終わりの終わり
背後からの敵の声。そして神覚内に現れた冷たい意思。僕らの真下から這い出る漆黒の輝きは、二人を包み込み消し去ろうとした。
だが奴の思い通りになんてならない。僕の鎧が解けていたら、終わっていただろうが。
しかし、僕と彼女が立っていられるのは、僕たちだけの力ではないのだ。
「やはり生きていたか、トパーズ」
パールの声を合図に手を繋いだまま前方へ飛ぶ。着地と同時に振り向くと、目に映ったトパーズの身長は、パールと同じくらいまでに伸びていた。他の容姿は変わることなく。
地面を破き、先ほどまで僕たちがいた場所を何かが通り抜けた。見えない何かが。
「フン。今ので仲良く死んでれば良かったと言うノニ。あァ。アンタは死ねないカ?」
嫌味を言ったことで余裕が生まれたのか、トパーズは表情に以前の笑顔を作った。
気持ちに余裕がなくなったのは、僕の方。不可視の一撃に動揺を隠せない。
「あんな物。神覚を展開していれば当たりはしないだろう。攻撃で散らして、どうしようと思っていたんだ?」
パールの言葉で気付いた。見えないだけの攻撃は、今の僕たちには効果が薄いのだと。
冷静になると、トパーズの顔色の変化にも気付く。いや、誰でも分かっただろう。奴の顔が元に戻ったのだから。
直後。またもや神覚の中から透明な攻撃。
「離れないならそれはそれで良かったノヨ。一気に欲しい物が手に入るんだモノ」
奴は話しながら近付いてくる。ドーム状に軌跡を描き、包囲するように発生する攻撃。僕たちに回避の他に選択肢などない。
すぐ近くにまで寄ると、切れたハズの右手を伸ばすトパーズ。同時に攻撃が止み、僕の視線は傷一つない掌に釘付けになった。
力強く握られた右手。直後に起きたのは、僕らを包んだ爆発。
大きな音と衝撃の割に威力は他の攻撃より低いのだろう。痛みはなく、空中へと吹き飛ばされただけ。だが一瞬。自由は奪われた。パールの胸元へと伸びるトパーズの手。
やらせてはいけない。心が警鐘を鳴らす。でも身動きの取れない僕にできるのは、想像することだけ。パールを守るための、盾を。
僕の右手が真紅の光を放つ。燃えるように熱く、心まで滾らせる焔。すると、想像剣は本来の性能を発揮。時間が流れる前にパールを包み込む盾を形成。トパーズを弾いた。
「人間如きがァ!」
原初の星全てに響くかと思うほどの咆哮。無数の光線が僕へと向かう。想像剣はパールを引き寄せ、二人を盾が守る。まるで、意思でも持ったかのように。
「今度はこちらから、仕切り直しだ」
暖かな空気に押されて、パールに微笑む。僕が感じた心は、一人だけのモノではない。彼を切っ掛けに目覚めた、人の願いの結晶。
決して善い願い事だけがあるとは言えないだろう。黒い感情が含まれているモノだってある。だけど、今は全部、僕の手の中に。
「力が高まったのね。良いわ。不死身になる前に、アタシも本気を出して殺してアゲル」
盾を解除。瞬時に距離を詰めるトパーズ。星が悲鳴をあげるほどの加速。なのに。奴の狙いは僕一人らしい。奪える可能性が潰える前に奪おうというのだろう。勢いを活かした突きの構えを取る敵。時間という概念さえも貫く悪意。制御の利かぬ怒れる神。
受け流せば穿たれる。受け止めたなら弾け飛ぶ。回避を選べば滅びが待つ。
空間。星。人。何を選んでも犠牲が出る。ならば別の方法を。
「すぐにその子も送ってあげるカラ」
僕の一番の目的を思い出した。絶対に守り抜くこと。例え犠牲を払おうとも。
イメージ。奴に届く剣。攻撃を受ける前に叩ける四メートルの武器だ。
想像剣が刃を持つ。トパーズのすぐ目の前に突き出される切っ先。奴は身を翻し、剣の下へと潜り込んだ。でも、僕の思い通り。
刃を切り離して、トパーズの上に落とす。すると右側に躍り出て奴は後退。軌道を変えられたことで速度が落ちたからだろう。
今度は僕の番。まずは地面の上の刃を奴に目掛けて蹴り飛ばす。左に躱された。だから想像剣を振るう。トパーズの技の模倣。僕と父さんの修業の成果。見えない刃を。
右への水平斬り。しかし剣の動きで回避を行う相手。屈んで躱された。今がチャンス。奴の足下に転がる刃が弾け飛ぶ。
「そう。二つともお前の技だ」
爆発で身動きを僅かに封じられたトパーズが最後の咆哮。しかし僕の耳には届かない。
背中から聞こえる、僕の名前を呼ぶみんなの声に掻き消されたから。
終わりを斬り裂く、一筋の煌めき。
神覚を研ぎ澄ます。原初の星にトパーズの気配は、ない。