉じるんだろうねぇ」

 流石に終焉までは、今はまだ視えてはこない。けれど、この世界が壊れてしまう程の生まれ変わる(かいへん)が起きた先に、何が始まるのかはーー朧げには視えている。凄まじい<力>と<力>が衝突した時の光景は、予知(ビジョン)の中には視えていなかったから、何が起きるかは、その刻が訪れなければ分からないのだ。

「渦中には瑛矢と《奴》がいるのは、分かるけど」

 現代になって、過去の偉人(せいめい)や過去に秀でた能力(さい)を血が薄れてしまったのが色濃く継承された者達が、瑛矢を中心に集結したのは視えない光景(ビジョン)に関係しているのか、終焉へのパーツなのか。

「……刻が来れば、分かるか?」

 考えても考えても、予知はまだ不確定らしく答えは出すことは出来なかった。

「あーあ。やーめたっ!」

 彼は、身を翻して闇夜に掻き消えた。《結界》も瞬時に消えて、山はいつもの静けさに戻った。




 ♢♢♢


 暗闇を時折、光りが走る白っぽい壁くらいしか見えない。そんな状況下で荒々しい息遣いと抗うようなか細い声ーー何かが微かに軋む音だけがしていたが、やがて艶っぽい喘ぎが混ざり始める。その声は抗うことを諦めてしまい、与えられた感覚に身を委ねるように、卑猥で艶めいた歓喜へと変貌を遂げ、喘ぎの合間には湿った地面を這うような音に混じり、肌を叩く乾いた音がした。


ーー孕め孕め。主人の新たなる闇の子(うつわ)を孕め…。


 どうやらコンクリートが剥き出しの部屋で、異形の姿の黒い影が、時折走り抜ける光りに照らされた白い肌をしたか細い肢体ーー女に覆い被さって、もさもさと動いていた。組み敷かれていた女は、力無く大の字になっていた。裸体の女の両膝を掴んで足を開き、異形は体を擦り寄った。彼女は泣きも叫びもなく、されるままに体を揺らしていた。


ーーおやおや。めでたいかなぁめでたいかなぁ。


 異形の黒い影は女から離れると、水が滴るような音がして、冷たい床に無造作に横たわらせた女は、慌てて飛び起きてーー体の痛みで自分の身に何が起きたか悟った。


「#@&☆$€%*〆っ!!」

 声は掠れて何の言葉も紡げなかった。ただただ体の痛みーー特に腰が痛いと感じた直後に、吐き気を何度も何度も襲われた。


ーーめでたいめでたい。


 その言葉を聞き、女は自分の体ーー腹部の異変に気づいた。腹が急激に膨らんで、ぼこぼこと腹部の表面が異様な形へと変化したのだ。

「ひっ!」

 腹の表面には、小さな手や顔が浮き上がることなどあり得ないことを目の当たりにして、やっと声が出た。

 たった今、自分の体の痛みで何をされたか認識したばかりだというのに、早すぎて、もう何が何だか分からなかった。


ーーお休みなさい。


 異形の影の言葉で、意識を手放した女の腹が裂けて、腹を突き破って出てきた赤ん坊を異形の黒い影が抱き上げられて、異形の(かいな)に抱かれた産まれて間もない赤ん坊は紫色に輝く瞳を開くと、にやりと妖しく笑った。




♢♢♢


 京都の晴明神社の次は、大阪にある安倍王子神社と信太森葛葉稲荷神社が、同日同時刻に襲撃された。が、住宅地にあったにもかかわらず、神社のみが被害を受けた。幸い、関係者の方々には死者は出ていないらしいが、怪我をして高熱で魘されている者がいた。それを治癒するべく、信太森葛葉稲荷に向かっているのだ。十二神将が棲まう空間なら早く着くが、今のご時世には不似合いで不都合が生じるーー今は京都駅から特急に乗り、阪和線の鳳で乗り換えて、北信太に向かっていた。

「老体でなくて良かったわい」

「何を仰ってるんですか。童も同じようなものではありませんか」

「硬いのぅ。白虎は」

「やれやれじゃありません」

 幼女の姿の晴明が、外見に不似合いな仕草をしたのだが、白虎にとっては不快だったらしい。

「それはさておき、お前に頼んだ件は、どうであった?」

 白虎は、一足先に神社へと偵察して貰い、鳳駅で合流したのだ。

「あれは、ただの高熱ではないですよ。…病いによるとかではなく、完全に<瘴気>に中ってます」

 平日の一番人が少ない時間帯故に、電車内ーー二人いる車両には、誰もいなかった。両隣の車両には、疎だが数人が乗っているのが見えた。

「両親の出逢いの場に行くことになるとは、のう」

 前世では行くこともなかった地に、晴明はただ車窓に眇めた目を向けた。そんな主の姿を、複雑な思いから無機質な眼差しかで見守る白虎だった。




 ♢♢♢


ーー終焉(とき)は近い。


ーー…聞いていないことを許容せよと、簡単に仰るのですね。


ーー我の選択した者達だけでは、心許無く感じたからだ。


ーー神々の闘争に人間である我々を巻き込めば、早々に終わらせられるだなんて浅はか過ぎたのではありませんか?


ーー痛いところを突いてくるな。…だが、もう歯車は動いて長い歳月が過ぎ去った。


 ジヴァ神の言葉に、不躾ながら深々と息を吐いた。



「計画性なんてものを期待したのが悪いのか…」

 俺は静かに目を開き、カーテンの隙間から差し込む太陽の光りに片目を眇めて、ゆっくりと状態を起こした。

「ならば、勝手に動くしかないじゃないか」

 半分だけ彼の神の血を内在するこの体を見下ろすかのように、自分の見慣れた掌を見つめた。



「おはよう。…顔色悪いが、大丈夫か?」

「おはようございます。え?あ、大丈夫です」

 課長の言葉に動揺しそうになっている瑛矢を横目に一瞥して、捜査依頼ほやほやの現場に向かう為に、出勤したばかりの彼に近づいた。

「早々だけど、行こうぜ」

「あ、ああ…」

「怠慢の詠二が珍しいなぁ」

 課長の嫌味の言葉を背で聞き流して、足早に出ていった。

「これに目を通してくれ」

 いつもより分厚い目の資料を渡すと、何かを察したのかすぐに目を通した。

「こ、これは…」

「もしかして、想像してたより早くことが動いてるんじゃないのか?」

 資料を読む限り、彼の想像が自分の中の閃きと同じだったことに驚いた。

「…断言はしないが、そうかもしれない」

「じゃ、急ごうぜ!」

「ああ」

 詠二がいきなり腕を掴むと、力強い力で引っ張られて、視界が白く弾けたと思うと、先程とは全く違う景色が視界に映った。

「驚かせたよな。…滅多に出来ない隠し技だ」

 成功率が低く<力>の消耗が激しくて、中々使えない能力らしいが偶々使えたと少し疲れた表情で苦笑した。

「しかも現場では、少し離れてるけど」

 俺は詠二の手を掴んで、ほんの少しだけ<気>を流して補った。

「さて行きますか」




 ♢♢♢


 現場は凄まじい<瘴気>に満ち溢れていて、空間自体が歪めてしまうほどの危険な濃度に達していて、その中心にはバスローブのようなものを羽織っているだけの見た目は幼児だが、その表情はどこか不気味なくらいに大人びていた。


ーーダァれ?


 声は嗄れた老人のようだが、こちらを見た双眸は鮮やかで妖艶な紫色に輝いていたーーまるで、闘神(アスラ)を彷彿させるようなと、詠二の横で思った。

「…<瘴気>(こんな)中で、普通でいられるなんて、変だよな?」


ーーダァーって、生まれ出る瞬間まで、いたんだモンねェ。我自身とも言えるモンねェ〜。


 幼児の姿で呂律が回り、普通の子供が話す口調で話した。見る間に、幼児から小学生高学年くらいにまで成長し、バスローブから見える肌が増えた。


ーーふ、ふふふ。


 自ら<瘴気>を濃くして、紫の瞳を細めて不気味に笑みを浮かべた。


ーーそろそろ、分身の勝手な行動を粛清せねばナァ。


「何?」

「瑛矢?」

 自然と声が出ていたらしく、詠二が自分を振り仰いだ。

(…そうか。知らないんだったな)


ーー分身は身の程を弁えずに、色々ヤラがしてくれてるようダァ。…ダ〜カ〜ラ、狂ったんダァ〜!


 両手を天井に向けて広げた瞬間、バスローブがはらりと地面に落ち、小学生高学年から一気に成人経て変貌を遂げて消えたのだった。

「……一体、どうなってるんだ?」

 暫しの沈黙の後、詠二の問いかけに短い息を吐き捨てた。

「あれが、本物だ。…晴明様所縁の神社を破壊してる輩は…分身(にせもの)だったんだ…っ」

 彼の神が言っていた終焉が近いというのは、本物が現れるという意味だったのだ。神は回りくどいことを言うことが多いと知っていた筈なのに、本物を容易く行かせてしまった。

(失態、だな…)

 心の内で舌打ちをした時、じゃりと砂地を靴裏が滑る音がした。二人同時に振り返ると、偀介がいつもと違う無表情で立っていた。

「偀介?」

「莫迦だね。…一応、策は講じておいてやったけどさ。まぁ、気休めにしかならないかも」

「お前は、どこまで」

「分かる筈ないだろ?お前の後手後手よりかは早く判断出来るってだげだよ、ばぁーか」

 彼の表情は無表情なままで、口調だけは嫌味を含んだ巫山戯たノリは変わらない。それが意味することなど、今の二人には考えている余裕がある筈もなくて。

「…早く行った方がいいよ。君等のお仲間が偽物に囚われてるからさ」

「な、に」

「…まさか、舞織?」

「言っただろ。分かる筈がないって…間に合わなかったんだから、仕方がない」

 彼は冷たく言って、踵を返すと軽くその場で地面を蹴って消えた。

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