決着
フレアからの鳩尾を狙った正拳突き。上体を左に反らして打点をズラす。痛むはずだが今は感じない。俺は顎を目掛けてアッパーを放つ。掠めはしたが直撃は避けられた。
「っつ」
痛いか。痛いだろう。けどパールもゴランさんも今フレアが感じる数倍痛かったはず。
「そんなもんじゃない!」
今度は俺から正拳突き。当たる場所なんて構わない。力任せに拳を叩き付けるだけ。
左肩に命中。すかさず連打。しかし微かに衝撃を逃がされているのか、数発当てても奴は倒れない。
ならばと渾身の右ストレート。顔面に命中する寸前に奴はスウェー。先ほどのお返しとばかりにアッパーが襲う。
顎を掠めたが直撃だけは免れた。けれど、体勢を崩したことで連打を浴びる。だが奴の動きを真似ることによってダメージは最小限で済む。そしてお互い決定打を与えぬままに殴り合う。
数分間続いた攻防。気付けば両者ともに、立っているのがやっと。
「打撃戦は素人と、舐めていたのが悪かったらしいな。次は仕留めてやる」
気息奄々といった状態のフレア。奴の安い挑発が、俺に多少の冷静さを取り戻させる。
奴の次の一撃は右ストレート。最初と比べ勢いの死んだ拳は、捕まえるのに十分。
右手で攻撃を外側へ弾く。同時に左手は奴の肘に当てる。すると本来は曲がらない方へ向かうフレアの右腕。
「イタタタ」
悲鳴を上げるフレアの口と肘。そして体勢を崩すと顔から地面に激突。
「ぐ」
情けない声を漏らしたフレア。ゴランさんの言う通り。武器を使わずとも相手の動きを利用すれば、転けさせられる。見えない刃を発動できず勝負がついたが、ゴランさんの仇は彼自身の教えによって討ち取れた。身動きを封じた以上、俺の勝利。
「レン! フレアを倒せたのか」
背中から聞こえたのはキハの声。姿はまだ見えない。だけど生きていた親友。掛け替えのない大切な人たちを失ったが、少なくとも最初の願い通り親友たちは救えた模様。
けれど。パールがいない世界なんて今更。
「え。お姉様のお部屋が」
アグルさんの悲鳴にすらならない声。部屋の惨状を見れば誰だって同じ状態にもなるのだろう。だから俺の怒りはまだ燃えたまま。
「コイツがやったんだ。今まで敵の命を奪えはしなかった。けど。コイツだけは」
怒りに任せて命を奪えたらと考えた瞬間。
「フレア隊長から離れて! その人がカラルの侵攻に反対してなきゃ皆死んでたのよ!」
ほとんど崩れている役所の入り口。泣き顔を見せているのはトリーさん。
「良いんだよ。ゲーラ。私は彼にとって、許せないことをしてしまったんだからね」
僕の、俺の彼女を。最も大切な人を殺しておいて今さら善人面するなんて。
「そんなことで。許されるなんて」
トリーさんも裏切者。カラルの敵である二人の言うことなんて聞く必要はない。なのに頬を伝う涙が腕を濡らしたからといって、力を緩めたのは俺の弱さだろうか。