戯
言い終えると同時に僕へと直進。先ほどを超える速度での右の手刀。水平に左へ向かう死への招待状は通った道筋に別世界を映す。濁った黄色い空。恐怖に踠く人々。トパーズの支配する世界。最初よりも鮮明に見えた。
僕の反射速度が増したのか。相手の攻撃力の増加が影響しているのかは不明。だけど、余裕はなくとも見切れている。
高度を下げて回避。悪寒が頭を通り抜けたが、死まで感じはしなかった。だが反撃するだけの余裕がないのは変わらない。繰り返す戦慄。終わらない悪魔の舞。
しかし次第に研ぎ澄まされていくのは僕の感覚の方。二度目より三度目、三度目よりも四度目と、着実に探知の精度が上がる。もし今の速度がトパーズの全力なら、負けない。
「ねェ。勝てると思ッタ?」
瞳を除いた目だけの笑顔。薄くなっていた恐怖が色を取り戻し、仕切り直しだと言わんばかりに鋭さを増す攻撃。僕はまだ掌の上。
しかしパールが手を出さないのは何故なのだろう。僕だけでは無理でも、彼女の位置であれば攻撃も可能なハズ。何かを待っているのか。だとしたら、一体何を。
ほんの僅かな気の緩み。だが確かな集中力の欠如。神覚は一瞬精彩を欠き、トパーズの付け入る隙を生む。
「あーァ。期待外れネェ」
まずいと思った時にはもう遅い。防御すら貫通されるを覚悟した。の、だけど。
「やはり大人しく待っているだけというのは性に合わないからな」
パールの剣が敵の手を弾いた。生まれた隙を僕は逃さず捉え、渾身の突きを放つ。
「舐めるな人間上がりが」
よろめいたまま、トパーズは宙返り。蹴り上げるように僕の切っ先を弾いた。
圧倒的な力の差。二人掛かりだというのに仕留められなかった。けど別の面では光明が見えた気がする。
「どうした? 口調が乱れたぞ」
対照的に普段通りのパールの口調。相手の心に生じた乱れが、一瞬とはいえ本気を出すほどに追い詰めた証。
「ふン。二人なら勝てるとでも言いたいンだろうケド。残念だけどまだまだお遊びダヨ。こんなにも楽しいコト、簡単に終わらせたら勿体ないじゃナイ」
今度は口許にも笑みを作ったトパーズ。瞳は淀みを取り除きはしないが、オモチャを前にした子供のように振る舞う。
人の命を弄ぶ言動。本来ならば怒りを叩き付ける場面。なのに空気を凍てつかせるほどのトパーズの威圧感が、僕を縛り付けた。
けれど、怖がっていて良いハズがない。
「お前の、好きになんかさせない。人の心、命を弄んで。何が楽しみだ。何がお遊びだ。お前みたいな奴には、負けられない」
自分を奮い起たせるための言葉。なのに、聞いた側であるトパーズの顔が笑顔に歪む。今までの作り物とは違う。完全なる邪悪。
「ソウ。何処までいってもアタシが悪者ってコトなんダ。なら、悪者らしくミナゴロス」
見る必要もないハズ。なのにわざわざ悪魔は視線を動かした。奴の意識の向かう先にはトリーさん姿。