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第39章 お別れ

 ヒック……ヒック……


 心琴と桃の耳に泣き声が届いたのはその時だった。


「……え? 誰か泣いてる……?」


 心琴が辺りを見渡すとそこには人形を抱えたまましゃがみ込んで泣いている連覇が居た。

 エリはどうすることも出来ずに泣いている連覇の横で佇んでいる。


「……あ……」


 桃は連覇の人形を壊してしまった事を思い出した。

 心琴と桃はそっと連覇の後ろに近づいていく。


「あ、あのさ。連覇くぅん?」

「ヒック……グスッ……」

「カッチを壊しちゃってぇ……ごめんなさい……」

「グスッ……グスッ……」


 桃は泣きじゃくる連覇にそっと声をかけた。

 けれども、連覇は肩を震わせるばかりで何も言わずに泣き続けている。

 心底困った顔の桃はそれでも、連覇の傍で謝り続けた。


「どうしようもなかったって言ったら怒るよねぇ……。本当にごめんねぇ?」

「い……いいえっ……」


 けれども、謝罪に返答したのは連覇ではなくて、カッチだった。

 その声に連覇は涙でぐちゃぐちゃな顔を上げる。

 弱弱しいが、間違いなく暴走する前のカッチの声だった。


「悪いのは私です……あなたはお友達を守ろうとしただけ……」

「カッチ!? カッチ!!!」


 連覇は弱ったカッチにしがみついた。

 その拍子に連覇の涙がカッチの顔に零れ落ちる。

 連覇の涙がぽたりぽたりと顔にたまると、目の窪みに溜まり、目の絵の具が溶け出した。

 描かれた笑顔のまま、カッチはそっと黒い涙をこぼす。


「連覇さん……私はもう、ダメみたい……です」

「そんな!?」


 弱弱しい言葉のまま、カッチの顔には徐々にひびが入っていく。

 それは、カッチが望んでいた「終わり」の始まりだった。


「いやだよ!! カッチ!! お願い!! 壊れないで!!」

「……連覇さん。……こんな私と仲良くしてくれて……本当にありがとうございました。」


 優しい人形はゆっくりとゆっくりと朽ちていく。

 連覇はそんな陶器の人形を見て首を振り続けている。


「この声……!!」

「……朱夏の声?」


 抱きしめて喜んでいた紗理奈と海馬が顔を上げた。

 けれども、目の前には朱夏が居て、海馬と紗理奈は慌てて声がした方を向く。


「え? 私ですか?」


 自分の声だと言われて朱夏は驚いて後ろを振り向くと、そこには陶器の人形が連覇に抱えられている。

 朱夏はその人形に親近感を感じて近づいた。不思議な感覚だった。初めて見るはずなのに、朱夏はそれを何年も前から知っている気分になる。


「……あの……」


 壊れて動かなくなりつつあるその人形に朱夏がおずおずと声をかける。

 すると、壊れた人形はカタリと音を立てて朱夏を見る。


「ふふっ。はじめ……まして……本当の私……」

「え!?」


 カッチからは弱弱しい声が聞こえてくる。その言葉を聞いて朱夏は驚いた。


「こ、この人形はまさか……!?」


 紗理奈は不気味に動く人形を見て二歩下がった。

 けれども、カッチは黒い涙を流しながら紗理奈に向くとこう言った。


「紗理奈……あの時は……本当にごめんなさい」


 カッチのその一言で、3人は納得した。

 これが、あの時朱夏に成り代わっていた『偽物の朱夏』の正体だと。


「……あんただったの? 私と海馬ちゃんを騙していたのは!?」


 怒りの宿った冷たい声が人形に突き刺さる。


「ええ」


 人形からは短くて寂しい声だけが返ってきた。


「あの……どうしてそんな事をしたのですか?」


 朱夏がカッチに聞くと、カッチは静かに答えはじめる。



「私の任務は……紗理奈を……組織に取り込むことでした」

「っ……!?」


 マリオネットの記憶劇場の会話から推測はしていた。


「よくこの街に出入りしていたS-01があなたを見つけたのは偶々だったと伺っています」

「……偶々……」


 海馬はその一言に苦い顔をする。その偶々のせいで自分たちはすれ違い、引き裂かれた。

 マリオネットが居なかったら、このすれ違いは二度と解消されなかっただろう。


「そして、S-05によって作り出された私と紗理奈は当時【リグレット・ドールズ】の中でも群を抜いて強い人形として生まれてきたようでした」

「リグレット……ドールズですか?」

「S-05の能力だ」


 朱夏が聞き返すとキングがそっと補足説明をしてくれる。

 結局はこの事件も例の組織の寄って引き起こされたものに違いなかった。



「私たちの行動力は魂に宿る【後悔】。紗理奈と朱夏の後悔は他の人よりも強かったようです」

「……そんな……」


 紗理奈は朱夏と海馬を出し抜いたことを後悔し、朱夏は自分の気持ちをはっきりと伝えなかったことを後悔していた時期だった。お互いの後悔が強く引き出されてしまった結果、この悲劇が起こってしまった。


「力が強かったために私たちは当時容姿を本人そっくりに変化することが出来ていました。」

「それで……成り代わり作戦が決行されることになったのかい?」


 海馬は壊れ行く陶器の人形を睨みつけるように見ている。

 その気持ちが痛いほどわかってカッチは嘘偽りのない返事をした。


「ええ。そうです」

「っ!!お前のせいで!!朱夏と紗理奈がどれだけ苦しい思いをしたと思ってるんだ!!」


 こらえきれなくなって海馬が大声で怒りをぶちまけた。

 握りしめられた拳がわなわなと震える。

 その拳を振るわなかったのは、崩れ行く人形に対してのせめてもの情けだった。



「か、海馬お兄ちゃん! 待って!! カッチは……カッチは何回も海馬お兄ちゃんを心配してた!! それだけじゃない!紗理奈って人にも、朱夏お姉ちゃんにだって謝りたいって言ってた!! 早く後悔が途切れることを待ち続けてたんだ!! 本当はこんな事したくなかったはずだよ!?」

「なっ……!?」


 連覇の言葉が海馬に届くと、海馬は怒るに怒れなくなる。

 怒りのやり場に困り、海馬はそのまま黙ってうつむいてしまった。


 人形は再びカタリと音を立てて連覇をみる。


「…………連覇さん……本当にどこまでも、優しいですね」

「本当に優しいのは……カッチだよ……!!」


 本当に優しい声に連覇は涙が止まらない。

 崩れ行く人形に向かって連覇は叫び続けた。


「ねぇ、カッチ! また僕の家に遊びに来たいって言ってたじゃん!! 友達も紹介するって言ったじゃん! まだ……お別れしたくない!! したく……ないよぉ……ぐすっ」


 連覇の声はどんどんと弱くなる。

 腕の中にいる人形のヒビはもう、体中を駆け巡っていた。


 パキン……


 小さな音が鳴ったと思うと、カッチの顔が半分に割れた。

 終わりの時だ。


「……そろそろ……時間の……ようです……」

「!?」


 カッチから発せられる声はもう、途切れ途切れにしか聞こえてこない。

 連覇は涙で前が見えないままこの現実を拒否するかのように首を振った。


「連覇君……お母様によろしくお伝えください……。お洋服……嬉しかった」

「カッチ!? 嫌だよ! 逝かないで!!」


 カッチは最期の力を振り絞って、ぼろぼろの手を動かして連覇の涙をぬぐった。


「連覇君……私ね……、やっと……止まれそう……です。この時を……ずっと待っていました……」


 涙をぬぐわれて見えたカッチの顔はやはり笑顔だった。

 けれども、先ほどと違ってその顔と声色が一致していて、連覇は涙をこらえた。


「カッチ……これで良かったんだよね?」


 無理やり作った笑顔はぐしゃぐしゃだった。

 けれども、連覇の表情を見て、カッチは安心したような声を出す。


「はい……これで……私も……紗理奈や他のリグレットドールズの元へ行けます……」

「……うん!!」


 カタリと首が連覇への視線を保っていられずに傾くと、朱夏はカッチと目が合った。

 朱夏はなんて言ったらいいか迷ってその場に立ち尽くす。

 すると、カッチはそんな戸惑っている朱夏に声をかけた。


「……ごめんなさい……本物の私……」

「え!?」


 謝られて朱夏はどう反応したらいいのか分からない。

 ただただ、崩れ行く人形を見つめている。

 すると、人形からは思ってもみない言葉が贈られてきた。



「今度こそ……。心の底から……笑って……ください……ね……。私……」



 まさか、人形にそんな言葉を掛けられると思っていなかった朱夏は、急激に心がざわついた。

 誰にも言っていなかった自責の念やら悲しみやらをこの人形だけが受け止めてくれていた気がして、朱夏は一歩前へ出た。


「カッチ……さん……」

「……今まで……あなたを……苦しめていて……ごめんなさい……」

「そんな……! 本当に悪いのは貴女に悪事を命令したS-04です! あなたは悪くありません!!」


 朱夏がそう言うと、カッチは何も言葉を返してこない。

 いよいよ、言葉を発せなくなったのだ。

 その様子に朱夏の心に熱いものが込み上げた。


「カッチさん!! ……私、ちゃんと前を向いて頑張ります!! だからどうか……」


 朱夏の目からは不思議と涙が流れ落ちる。


「安心して眠ってください……」


 その一言に、カッチは一度だけカタリという音を響かせて頷いた。

 そして、それを最後に、連覇の手の中で粉々に砕けてなくなっていく。


「カッチ……カッチ!!!! うわああああああああああん!!!」


 連覇は最後の最後に残った服を握りしめて大声で泣いた。

 連覇の泣き声は秋の冷たい風に吹かれながら夜を駆け抜けていく。

 少し欠けた満月がそこにいる全員をほのかに照らすばかりだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] カッチーーーーー(´;ω;`)ウッ… 本当に一言でごめんなさい
2020/12/08 17:01 退会済み
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