笑顔
「まだ避難せずに町に残っている人がいたんですね。別に何かしてた訳でもないですし、良ければ安全な場所までお送りしますよ」
僕の不安を他所に、アグルさんが答えた。すると赤髪の少女は、貼り付けたような笑顔を仲間たちに贈る。しかし、みんなには彼女の表情に対しての違和感はない模様。
「ありがとう。あんまり土地勘がないから、助かります。けど安全な場所って何処のことですか? この星にはもう、そんな所はないように見えるんですけど」
笑顔から変わらず話し終えた彼女。パールは何も言わずに震えている。親友との再会の喜びより、恐怖が勝っているのだ。
モミジ・ドレイグ。彼女が亡くなった時のことは僕もよく覚えている。パールが抱いた言い様のない想いも。
数百万年という時を越えた再会。歩く死人と呼ぶには美しい外見。むしろパールの記憶で会った時よりも綺麗に、若々しく見える。僕の中の不安と違和感の正体。
何らかの反応があると覚悟して神覚で探りを入れる。しかし予想とは違い、何の異常も感じ取れない。つまり、ただの人間。
先ほどの感覚は気のせいで、目の前にいる人物は他人の空似。トパーズを倒した直後に偶然起きた出来事。まさか、あり得ない。
仲間たちと赤毛の少女は、しばらく何かを話していた様子。けれど余裕のない僕は思考だけで精一杯。内容が頭に入る隙間はない。
「そういえば、何とお呼びすればよろしいのでしょう? まだお名前も教えていただいてませんわ」
僕とパールは動きもせず。いや、正しくは動くこともできずに、みんなの様子を眺めていた。イオンさんの質問にも、彼女は笑顔を崩さない。なのに回答は不釣り合いなモノ。
「私には名前が無いのです。ですが、それも不便ですから、モミジとお呼びください」
不自然な笑顔のまま、彼女は確かに横目でパールを見た。僕は総毛立つ身体にイメージを送り、女神の手を繋ぐ。
途端に目も眩むほどの気配。人の身には、違う。神でさえ宿すことを許されないほど、絶対を思い知らされる力。なのに仲間たちのモミジという女性への対応に変化はない。
何かみんなに話しながら、僕たちへと彼女は近付く。あくまでも人間の速度。けれど、距離を詰めるほどに溢れ出す力。一歩ずつ。確実に増す。光の奔流。
神覚を閉じたら楽になるハズ。なのに自身で管理することも許されない。勝手に格の差を感じ取り、二人で震える。
モミジはすぐ目の前。呼吸さえもできない僕たちへと、しゃがみ込んで更に近付く。
「漸く恋のお話が出来ますね。神様?」
僕たち二人にしか聞こえない絶望。
たった一言で僕の心をへし折ると、モミジは仲間たちの元へ戻った。なのにのしかかる威圧感は消えず、気を失おうとした時。体の制御が利き、煙混じりの空気が口を満たす。だが生きているのは、彼女と繋いだ手だけ。