黄金の炎
声の主はフレア・ディス曹長。僕と友達の師匠。そして待っていた援軍。
他の二組の戦闘に参加したのだろうか。彼の制服は所々破けて、血も流れている。
「レンさん。パールさんは何処です? 何故他の二組の戦闘にも参加せずに貴方の横にもいないのですか」
フレアさんの声が廊下に響く。大きいのに冷静な印象。彼のエコーが消えると同時に、通信機が優しく透き通った声を伝える。
「お待たせ。今から部屋を出るよ」
通信機越しでも伝わる安心感。だけど。
「まだ来ちゃ駄目だ。僕が合図するまでは中にいて。お願い」
何かがおかしいと伝える直感。本能的な、遺伝子レベルの何かが鳴らす警報。
先ほどの金の鎧に仕組まれていた、動きを遅くする装置へのカウンター。敵には見せた覚えがない新装備。使ったのは、ただ一度。
「他の二組の援護に向かったのに、何故誰も一緒にいないんですか」
質問に質問で返した僕に、フレアさんから溜め息が一つ。そして両手を肩の高さで左右に広げる。まるで問われることなど予想していたかのような反応。確かに情報が大切だというのは彼自身の教え。当然のリアクションなのかもしれない。
「いやはや。自分が到着した時には皆さんが倒されていて、しかし敵側もあと一歩という状況でした。なので両者共に倒れています」
答えた彼の顔には苦笑いが浮かぶ。弟子の成長は嬉しいけれど、本当に自分が疑われるとは思っていなかったのだろう。
ならパールを部屋から出しても良いだろうと、口を開き掛けた瞬間。通信機からの声。
「フ、レアは。敵だ。信じるなよ。親友」
幸いフレアさんには聞こえていない様子。開いた口から出たのは、もう一つの疑問。
「敵が貴方しか知らないハズの装備に対処法を仕込んでいたことについては、何か知っていますよね?」
親友を頼りに導き出した真実。信じたくはなかった。けれど。肩を震わせている師匠の反応が、僕の言葉の正しさの証。
「ふぅ。誰かの意識が戻ったんですかね。私としたことが、加減を間違えましたか。けど副署長の意識が戻ることはないでしょう」
震える肩は、悔しさではなく喜びを表す。忍び笑いは次第に勢いを増し、遂には大声で口を開けて笑う。
「完全に息の根を止めたのだから」
フレアさんとの出会い。初めての模擬戦。先日の初勝利までの訓練の日々。ゴランさんとの修行。厳しくも優しかった師匠。全ての思い出が過ぎ去っていく。
「何故。殺した」
視界の中に師匠はいない。見えているのは涙に歪んだ世界。そして、笑っている敵。
「お前に教える理由はないが。まぁ不出来な弟子に最後の手向けだ。ゴランは私の祖父の仇。だから殺した」
頭の防具だけを解除して、涙を拭う。奴の答えは本当なのだろう。けれど。
「戦争だったんだろ。アンタのお祖父さんも大勢を殺したハズだ。なのに何故」
だから我慢しろ。今までゴランさんの傍にいて何も感じなかったのか。様々な言葉や、疑問が浮かんでは消えて行く。結局喉から外に出られたのは陳腐な台詞。心から伝えたい想いではない。
「私の全てだからだ。私達兄弟のな」
奴が指を差したのは、転送装置を壊されて脱出不能になった敵。
「君が倒したのはヴァン。私の弟だよ。君も仲間を殺されて、私が憎いだろう。私も弟をそんな姿にされて君が憎い。それだけで充分殺し合う理由になる。この役所の中だけは、既に戦場なのだから」
澄まし顔の奴は武器を取り出す。そして。以前感じた闘気とは違い、実際に剣から燃え上がる炎。暗闇を照らす輝きが、フレアの剣の黄金を引き立てる。
「では最後の仕上げといこうか。女神の騎士に選ばれた者同士のね」