第37章 約束
海馬と朱夏が紗理奈たちを引っ張り上げられずに3分程が経過していた。
「海馬君……!! もっと引っ張って!!!」
「引っ張ってるよ!!」
朱夏は先日の人類犬化事件で左手に大きな傷を、そして、海馬も紗理奈に両手足をその爪で貫通されている。
紗理奈は能力を使い果たしていて、キングも海馬に負わされた背中の傷が治っていない。さらに言うと、キングも紗理奈も高身長で体重がそれなりにある。朱夏と海馬の握力は徐々に弱まり二人は崩れた壁の縁に逆に引っ張られ始めていた。
「うーっ!!!」
「が、頑張るんだ朱夏!! このままじゃ……4人とも落ちる!」
額に汗を滲ませながら二人が懸命に紗理奈の手を引っ張る。
「紗理奈、我の手錠を離せ! 2階程度だ、我なら死ぬことは無いだろう!」
「いやっしょ!! ……朱夏と海馬ちゃんが、手を離しなよ!!」
「絶対に手は離しません!!」
「……今度は助けるって決めたんだ!!」
4人はそれぞれがそぞれの事をおもんばかって声をかけるが状況は悪化する一方だった。
すると、下の方から三上の声が響いてくる。
「もう少しだけ耐えててください!! 今、旦那様のエアーベッドを膨らませています! クッションになるはずです!」
三上は空気ポンプを延長コードで室内と繋げながらそう叫んだ。
ウィーンという音と共にエアーベッドに空気が入っていく音が聞こえてきて、海馬は安堵する。
「三上!! た……助かった!」
「あと……少しの辛抱です!! 頑張りましょう!」
「ああ!!」
三上の機転に海馬と朱夏は安心した。
「……」
その仲の良さげな様子に紗理奈は少しだけ目を伏せた。
自分の手にはキングの手錠があり、キングは心配そうに紗理奈を見ている。
「ねぇ……キング?」
「……?どうした、紗理奈」
突然話しかけられて、キングは首を傾げた。
「大好き」
「……我もだ」
二人はそう言うと見つめ合ってほほ笑んだのだった。
その時、突然それは現れた。
バサバサバサッという羽音と共に目の前に見慣れない白いハトが飛んできた。
「なんだ……? まるでマジックショーの時の鳩みたいだ……」
海馬が不思議そうにその鳩を眺めると、紗理奈もキングも青ざめた。
「その鳩は……!! ヤ、ヤバッ!!!」
「え!? どうしたの紗理奈?」
「S-05の使役している鳩……!! どうしようっ!! 組織にうちらが馴れ合っているのに感づかれたら……!!」
「……消されるな……」
普段の二人ならその鳩を捕まえて焼いて食べる事だってできただろうが、紗理奈もキングも今は動くことが出来ず、ただただその鳩を眺めた。
「クルックー!」
鳩は一鳴きすると、悠々とどこかへ飛んで行ってしまう。その後ろ姿を4人は呆然と眺めた。
「あーぁ……」
「まずいぞ、紗理奈……」
諦めに近い声が二人から漏れ出た。
「……もしかして、これって」
海馬も朱夏も何が起きたのか薄々感づいた。S-05がどんな敵かは解らないが、明らかに偵察されていた。
困った顔でうなだれる紗理奈とキングはため息交じりに説明をしてくれる。
「組織から命を狙われる立場になったという事だ。さぁ……どうする? 紗理奈?」
「あー……なんていうか……もういっそのこと二人でどこかに逃げちゃう?」
紗理奈がキングにそう言うと、キングはため息をつく。
「紗理奈。お前だけでも逃げろ。……我は戻る」
「な、なんでっしょ!?」
「我はお前とは違うんだ。Sは魂をボスに掌握されていると言っても過言ではない。今泣いて許しを請えば命だけは助けてくれるかもしれぬ」
キングはこの先待ち受けるだろう拷問のような日々を覚悟しているようだった。
「……なら、パラサイトを体から出しちゃえばいいじゃん」
海馬がさらっとそう言った。
「……は?」
「……そんなことできる訳がないだろ」
紗理奈もキングも呆れた顔で言い返す。
けれども、実際それが可能なのがここに居るメンツの強みだった。
「出来るんだなぁ、それが!」
海馬が誇らしげにそう言うと、キングも紗理奈も目を見開いた。
「なんだって!? どうやるんだ!?」
「教えて欲しいっしょ!! キングの命がかかってるっしょ!」
二人が食いつき気味でそう言うと海馬は気分を良くする。
「それはね……?」
「海馬君!!! ちょっと待ってください!」
気分よく話をしようとする海馬を朱夏は止めた。
「え? ど、どうしてだい、朱夏!?」
「海馬君は紗理奈たちを信じすぎです。昨日命を狙われたばっかりですよ!?」
朱夏に言われて海馬は口を閉じる。全くの正論に海馬は少しだけ反省した。
「朱夏っち……仲直りできたと思ってたのに……」
紗理奈が寂しそうな顔をするが朱夏はそんな紗理奈に困った顔で笑って見せる。
「まぁまぁ。紗理奈? 何も教えないとは言っていませんよ? でも、まずは約束をしてもらわなくてはいけません」
「約束……? 貴様……我をどうする気だ?」
キングは身構えてそう言った。組織に戻っても拷問の日々が待っている彼にとってはその約束の内容によっては人生を左右する。
「まず、情報を聞かせていただく事。包み隠さずです。特に紗理奈の情報はきっと三上の役に立つはずです」
「わ、分かったっしょ……」
取引というに相応しい言葉に紗理奈は口をとがらせて承諾した。
「情報には情報か……。解った。我も幹部の身だ。少し位は役に立てると約束しよう」
キングは組織を裏切ることに抵抗はない。早々にそれを飲み込んだ。
「それともう1つ……!」
「むぅ……なんだ。まだあるのか」
キングが不満そうな声を漏らす。
それでも朱夏は、がっしりと紗理奈の手を強く握ってこう言った。
「改めて言わせてください。キング、そして……紗理奈? ……もう一度、私達と友達になってください」
「……朱夏っち!! あはは!! もちろんっしょ!」
その言葉に紗理奈はすぐに笑顔になった。もちろん朱夏もそれに笑顔で応える。
「ふふっ! キングはどうですか?」
「むぅ……」
キングはあいまいな約束に困惑しているようだ。
「朱夏……そんなんでいいの? もっといろいろあると思うんだけど。例えばキングは強いからさ、襲われたときに僕らを守ってーとか」
海馬は朱夏の言葉を聞いてそう言った。
「良いんです。別に私たちは主君と家来の関係じゃありませんから! 助けたいと思ってもらえれば助けてもらえるでしょうし、見捨てたいと思われる人間なら見捨てられるのです」
朱夏は凛として笑って見せる。その言葉に海馬はため息をついてチラリとキングを見るとキングは海馬を鼻で笑った。
「……その論理だと、僕は真っ先に見捨てられそうなんだけど」
「それは……海馬君の人柄と言う事で」
「ひ、ひどくない!?」
笑顔でそんな事を言って来る朱夏に海馬は情けない声を出す。
「ふふっ、もちろん冗談ですよ! 大丈夫です。キングならきっと助けてくれますよ! ね? キング?」
「むぅ……まぁ、気が向けばな」
朱夏がキングに笑いかけると、キングはそう言われて低い声で唸った。
「……朱夏にはキングでさえ敵わないんだなぁ」
海馬は朱夏のそう言うところは真似できないと切に思うのだった。
「お待たせしました!! エアーベッドの準備完了です!!」
そうこうしているうちにしたから三上の声が響いた。
その声を待っていた海馬と朱夏はお互い顔を見合わせて頷いた。
二人はびっしょりと額に汗をかいているが、その表情は明るい。
「紗理奈、せーので、手を離すよ!」
「了解っしょ!」
海馬がそう言うと、紗理奈も軽く頷く。
「せーのっ!!」
そう言うと、海馬と朱夏は紗理奈の手を離した。
紗理奈は下へ落ちていく。
キングと共に落ちていく。
今度は崖の下や木の枝なんかではなく。
安全な白いエアークッションが待ち受けているだろう。
「今度こそ、紗理奈を……」
「ええ。二人で守れましたね」
背後には崩れた屋根の梁で扉が塞がっている。
海馬はそっと朱夏の手を握った。
「僕らも、行こうっか」
「ふふっ。ええ」
三上が紗理奈とキングをベッドからどかしたのを見て海馬と朱夏は前を見た。
飛んできていいよと言うように三上が手を振っている。
「また、せーので行こう?」
「ええ」
二人の繋いだ手に力が入った。
「「せーのっ!」」
そう言うと、二人は同時に空高く、星空が綺麗な夜空に向かってジャンプするのだった。