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第3章 団欒

 連覇が来て、メンバーが全員揃うと焼肉パーティーは本格的に賑わった。次々とお肉はこんがりと焼かれ、それぞれの胃袋へと治まっていく。それは平和なひと時だった。


 お肉を取り囲みながらメンバーたちは各々会話を楽しんでいる。


 ◇


 小学生3人組の連覇、杏、エリは仲良く並んで椅子に座りながら喋っていた。


「ねぇねぇ! 北海道ってどんな感じなの?」


 旅行から帰ってきたばかりの連覇に杏が尋ねると、連覇は思い出話を始めた。


「とっても楽しい所だよ! 海にも行ったし、山にも行ったんだ!」


 連覇が楽しそうにそう話すとエリは連覇の服の端を引っ張る。


「エリ、とっても寂しかった! 連覇は?」

「連覇は寂しくは無かったかな? 北海道でも友達ができたし!」

「え!? ……そ、そう」


 エリはその言葉に衝撃を受けた。連覇は自分の知らないところで自分以外の友達を作っていた。もちろん連覇には悪気は無いが、エリは寂しく感じているのが自分だけなんだと悲しくなりしょんぼりと俯いた。


「……どうかしたの、エリ?」


 鈍感な連覇はエリが俯いてしまった理由が解らない。

 杏はそんなエリの寂しそうな顔に気がつくと、エリに合わせるように寂しそうな表情をして連覇にこう言った。


「そっかぁ。連覇はウチらが居なくても平気なんだね……」


 寂しそうな表情のエリと杏に連覇は慌てて首を横に振った。


「違うよ!? そういう意味じゃないよ!? ……だって、杏もエリも大事な友達だもん! それは変わらないよ?!」

「だ、そうだよ?」


 ついこの間まで恋敵のような存在だった杏はエリを見てウインクした。エリは連覇の言葉と杏の様子に笑顔を取り戻す。


「……うん! エリ、連覇と杏、大事!」

「ウチもだよ!」

「連覇だって!」


 3人は久しぶりの再会に友情を確かめ合った。

 すると連覇はいつもの調子に戻って二人を交互に見る。


「ねぇねぇ! 今度さ、山の中に遊びに行こうよ! 虫取りしたい!」

「うん!」

「良いね! 行きたい!!」


 エリも杏も連覇の提案に即座に返事をした。


「じゃぁさ、明日行こうよ! 明日!」

「良いよ。明日、山、行く!」


 明日は夏休み最後の日。連覇は二人と時間を共に過ごしたかった。

 その気持ちはエリも変わらないようで直ぐにオッケーを出す。

 けれども、杏は困った顔で断った。というか、断らざるを得なかった。


「明日……明日は無理かも! ごめん、特売日なんだ!」


 杏は現在、商店街の中華屋さんで住ませてもらう代わりにお手伝いをしている身だ。特売日はお客さんがたくさん来るため、遊びに行くのは難しい。


「そっかぁ……なら別の日に行けばいいよ。いつでも会えるんだから!」

「あはは、連覇は相変わらず優しいね!」


 杏と連覇は顔を見合わせて仲睦まじげに笑うのだった。


 ◇



 肉が徐々に減ってきた頃、海馬は奥の椅子へと移動していた。

 まだ癒えてない両手足の傷が痛み始めて、立っているのが辛くなってきたのは誰にも言わない。

 けれども、海馬がそっと移動したのを見ていた男が一人いた。


「よぉ、海馬?」


 鷲一は飲み物を片手に海馬に近づき声をかける。


「なんだい?」


 海馬は中心から一番離れたのイスに座っていたにもかかわらず鷲一はまっすぐに海馬の所へ来た。少しだけ不審に思った海馬が鷲一をみると今日は喧嘩する事もなく何処となく穏やか感じがする。


「ちょっと、隣に座っても良いか?」

「どーぞ」


 そう言うと鷲一は海馬の隣に腰をかけた。

 正面には仲間達が和気藹々と団欒を楽しんでいる。


「良い光景だな」

「……うん」


 前回こそ流石に諦めかけたこの光景を並んでぼんやりと眺めた。そこには2人が大切に思っている心琴と朱夏が楽しそうに談笑している。


「2人が無事で本当に良かったな」

「そうだね」


 男達は穏やかに女の子達を見守る。


 心琴に注入されたパラサイトは魂と身体の線を切断した事で体外へ這い出てきた。おかげでパラサイトから解放されて心琴は一般人に戻る事ができている。後遺症があるとすれば、その名残で今は髪の一部がオレンジ色な事くらいだった。


 朱夏もまた、海馬に噛み殺される運命から生き延びた。朱夏の決死の呼びかけに海馬は魂を揺さぶられ、狼は朱夏を喰い殺すのを留まったのだ。朱夏はキングにより左腕にこそ大きな怪我を負ったが、命に別状がないと言うだけでかなり奮闘した方だった。


 何もしなければ今頃、ここのメンバーが全滅していたと思うと、これほど尊い景色は無い。しばらくそうして時を過ごした後、海馬は静かに口を開いた。


「鷲一。足は大丈夫かい?」


 海馬は正面を向いたまま鷲一に話しかけた。鷲一はその言葉に自分の足を見る。


「ちょっと長さが足りなくて歩きにくいかな?」

「そう言う問題かよ」


 鷲一が肩を竦めて見せると、海馬は半笑いで返す。

 事件の日、キングは執拗に鷲一を組織への勧誘を続けていた。しかし、劣勢になったキングは逃げるために鷲一の足を食いちぎると、『鷲一を死なせるな』と紗理奈に命令した。その結果、どう言う原理か全く分からないが、紗理奈のパラサイトにより引きちぎられた足の断面からにょきにょきと別の足が生えてきたのだった。ズボンに隠れて見えない鷲一の足は今、紗理奈の遺伝子が組み込まれた女性の足だ。


「また、来るって事だよな。キングと紗理奈って奴」


 鷲一は真面目な顔をしながら遠くを見つめたままだ。海馬は眉を顰めた。紗理奈がわざわざ鷲一の足を自分の足にしたのには訳がありそうだった。


「別れ際に、場所が分かるって言ってたからね。来るつもりだろうね」

「……参ったな」


 鷲一の目にいるのは大好きな彼女だ。心琴は朱夏と楽しそうに話し込んでいる。海馬は鷲一が何を考えているのかよく分かった。鷲一は組織の狙いが自分であることを知ってしまった。心琴がパラサイトを注入されたのは鷲一と間違ったからであって、本当は囚われるも鷲一のはずだった。


「もう、巻き込みたくねぇんだよ」


 静かに海馬に向かって鷲一は不安を声に漏らした。鷲一がそっと海馬に近づいてきたの抱えきれなくなった不安を相談したかったからに違いない。そんな鷲一の心境を察して海馬は一瞬目を見開いたが、すぐに穏やかに笑った。


「……僕さ? ……この事件で狼にされた。しかも、あの時点では朱夏を食い殺す未来まで確定していたんだ」

「……?」


 突然自分の話をし始める海馬は優しい表情をしている。そんな海馬を鷲一は不思議そうな目で見た。


「夢を見た後に朱夏と死神に、殺してくれって頼んだよ。自分が朱夏を殺すくらいなら死んだほうがマシだって思って」

「なっ!?」


 海馬はあの時本気だった。けれども、朱夏も死神もそれを拒否した。


「でも、断られた」

「……だろうな」


 鷲一は自分がそう言われても断っただろうと思いつつ海馬がよっぽど思い詰めていた事を知る。海馬は口をへの字に曲げた顔の鷲一をチラッとだけ横目で見て再び話し始める。


「……その時、死神に言われたよ。死ぬことは最後の最後に考えろって。死んでいなくなれば大切な人を守れる人が居なくなる。杏ちゃんを必死に守ってきた死神に言われちゃ僕も折れるしかなくてさ」


 海馬の脳裏には未だに鋭く光る死神の目の赤が焼き付いたままだった。ここまで話をして海馬は鷲一の方を振り向いた。鷲一は真剣に海馬の話を聞いている。


「そして、僕は結局、運命の通りに狼にされた。……けど、そのまま生きている。鷲一。なんでだと思う?」

「なんで……?」


 鷲一は目をぱちくりさせたまま、突然された質問におうむ返しで聞き返した。


「狼にされ、自我を失っていた僕は、今回の事件では殆ど運命の流れに身を委ねるしかなかった。けれども、今朱夏はここに居て笑っているよね」

「……ああ」


 海馬がこんなに穏やかに笑うのを鷲一は見たことがなかった。心から落ち着いた優しい目の先には自分がいる。


「それは、鷲一、お前が居たからだ。大学に潜入して、怪我をして、最後は足を引きちぎられて……それでも僕達を助けてくれた。心から感謝するよ。ありがとう」


 海馬は鷲一に深々と頭を下げた。


「……え……!?」


 礼を言われて鷲一は驚いた。海馬とはもう2カ月ほど事あるごとに共に過ごしているが、こんなに素直に礼を言っている姿なんて見たことがない。


「……熱でも出たか?」

「おい! ぶん殴るよ!?」


 心からお礼を言って、返ってくる反応がコレで海馬は思わず突っ込んだ。けれども、鷲一はそんな海馬を笑っている。


「冗談だって! ……こっちこそ、ありがとうな。あの時、お前が戦ってくれなかったらきっとキングに誰一人敵わなかった」


 今度は鷲一が海馬に礼を言った。けれども、そう言われて今度は海馬が鳥肌を立てる。


「あ……。……素直にお礼なんて言われると、存外気持ち悪いんだね」

「おい!」

「……プッ……!!」

「あはは!!」


 いつも売り言葉と買い言葉で会話が成り立っている男たちはそう言うと、お互いの顔をみて心から笑った。


「まぁ、なんだ。つまり、僕には鷲一がいて、朱夏が居た。もちろん、心琴ちゃん、エリや三上。死神たちだって。……仲間が居てくれた。何とかしようと藻掻いてくれて、それで僕は今ここに居れる訳なんだ。きっと、紗理奈たちはまた来るだろうけど、鷲一は一人じゃない。何とかなるって!」


 海馬は再び正面を向いた。そこには相変わらず団欒を楽しむ仲間たちの姿があった。


「……ああ。そうだな」


 気が付くと、鷲一の顔にも穏やかな笑顔が戻っている。

 そこには先ほどの抱えきれなくなった不安はみじんも残っていなかった。


 ◇


「はぁー! お腹いっぱいだね!」


 心琴は幸せいっぱいの笑顔でお腹を摩った。

 焼き肉パーティーも終盤を迎えていて、肉はほとんど無くなった。


「えぇ! 私達の分まで用意しておいてくれた三上に感謝ですね」


 朱夏はメイド達と共にせっせと後片付けをしている三上に微笑みかける。


「流石に注文し過ぎたと思いましたが、まさか、全てのお肉を召し上がるとは思いませんでした」


 三上は心琴の伝言により、沢山のお肉と用意するよう言われた。精肉工場に直談判して50kgもの肉を注文した。どれだけの犬がいるか分からず、頼める最大限の数値がそれだったからだ。バンに詰め込めるだけ詰め込んだが、それでも余っただけだなんて今更言えないなと三上は苦笑いする。


「そう言えば、三上? パラサイトの研究は出来そうですか?」


 朱夏が真面目な顔で三上に聞いた。前回の事件では心琴に緑色の生物であるパラサイトが注入された。心琴から這い出てきたパラサイトは鷲一と桃が捕まえ、瓶に入れて持ち帰った。


「ええ。心琴様から出たパラサイトは屋敷の地下に厳重に保管しております。手が空き次第研究に入らせていただきます」


 三上は以前自身の祖父の三上博士と共にパラサイトの研究をしていたことがある。朱夏家でボディーガードとして働く前は、組織で働く研究員の一員だった。


「ねぇ、三上? パラサイトを使って何をするの?」


 心琴が三上に聞くと、三上は真剣な顔でエリを見る。


「エリ様達、組織の”D”と呼ばれた被検体は、パラサイト本体ではなく、組織のボスから抽出した細胞を体内に入れる事で能力を発現させているのはご存知でしょうか?」

「う、うん。エリちゃんだけじゃなくて死神君、杏ちゃん、桃もだよね?」


 味方にいるだけでも4人。さらに言うと敵の組織にはまだたくさんの”D”が存在する。パラサイト全体を体に入れて能力を発現させる”S”とは違い、細胞の注入だけで能力を発現できる方法として組織で確立された技術だった。ただし、子供にしか能力は発現せず”D”と呼ばれる被検体は皆未成年だ。


「それらの”D”達を……普通の人間に戻したい」


「……え……?」


 朱夏は驚いて三上の顔をみた。その表情はとても真剣で、嘘を言っているようには見えなかった。


「組織の手で日常を奪われた人々を……元に戻してあげたいのです」


 三上は片付けの手を止めて朱夏を見つめた。朱夏は初めて聞く三上の決意に驚きを隠せなかった。


「……三上……。そんな事を考えていたのですね?」

「罪滅ぼし……かもしれません。私なんかの研究で実現出来るかどうかは、これから次第ですが……」


 そう言って困ったような顔をする三上の手を心琴は勢いよく掴んだ。


「三上、すごい!! 私、応援するよ! それはきっと三上にしかできない事だし、何か手伝えることがあったら言って欲しいな!」


 飛び切りの明るい笑顔に三上は眩しささえ感じる。三上は【脱線事故事件】でここに居る人々を殺そうとしていた過去がある。それなのに、心琴は屈託のない笑みで三上の手を握りしめている。


「あ……ありがとうございます!!」


 真っすぐに応援してくれた心琴に三上は驚きを隠せないまま礼を言う。


「私、今の話、鷲一と海馬さんに言って来る!」


 そう言うと、心琴ははしゃぎながら奥の椅子へと駆けて行く。

 三上と朱夏はその背中を目を細めて眺める。


「ふふっ、三上も心琴ちゃんの笑顔には敵わないですね?」

「ええ。天性の明るさを感じます。心琴さんの笑顔には救われますね」


 未だに手に残る心琴の温かい手のぬくもりに戸惑いながらも、三上は思わずほほ笑んだ。

 お団子頭の女の子は今日も知らず知らずの内に皆の心を明るく照らして回るのだった。

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