第4章 素朴な疑問
夕暮れ時、終始和やかな雰囲気だった焼肉パーティーは遂に終わりを迎えた。
各々が満足した顔で朱夏の庭から玄関先へと向かって歩き始める。
玄関先まで来ると別れの挨拶がてらのお喋りが始まった。
「今日はありがとうございました!」
主催者である朱夏が皆んなにペコリと頭を下げる。
「いやいや! お礼を言うのはこっちの方だぜぇ?」
「お肉、ご馳走様でした!」
杏と死神は満腹まで食べることが出来て幸せそうな笑顔を見せる。
「ねぇ、朱夏ちゃん、桃! 明日一緒に遊ぼうよ!」
心琴が明るく朱夏を遊びに誘うと、朱夏も桃も申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。明日は海馬君と少し予定がありまして」
朱夏は海馬をチラッと見ると、海馬は困った顔をして笑った。
「ごめんね心琴ちゃん、朱夏を取っちゃって」
「あはは! 先約が居たかぁ。じゃぁ、また今度ね! ……桃はどう?」
心琴はめげずに桃に向き直る。
「桃もぉ、明日は特売日だからバイト抜けられないのぉ、ごめんね? キャハッ!」
2人に断られて心琴はちょっと寂しそうな顔になるが、すぐに笑顔に戻って朱夏と桃に向き直る。
「そっかぁ、残念だけど仕方がないね。また今度遊ぼう?」
「じゃぁさぁ、明後日なら遊べるよぉ! 心琴ちゃんどぉ?」
「やった! 遊ぼう遊ぼう!」
日にちをずらして心琴と桃は遊ぶ約束をした。心琴は一度断られたのもあり、とても嬉しそうだ。
「良かったな、心琴」
「うん!」
鷲一は心琴の嬉しそうな顔を見て穏やかにほほ笑んでいる。心琴もまた、鷲一にぴったりと寄り添って笑う。相変わらずこの二人は仲睦まじい。
その様子を杏はじっと見ていた。
(いいなぁ……私もいつか連覇とこういう感じになれたらなぁ)
杏からしてみれば年上の二人は憧れだった。いつか、大好きな連覇と恋仲になりたいと思いつつも年下でレンジャー好きの男の子は恋愛など興味がない。さらに言うとエリというライバルまでいる。
(道のりは長いなぁ)
杏は人知れずため息をついた。そんな杏を差し置いて会話はどんどん流れていく。
「それにしてもぉ、朱夏ちゃんは明日、海馬とデート?」
桃にそう聞かれて、朱夏は赤面した。慌てて、大きく首を横に振る。
「え!? 違います! デートではありませんよ?」
そんな朱夏を不思議そうに杏が眺めた。先ほどの心琴と鷲一の様子とは似て非なる反応にふとした疑問が湧き上がる。
「うーん?」
「杏、どうかしたか?」
顎に手を当てて考えている杏に死神が問いかけるも、杏は首を傾げたままだ。
「うん、ちょっと疑問?」
「ふーん?」
よく分からないまま死神は適当に杏の疑問を流した。
会話もどんどん流れていく。
「そうなんだ? じゃあ勉強?」
心琴は朱夏と海馬が一緒にやることにそれしか思い当たらない。けれども、朱夏はそれさえも否定した。
「いえ、違います。その……明日は幼少期に遊んだ秘密基地へ行ってみることに……」
朱夏は海馬との約束をありのままを皆んなに伝えた。別段隠すことでもないが、それなりな年齢の二人が行く場所としてはなんとなく恥ずかしくて朱夏は照れながらそう言う。
「秘密基地!?」
そのワードに反応したのはレンジャー大好きのわんぱく小僧の連覇だった。
「連覇も行きたい!」
元気にそう言うが、海馬が連覇の頭をポンポンとしながら首を横に振った。
「ごめんね、連覇少年。ちょっと大事な事をしてくるから連れて行くのはまた今度、ね?」
「大事な事?」
連覇は遊びに行くことしか頭に無い。大事な事を秘密基地で行う意味が正直分からなかった。
「なんて言うのかな? 分かりやすく言うと昔の喧嘩の仲直り、かな? 昔、あそこで朱夏と喧嘩をしたことがあるんだ」
海馬は言いにくそうに連覇に向かってそう言った。それでも連覇は秘密基地が見てみたくて口を尖らせている。
「うー。一緒に行きたいなぁ」
「連覇、めっ!我儘、ダメ!」
海馬と朱夏の困った顔を見て、エリが止めに入ると連覇はようやく諦める。
「ちぇー。分かったよ。今度連れて行ってね!?」
「エリも! 行く! 一緒!」
「ええ。近い内に連れて行ってあげますよ」
朱夏は連覇とエリにそう約束するのだった。そんな中、もう1人の小学生の杏が朱夏の前へでる。杏は自分の心の中で湧き出た疑問を自分では解消できない事に気が付いたのだ。
「ねぇ? 朱夏さん、ちょっと聞いても良い?」
杏は朱夏のワンピースを引っ張った。
「え?杏ちゃん、どうしました? 杏ちゃんも連れて行ってあげますよ?」
「ううん、そうじゃなくってね?」
朱夏が杏を見つめると杏は率直な疑問を朱夏と海馬に向かって投げかけた。
「朱夏さんと海馬さんって恋人なの?」
その剛速球のような質問は海馬と朱夏に顔面から命中する。
二人の表情は見事に固まった。
「へ?」
「え?」
心琴や鷲一でさえも聞かなかったその質問だった。
けれども、好奇心のままに、年頃の杏はケロっと思いを吐き出してしまう。
「ほら、心琴さんと鷲一さんはカップルでしょ? 朱夏さんと海馬さんって付き合ってるの?」
杏は悪気なくそう言った。固まる朱夏と海馬の表情に1番慌てたのは杏の兄の死神だ。
「あ! 杏!? 無粋な質問してんじゃねぇよ! そう言うのは本人達の問題でなぁ!」
「え!? あ、ご、ごめんなさい!?」
朱夏は我にかえると気まずそうに海馬をチラッと見た。
「え、えっとその。……付き合ってないですよ? ね?」
片言で朱夏はそう言うと海馬も頷く。
「そう、付き合ってない……よ?」
なるべく平静を保とうとしているが、明らかに表情が引きつっている。
「そ、そうなんだ! ウチ、てっきり! 2人とも仲良いからさ!?」
「あ……あはは……」
「ハハハ……」
「……」
「……」
そこにいる皆が凍り付いたように沈黙した。
しばしの沈黙の後、堰を切ったように死神が動く。
「わ、わりぃ! 俺ら帰るぜぇ!」
「なんか、ごめんね! またね、連覇!」
「え!? あ、うん! またね!」
この空気に死神は耐え切れずに杏を肩に担ぐと走り出した。杏は死神に抱えられ、連覇に手を振りながらその場を去って行った。
「あー……。桃もぉ、帰るね? キャハッ!」
「連覇も!」
「エリ、送っていく!」
次々に皆が別れの挨拶と共に手を振って逃げかえっていく。
「え……えっと! 今日はありがとうございました!」
「またね!?」
固まった朱夏と海馬は逃げかえっていく友人達に手を振ってとりあえず挨拶を済ませる。
「あー……なんつーのかな」
鷲一が言葉を選んで海馬に向く。
「な……なんだよ、鷲一まで」
「……ま、頑張れ」
鷲一はポンと海馬の肩に手を置いた。その視線はどこか同情の色が見え隠れしている。
「はぁぁぁぁ!?」
海馬はその目に不満を感じずにはいられなかった。
「あ、あの……その、皆さん誤解をしていると思うんです。海馬君は私とは付き合いませんよ?」
「え!?」
「なんで!?」
朱夏の一言に心琴を鷲一は驚きを隠せない。
朱夏は海馬を弁明しようとしているのだが、海馬はちょっと困った顔をした。
「朱、朱夏ちゃん? それ言うの……?」
「え、だって……」
言いにくそうにする朱夏と海馬に心琴も鷲一も首を傾げる。明らかに海馬の様子がおかしい。
「何々? どういう事なの? もうちょっとちゃんと言って欲しいんだけど……」
その様子に心琴は二人の変な感じに気が付いて話を促した。海馬は小さく息を吐いて二人に向き直ると観念したように口を開く。
「まぁ、鷲一と心琴ちゃんには話しておくべきだとは思うんだけど……」
「??」
「実は……その……僕、紗理奈と付き合ってる……って言うのかな?」
二人と目を合わせないまま海馬はそう言った。
「……はぁ!? え!? 嘘!?」
「え……だってお前?」
一瞬意味が分からないで心琴も鷲一も混乱する。二人からすれば海馬が好きなのは朱夏であって、前回の糸目の少女の話は事件が起こった日まで一度だって聞いたことがなかった。
「いや、付き合ってたまま紗理奈が行方不明になったんだ……もう2年も前の事だ」
「それ以来私たちは口を聞いていませんでした……その、七夕祭りの例の事件が起こるまでは」
朱夏も弁明するようにそう補足説明をする。
「紗理奈には新しい恋人がいるようだから気にし過ぎなのかもしれないけど……それ知ったのあの事件の日だし」
そこまで聞いて鷲一と心琴はようやく言葉の意味を理解する。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
鷲一はそれでも信じることが出来ずに驚きの声をあげた。朱夏の事を大事に思っている海馬しか見たことがなかったからだいぶショックが大きい。
「だ、だから!」
そんな鷲一の目を海馬はしっかりと見た。
「だから……明日、朱夏とあの日の事をちゃんと話しをしようと思ってるところなんだって」
今までの相談や朱夏に対する思いが嘘な訳ではない事を海馬は鷲一に知っていて欲しかった。
「……まぁ……二人の事だから俺らが口を出す事じゃねぇのは解ってるけどよ?」
それでも、鷲一は少し不満そうにそう言った。
心琴は素直に朱夏に笑っている。
「二人が納得する形、見つかればいいね!」
「ふふっ、鷲一さん、心琴ちゃん。どうもありがとうございます」
心の中では納得できずに鷲一は口をへの字口にして海馬に背を向けた。
「ちゃんと話付けて来いよ!」
振り向かないまま鷲一は大きな声で海馬に言うとそのまま帰っていった。
「あ! 鷲一待ってよ! 朱夏ちゃん、海馬さん! またね!」
「ええ。また今度遊びましょうね!」
心琴はそう言うと鷲一に駆け寄っていった。
「ああ。ありがとう」
夕日に赤く染まる鷲一の背中を見ながら、海馬はなんやかんや言いながらも見守ってくれる友人に感謝するのだった。