心
「それで、先ほどの安全な場所って、何処のことなのですか?」
祝勝ムードの仲間たちにモミジから質問。すると今回はセイラちゃんが答える。
「町の外に警察の部隊がいるんです。ずっと先にはエレバーの軍隊もいるけど、トパーズが倒されたと聞いたら戦争にはならないハズですから。今の町にいるよりは安全ですよ」
穏やかな笑顔で答えた彼女に、モミジからもお礼の言葉が出た。トパーズの話を聞いたのに、揺らぎは見られない。今もまだ、表情は変わらずに貼り付いたまま。
「じゃあ行きましょうか」
言い出したのはキハ。すると断ることなくモミジも同行。僕とパールも後に続く。
みんなの、いや、彼女の決定に背くことは不可能。今の僕は激流の中を滝へと流される小石。頭に浮かばされたイメージに従うしかできないのだ。意思とは無関係に体が動く。
見る影もないカラルの町並み。僕たちの他に人のいない国。世界の主は何を思ったのだろうか。僕には知る由もなかった。
一方カラルの外は普段通り。パールの手もあまり入らない場所は、荒野のような状態になっている。そして警察隊もエレバーの軍隊も、身動き一つしていない。耳に届くのは、激しく己を主張する風の音だけ。
警察の部隊に近付くと、彼らの異変が見て取れた。止まった時間の中に封じられ、自由を奪われた人々。死んだまま生かされているような空間。国境方面を見つめたまま、全員が驚きを表した状態で固まっている。
「なんだ、これは」
彼ら同様、大いなる存在に自由を奪われた僕に代わり、ヴァンさんが声を上げた。だが応えられるヒトはいない。
「この期に及んでも同種で争おうとするからエラーを取り除いたのだ」
急に口調が変わったモミジへと、みんなが振り向く。すると即座に凍り付く表情。彼女の背中しか見えていない僕とパールには、顔に浮かべているものは分からない。だけど、仲間たちの反応が全てを物語っている。
真なる脅威の出現を。
「お前が、やったのか?」
ヴァンさんは震え、顔を赤く染めた。
「対岸の者共も同じようにしておいた。私をカラルの新兵器だとかぬかしたのでな」
死ぬことも生きることも許されない人々を再度確認すると、ヴァンさんは両手をモミジへと突き出す。
「そんなことで大勢をこんな目に!」
台詞と共に攻撃しようとしたハズ。しかし彼は身動き一つせずに、目から炎を消した。
「それだけが全ての世界で唯一のルールだ。そんなことすら忘れたのか」
モミジは指一本動かしていないハズ。速度に目が追い付いていない訳ではなく、ヴァンさんに対処する理由さえないように映った。
「万物の母たる私に手を出そうとは、やはりエラーのせいだろう。自浄作用は残っていたようだが。期待を裏切ったな。パール」
振り向いたモミジの顔は、先ほどと変わらず笑顔。なのにパールへの怒りが伝わる。同時に手が小刻みに揺れ、隣の彼女から聞こえる吐息が怯えを表す。僕の体は動けない。
貼り付けた表情に変化のないまま、モミジの伸ばした両手は目と鼻の先。パールからは歯のぶつかり合う音と共に心の叫びが届く。僕の体は動けないまま。だけど。
「お前。何故動ける」
僕の心は、ずっとパールと繋がっている。




