<序>
闇は闇に領域がある。
光りは光りに領域がある。
光りは、平等に人の世を照らさなければならない。
闇は、そこでしか生きられない存在を許して、保護しなければならない。
闇は光りを汚さずに領域を侵すことなかれ。
互いの領域に干渉してはならない。
最初にシヴァ神によって複数の人間の贄から選ばれる。人としての生を強制的に奪われて、シヴァ神の血で甦ることが出来た者がーー聖牙神と呼ばれる半人半神である。
聖牙神は、アスラ率いる軍勢に敗れて深傷を負ってしまい、一ヶ所で根を下ろして密かに生き続けて来たーーそれは、日本の小さな集落だった。
♢♢♢
古墳時代のこと。
最初こそは、小さな集落に古の神々を崇める中心人物であった村長が神々からの託宣を受けて、数人ほどの選ばれた者達だけが《厄災》を払う役目を負っていた。
飛鳥時代になると、推古天皇の密命を受けた聖徳太子の手の者によって、集落を見つけ出された。内密という一点だけは変わらなかったが、渡来した陰陽道に精通した彼等と血の結びを何代もかけて<力>を強固なものにしていくことになった。その間少しずつ人数を増やすも増減を繰り返しながらも、平安時代へと時代は移ろいだ。
陰陽寮直属の秘密組織となってからも、存在自体は変わることなく秘匿とされた。彼等彼女等は、朝廷の支配下全土に放たれて、それぞれの<力>を活かした生業で生活しつつ、様々な《厄災》を祓って来た。ーー一度は土御門家が途絶えた時も、存続し続けた。
そして現代は、警察との繋がりがある裏組織となって浅いが、必要か重宝かは判らない存在となっても、役目は変わることはなかった。
「きゃあ!」
目の前で音のなく、白い煙が上がって中身が弾けたらしい。そのとばっちりを受けた隣りにいた少女が短い悲鳴を上げた。
「ケホケホ。…って、実害ないのに変な声出すなよ!」
「な、何が変な声よ!ボケ詠二!」
「いってぇ!」
少女の怒りの平手が容赦なく、詠二と呼ばれた同年代の少年の背中を叩かれて悲鳴を上げた。
「大袈裟だな」
「まだ治ってないとこ叩かれたんだぞ!」
少女は、きょっとんとした顔で割って入った声の主を見上げた。
「ヘマして、またヘマしたんだ。お前が悪い」
「瑛矢は、まだまだ安静にしてなきゃだったんじゃ?」
「人手不足だし、お前と舞織だけじゃ役不足だしなぁ」
「瑛矢のはバカぁ〜、こいつと一緒にしないでよ!」
「そうだそうだ」
ばしんっ!
デスクを新聞紙を丸めたような物が鳴る音がして、三人は一斉に騒ぐのを止めて微動だせずに硬直した。というもの、嫌な予感しかなかったからだ。
「あれだけ暴れて、君達は朝から元気がいいね♪」
案の定、丸めた新聞紙を片手に持ちデスクを叩く額に青筋が浮くほどに怒った男が、眼鏡を胸ポケットに入れたーー課長の土御門だ。
(((ひぇ〜)))
朝から不機嫌な課長の気配に気づかなかった失態に、三人は共通の背筋凍る思いを味わった。
「申し訳ありません!」
「すみませんでした!」
「ごめんなさいです!」
三人三様に課長の方へ立ち上がって振り返って、土下座や直立不動での四十五度のお辞儀や何度も繰り返すお辞儀で誠意を見せた謝罪の意を示す。
「くくくっ、ははは!年下組は楽しい反応だな。ははは」
どうやら、課長に弄ばれたようだ。しかしそれに気づいたところで、抗議してもしっぺ返しがあるから、三人は諦観を示すように両手を上げた。
「おや。詰まらんな」
(いつも同じことするかよ!)
「で?また事件ですか?」
瑛矢が真顔で課長を直視したら、彼は一度咳払いをした。答えたはイエスだと分かったので、真剣な眼差しを向けて、彼の言葉を待つ。
「『自称魔法使い』と名乗る謎の人物による殺人予告が現実に起こるという案件だそうだ」
「自称ってさ、大概は偽物じゃん」
「だが事件沙汰になったから、こちらに来たんでしょ?」
課長は、瑛矢の問いかけに無言で頷いた。彼は、先程からウンザリとしているというか疲れている様子に、舞織が小首を傾げる。
「課長ぉ?…疲れてます?」
「あーそうだ。だから、二人にはストレス解消させて貰おうじゃないか!」
彼はそういうなり、二人の頭に手を置いたーー次の瞬間、全身に電流が迸る。彼等は感電寸前の感覚に似た体験をしているだろう。それだけではなく走馬灯のように頭の中を駆け巡ったようで、詠二は、その場に崩れ落ちるように座りこんだ。瑛矢の方は、よろめいた体を慌てて支えるようにデスクの端を掴んで凌いだ。
「視えたな?ならば、行って片付けて来い」
課長の表情に安堵感が現れているのは、思念の塊ーー事件の全てを暗記して体に内包させていたーーを二人に送信したことで、体にかかっていた負荷がなくなったからだ。
「最悪…」
「行ってきます」
二人は、げんなりとした表情で事件があった場所へと向かった。