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第7章 心琴の憂鬱

 同日の朝。

 心琴は布団からのんびりと起き上がった。

 時刻は8時過ぎ。

 誰とも遊ぶ約束が出来なかった心琴はつまらなさそうに布団をゴロゴロとしている。


「勉強……かぁ」


 もうじき進路を決める大事な模試が行われる事くらい勉強にも進学にも興味のない心琴でも知っている。それでも、最近の異常事態に怠けて、勉強をサッパリしていないのは良い事だとは言えなかった。


「みんな、すごいなぁ」


 布団に顔をうずめて心琴は独り言を言う。適当な、自分でも受かりそうな大学を書いて進路希望調査は乗り切った。でも、本心からその大学へ行きたいわけでもなく、勉強なんてしたくも無いと言うのが本音で、机に置きっぱなしのノートは白いままだ。


「朱夏ちゃんも海馬さんも医者になるって頑張ってる。鷲一も美術大学に行きたいみたいだし。私だけなんだよなぁ」


 自分のしたい事が分からないまま、時間だけが過ぎている事を自覚はしていた。考えども考えども、将来の夢なんてまるで思いつかなかった。


「強いて言うなら……」


 鷲一のお嫁さん。

 そんな考えが頭をよぎった。頬が赤く染まるのを自分で感じて頭から布団をかぶった。


「まだ早過ぎだよね!?」

「いいや、遅い。遅すぎる!!」


 甲高い怒鳴り声と共に心琴が被っていた布団は勢いよく剥がされた。


「ひゃぁ!み、心湊!?」

「いつまで寝てるの! 起きるの遅いから起こしにきたら、まだ寝るつもりなんだもん!」


 心琴の布団を剥いだのは妹の心湊だった。片手で乱暴に剥がされた布団は部屋の隅へ吹っ飛んでいった。


「あ! ちょっと! 寝てないって!」

「じゃあ何してるのさ。ご飯とっくに冷めたんだけど?」


 しっかり者の妹はいつの間にか、だらしのない姉を叩き起こす係になっていた。マイペースな姉は仕方がなく体を起こすと大きく伸びをする。


「ふわあああぁ。心湊、おはよ!」


 伸びをした後、心琴は元気な笑顔で心湊に挨拶した。


「……おはよ」


 その挨拶をものすごく不機嫌な顔で心湊は返して来る。


 裏表のない性格の姉妹だが、心琴はいつもご機嫌で心湊は大体不機嫌だ。

 そんな心湊の腕の中から茶色い毛玉がもぞもぞと顔を向けてきた。


「キャン!」


 心湊の布団を剥いだ方とは逆の手にはポメラニアンの「ポム吉さん」が抱かれていて、今日も元気にひと声鳴いてくれる。


「ポム吉さんもおはよう! 元気だねぇ!」

「キャン!」


 心琴はニコニコとポム吉の頭を撫でた。実は心琴とポム吉の魂は若干融合している仲なのだ。その為、心琴は何となくお互いの気持ちが通じ合っていると思っている。


「ちょっと、お姉ちゃん! ポム吉さんの頭を気安く撫でないでくれないかな?」


 そう言うと心湊は手が届かないように姉に背を向けた。


「えー! 撫でるのもダメなの? 厳しいなぁ」


 事件以来、心湊はポム吉を命の恩人として、とても大事にしている。大事にし過ぎてこの間学校に連れて行き、先生や両親にこっぴどく叱られたばかりだった。


 そんな心湊と先ほどの不安が重なり、心琴は不意にこんな質問を投げかけてみた。


「そうだ。心湊? 聞いていい?」

「何? ポム吉さんは抱かせてあげないよ?」


 睨みつける心湊の目が本気過ぎる。

 ちょっとだけ引き気味に、それでも心琴は思っている質問を投げかける。


「そ、そうじゃなくて……。心湊って将来の夢って何?」


 突然そう聞かれても心湊は全く動じなかった。元から自分をしっかりと持っている子だ。心琴の前でも堂々と自分の夢をこう断言する。


「プロのテニス選手だよ」


 とても簡単とは言えない夢。それでも心湊は本気でそれを目指している。


「そうだよね。昔からテニス一筋だもんね」


 突然そんな事を聞いてくる姉を不審に思ったのか心湊は姉にずずいと近づいた。


「……さては……。勉強がしたくなくて将来のこと考えてたでしょ」

「う……」


 心湊の言っている事が図星で心琴は困った顔で固まった。


「実はそうなんだよね……」


 心琴はいつになくしょんぼりとした声を上げる。その様子に心湊はため息をついた。


「はぁ……。じゃぁさ。一回納得できるまでとことん悩んでみたら?」


 心湊は姉の事をしっかりと見てそんな事を言って来る。その一言に心琴は目を大きくした。


「へ?」

「だーかーら! 納得する将来の夢。いろんな職業見て見て、自分が納得できる職業が何か探してきたらって言ったの。本気でそろそろ決めなきゃダメなんでしょ?」


 心湊は心琴が本当に困っている事を薄々感づいていた。だからこそ、姉にも一歩先へ歩めればいいなと思ってそう言った。


「せめて方向性でもさ。見つかればまだ勉強にも熱が入るんじゃない?」

「……そう……だね! そうしてみようかな!」


 顔は不機嫌そうでも心は優しい心湊だ。


「ありがとう! 心湊! 私、ちょっと悩んでみる!」


 心琴は飛び切りの笑顔で妹に笑いかけた。その顔を見て心湊は静かに笑って部屋を出ていく。けれども、ドアの付近で立ち止まると思いだしたかのようにこう言った。


「あ。そうだ。鷲一さんのお嫁になるとかだけは言わないでね」

「……え」

「私、あの人と結婚したらお姉ちゃんが絶対苦労すると思うから」

「ええええ?!」


 前回の犬化事件で、心湊は鷲一と共に行動することが多かった。ポメラニアンとなった心湊は図らずも鷲一に助けられて心琴の事を心から好いているのは知っている。しかし、乙女心が分からなかったり、スマホが使えず頼りなかったりと様々な事が重なり心湊は鷲一を好いていない。


「ちょ、ちょっと!? 鷲一との間に何があったのー!? ねぇ、教えてよー!?」

「やだ」


 短く返事をすると心湊は相変わらずポム吉さんを抱いたまま部屋を出て行くのだった。





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