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第8章 パパとママ

 朱夏と海馬は山道の入り口まで来ていた。

 市街地から入り口までの道のりで30分以上掛かってしまった。


「自転車がないのはきついね」

「ええ。昔はよく乗り回していましたもんね」


 思えばここまでの道のりは常に自転車で来ていた事を思い出す。

 山道の入り口には『私有地につき立ち入り禁止』と書かれた看板が立っていた。その私有地こそが朱夏の家の土地なのである。海馬も朱夏も張ってある黄色と黒のロープを跨ぐと早速その私有地へ入っていく。

 ここからは獣道に近い。うっそうと茂る木々の中に細い道が山頂へと続いている。


「……さて、行きましょうか!」

「ああ。なんか、緊張するね」


 懐かしくも険しい山道を海馬は真顔で眺めている。


「……。なぁ、朱夏? なんでわざわざ、秘密基地まで行こうと思ったんだい?」


 山道を歩き始めてすぐ、海馬は朱夏にそう聞いた。


「……。なんで……でしょうか?」


 その質問に疑問形が返ってくるとは思わず海馬は朱夏の方を見た。


「……違和感……。そう、違和感があったんです」

「違和感? ……何の話?」


 朱夏はせっせと歩きながら自分の考えを言葉に組み返る。海馬は静かに朱夏の言葉の続きを待った。


「この間見た、夢で違和感を感じて、あそこに行けば何か思い出せるような気がするんです。気のせいじゃすまされないような気がして」


 朱夏の真剣なまなざしは山頂を向いている。15分足らずで到着するその秘密基地。そこに答えがある気がして朱夏は歩みを止めない。


「病院でうなされていた悪夢かい……?」

「……ええ」

「あの日の夢って言ってたけど……」


 そう言いかけたその時、海馬と朱夏は同時に歩みを止めた。


 ガサガサッ!!


 後ろから物音が聞こえたのだ。二人が後ろを振り向くとサッっと物陰が移動したのが見えた。


「タヌキ……?」

「いえ、それにしては大きいです」


 二人がゆっくりとあたりを見渡したが、そこには何もいないように思えた。


「……朱夏、足音を立てないように歩こう」

「はい」


 二人はそっと前を向くと再び歩き始めた。

 すると物の数秒で再びガサガサという音が聞こえてくる。


「どうやら、つけられているね」

「せーので振り向きましょう」


 二人は息を呑んだ。

 狙われているのは鷲一だけとは限らない。

 後をつけられていてこんなところで襲撃に会ったら誰も助けになど来てはくれない。

 二人は普通を装って歩きながら静かに目配せした。


「……せーのっ!!」


 海馬が突然そう言うと二人はバッ!!っと振り向いた。


「わっ!!!」

「あ!!!」


 急に振り向かれて、そこで慌てていたのは敵などではなかった。


「エリ!?」

「それと、連覇少年!!」


 それは、二人がよく知る小学生。エリと連覇だった。


「な、なんでこんなところに!? 子供二人でこんな所まで来て……危ないじゃないか!」


 海馬が眉をしかめて二人を叱る。連覇もエリも顔を見合わせて申し訳なさそうにした。


「……秘密基地……見たかったんだ。ごめんなさい」

「でも……絶対連れて行ってくれない。エリ、連覇、後をつけた」


 小学生二人組は公園で遊ぶ約束をしていたが、並んで歩く海馬と朱夏が山の方へ歩いていくのを見て秘密基地へ行くに違いないと確信した。公園で遊ぶ予定なんてなかった事にして、二人の後を尾行する遊びに変更したのだった。けれども、市街地のアスファルトとは違い、山道は枯れ葉や枝で道が埋め尽くされている。歩く度にガサガサと音が鳴り、結局海馬と朱夏に見つかってしまったのだった。


「もう……今度連れて行ってあげると約束したでしょう?」

「ごめんなさい……待ちきれなくって」


 しょげかえる小学生たちを見て海馬と朱夏は困った顔をした。


「どうする?」

「……今から二人で下山させるのは危ないですよね」


 山道は結構厳しい勾配をしている。今から帰れという訳にはいかなさそうだった。


「はぁ……。もう! 仕方がないな。連れて行こうか」


 その一言を待っていましたと言わんばかりに子供達の笑顔がはじけた。


「本当!? やった!!!」

「ありがと!!」


 両手を上げて子供たちが朱夏と海馬に駆け寄る。


「そ、その替わりちゃんと言う事聞いてね!? 本当に大事な話をしに行くんだから!!」

「だいじょーぶ! エリ、いい子!」


 エリがニコニコとそう言う。


「いい子は、尾行なんてしません。今日は悪い子ですよ? おやつを抜いてもらおうかしら?」

「えー!?」


 意地悪そうに朱夏が言うとエリはショックを受けた顔で固まった。


「ふふっ。冗談です。でも、もうやめてくださいね?」

「う、うん!」


 危なくおやつを抜きにされそうになったエリは強張った笑みで朱夏に頷く。


「さて、山頂まであと少しですよ。頑張りましょう?」

「ああ。ここから道がちょっと入り組んでるんだ。離れないようにね?」


 そう言うと、海馬は連覇の手を繋ぎ、朱夏がエリの手をつなぐ。



「……なんか……朱夏と海馬、パパとママみたい」



 エリがボソッとそう言った。


「え?」


 海馬と朱夏はエリを見た。


「あ……ううん! 何でもない!!」


 エリは慌てて顔を横に振る。


「エリ……」


 エリは4歳の頃、予知夢を見る少女として有名になってしまった。そして、すぐに組織に買収をされパラサイトを注入されている。現在7歳の彼女はまだ両親が恋しいに違いなかった。そんな寂しさを感じて朱夏の胸に熱いものが込み上げる。

 言葉を失っていると正面の金髪から優しい声が聞こえた。




「いいんじゃない? 僕らがパパとママでも?」




 海馬は笑ってそう言いだす。


「へ!?!?」


 その言葉に朱夏は顔を真っ赤にした。けれども、海馬は朱夏ではなくエリにやさしく話しかける。


「エリちゃんがもしそう思いたいなら、僕らがパパとママで、連覇少年がお兄ちゃ……弟だ!」


 海馬はエリにそう微笑みかけた。

 エリの実の両親がどこのどんな人か海馬にも朱夏にも分からない。けれども、思うのだけは自由だ。実際は違うが、朱夏はいつでも同じベットで寝てくれるし、窓を開けたらそこには海馬がいる。朝目が覚めて真っ先に自分の家に遊びに来る連覇もいる。

 エリからすると家族ではないが、家族のような存在には変わりない。


「……うん! えへへ!」


 エリはとても嬉しそうにはにかんだ。


「なんで連覇が弟なの!? お兄ちゃんでいいじゃん!!」


 連覇は家族設定に不満があるようだが、海馬はにやりと笑うばかりだ。


「あはは! だって、エリちゃんの方がしっかりしてるじゃないか?」


 そう言われてエリは嬉しそうにしている。

 連覇も不満そうではあるがとても楽しそうだった。


「ママ……ですか。……ふふっ! いいですね。私としては、お姉ちゃんのつもりでいたのですが、ママも良いかもしれません」


 海馬の優しい言葉に朱夏も笑顔になるのだった。

 4人は仲良く手を繋いで山道を登っていく。

 その姿はまるで本当の家族のような温かさがあるのだった。


「あ! 見えた! あれが秘密基地だよ?」


 山頂にある開けた場所に小さな建物が一つ。

 きちんと木で建てられたそれは秘密基地と言うよりは山小屋だった。

 大人でも普通に入れるくらい大きさもある小屋だ。


「うわぁ!! すごい凄いこんな所に本当にあった!!」

「景色、すごい!」


 連覇とエリは感嘆の声を上げた。

 それもそのはず。小屋がある開けた場所の向こうには、切り立った崖があり、そこから山の景色が一望できる。崖の下からは川が流れる音もする。


「この辺りの木を伐採して作ったんですよね」

「今考えるとすごいな。確か、紗理奈のお父さんが木を切ってくれたんだよ」


 海馬と朱夏は大きくなって初めてわかる大人の凄さを感じた。


「ねぇ、連覇、ちょっと見てくる!!」


 そう言うと連覇は崖の方へ向かって走り出す。崖には柵だったものが僅かにあるだけでうっかりすると落ちてしまいそうだった。


「連覇君、気を付けてくださいね?」

「大丈夫だよ! 端にはいかないから!」


 朱夏が注意を促すと連覇は元気に答えた。


「あら? エリはいかないのですか?」

「エリ、ちょっと怖い」


 切り立った崖の上からみる見晴らしの良い山の風景は結構な高さがある。

 エリはその高さが怖いのか、朱夏から離れようとしなかった。


 3人が景色を楽しんでいる間に海馬は鍵を片手に秘密基地へ近づいた。


 近づいて、ふいに異変を感じた。

 大きな獣の足跡がドアに向かっている。

 ところどころに血がしたたり落ちた跡がある。

 そこら中に落ちているのは最近見た白毛だった。

 足跡は秘密基地の中へと続いている。



 海馬は戦慄した。



「……皆来るな!!」




 海馬が血相を変えて後ろの3人に呼びかけたその時、ドアがバンッと開け放たれた。

 ドアに押し返されるように海馬はよろけて後ずさる。


「え!?」


 エリは何が起きたかわからずその場で固まって動けない。


「……あ……あああああぁぁあ……!!」


 朱夏はドアから出てきたその影を見て顔面を蒼白にして叫んだ。


「キング!? 紗理奈も……!?」


 そこにいたのは3日前、命を懸けて戦った敵、白狼と紗理奈が出てきたのだった。

 敵二人はすでに戦闘態勢になって構えている。


「何故……ここがバレた? 手負いの我を追撃に来るとはいい度胸だ」


 低い声が響き渡る。白狼であるキングの声だ。その声には怒りと驚きがにじみ出ていた。

 けれども、隣に立っている紗理奈は4人を見て怪訝な顔をした。明らかに朱夏も海馬も武装していないし、子供を二人も連れている。


「……? それにしては武装も何もしてないっしょ……まさか……たまたま?」

「……あはは……そう。たまたま……」


 冷や汗を流したまま海馬がそう答える。けれども、それは敵にとってはそれ以上の好機はないと言う事に他ならなかった。


「……ふふ……あっはっはっは!!」


 紗理奈はいびつな顔で笑った。


「や……やばい……マジで……」


 白狼の本気を出せば海馬なんて3秒で殺される。ましてやこの間、背中を思いっきり切り付けた相手だ。このままおめおめと逃がしてくれる訳がない事くらい海馬にもわかる。


「殺す」

「……!?」


 紗理奈の目はマジだった。紗理奈の目が紫に光ると、その手の爪が渦を巻いて伸びていく。


「や、やめ……」


 引きつった声が海馬から出る。


「紗理奈! やめてください!!」


 朱夏も紗理奈に懇願するが、紗理奈にはその言葉など響かない。


「よくもキングを傷つけてくれたっしょ。海馬ちゃん」


 紗理奈の怒りが海馬に牙をむく。


「紗理奈、油断をするな。共に行く」

「了解っしょ!!」


 キングと紗理奈が目配せをしたのを海馬はただただ震えながら見ていた。


「まずい……みんな逃げろ!! 早く!!」


 海馬が全力で叫んだと同時にキングと紗理奈が飛びかかった。紗理奈の爪とキングの牙が海馬に向かう。


「きゃぁあああああああああああ!!」


 朱夏の悲痛な叫び声は誰一人助けなど来ない山頂で響き渡るのだった。


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