僕の願い(前編)
機械がある建物へと辿り着いた。本来なら建物の外まで続く、願い事待ちの長蛇の列。今日は建物の中にも誰もいない。
「珍しいこともあるもんだな」
辺りを見回しながらキハが言う。
「職員さんまでいないのは珍しいという範疇を超えてる気がするわね。なんというか、不気味かも」
機械は中央に置かれており、巨大な機械を囲うように建てられた六階建ての役所。
セイラちゃんが言う通り。行列を整理する職員さん以外の課にも人影が見当たらない。だだっ広い建物の中に僕たち三人だけ。静まり返った館内は不気味な雰囲気を醸し出す。
「機械は人がいなくても動くだろうけど。今日は止めといて帰ろうか」
今まで試したこともないし、聞いたこともないが、一日くらいなら遅れても機械は願いを聞いてくれるんじゃないだろうか。
「いや。並ばなくて良いんなら、さっと願いを叶えてもらって帰ろうぜ。チャンスだと考えよう」
キハはいつも前向きだ。確かに通常よりも時間は掛からないだろう。そもそも明日来て願いを叶えてもらえるかも分からないし。
「じゃあ、機械の部屋の前で待ってて」
機械の部屋の扉を開くと、中ではゾンビが死体を喰らっている。なんてことが起きても不思議ではない雰囲気の中。僕は扉の中へと足を進めた。
六階建ての建物の天井ギリギリに収まっている機械。首が痛くなるほどに見上げても、上の方の構造は見えない。ゾンビに襲われることもなく、無事機械の前に辿り着く。
「レン・ドレイグ。今日は君が最後か」
落ち着いた女性の声が流れる。母の仕事の影響で、幼い頃はよく役所に来ていた僕。少し大きくなって誕生日くらいしか来なくなっても、機械は覚えてくれているのだ。
「僕たち以外の人がいないのは何故なんですか? やたらと不気味なんですけど」
機械なら何でも知っているハズ。世界中の情報は機械の下へと集まるのだから。
「私にも誰も来ない理由は分からない。君たちの学校からここへと続くオートウォーク以外が故障しているけれど、だからといって誰も来ないのは不可解だ」
オートウォークに頼りきって走れない人がいたのは昔の話。しかも件の人も今では健康体だと聞く。機械のくれた情報は僕の疑問を解決するどころか、更に不気味な不安を募らせたのだった。
「道の方は既に修理が始まっているし、君が気にせずとも明日には直っているさ」
優しく透き通った機械の声は、僕を落ち着かせるのには充分。
「今年のレンの願いを聞こうか」
なんだか心を見透かされているような気持ち。
「誰もが羨むような彼女を。違う! 間違えた! 世界が平和でありますように!」
つい最初に考えていた願い事を言い掛けたが、ギリギリセーフ。キハとセイラちゃんと一緒に平和に暮らせることが一番だ。彼女の件はお洒落に気を使ったりして自分でなんとかしよう。
「私に願うことではない気がするが、良いのかな」
機械の確認にも答えは決まっている。
「平和に暮らせるのが一番ですから」