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第36章 根底にあった物

 朱夏の部屋は降りかざされた拳によって半壊した。

 大きな木の針が天井から崩れてきて、心琴と三上、連覇と連覇に手を引かれたエリは廊下へと避難した。


「海馬さん!! 朱夏ちゃん!!」


 心琴は部屋の中に取り残された二人の無事が確認できずに叫ぶ。

 けれども心琴の声に応待する海馬の声がすぐに響く。

 海馬は崩れ落ちてくる木の破片から朱夏を守るように抱きかかえたまま心琴に叫ぶ。


「大丈夫!! 僕と朱夏は……でも……キングと紗理奈が……!!」


 抉られた窓際には、紗理奈とキングの姿は無かった。


「さ……紗理奈? ……キング!! おい! ……まじかよ……」


 海馬はあぜんとした。あれだけ強大な敵だった紗理奈とキングが一瞬でそこに居なくなっている。

 そして、外壁が崩れ去ると部屋から外が一望できた。

 部屋のすぐ外には罪悪感の塊が不気味にこちらを見据えている。


「ぐあおああああああああああああああああああああああ!!!!」


 罪悪感が叫ぶ。


「いやああああああああああああああああ!!!!!」


 朱夏が悲鳴を上げた。

 罪悪感が増せば増すほど、その力は強大となっていく。

 ものすごい咆哮が目の前で響き、耳をつんざく。


「いやっ!!! いやああ!」

「……!!」


 朱夏は半狂乱となり海馬の腕から抜け出すと、あろうことか、先ほど紗理奈が居た窓辺へと駆け寄った。そこに壁などない。目の前には罪悪感。

 

 けれども、それでも朱夏が走り寄ったそこには……手が見えた。

 海馬もその手に気が付いて、朱夏の後に続き、窓辺の方へ駆けていく。


「こ……こっちにきちゃ……ダメっしょ……」


 それは、壊れた朱夏の部屋の床にしがみつく紗理奈の手だった。

 海馬は一瞬躊躇しそうになる。

 紗理奈が崖に落ちたあの日の再来だった。


 けれども、海馬はもう、あんな思いをするのは嫌だった。

 声の限り叫ぶ。


「朱夏……!! こんどこそ……今度こそ、紗理奈を助けるぞ!!!」


 海馬は朱夏の手を引いて窓辺へと急いだ。


「あ……。海馬君……?」


 朱夏は手を引かれて驚いた。そして、スピードの上がった二人は紗理奈の元に到着してすぐにしゃがみ込む。しゃがみ込んで下を覗いてみると、紗理奈はもう片方の手でキングの手錠を持っていた。二人分の体重を支え、紗理奈は今にも手を離してしまいそうだった。


「朱夏!! 紗理奈の手首だ。手首をもって引き上げるぞ!!! 急いで!!」

「……はい!!!」


 さらに言うと罪悪感は今度は朱夏達を直接狙って手を振りかざし始めている。部屋を突き破るほどの衝撃が来る前に紗理奈とキングを引き上げて逃げる必要がどうしてもあった。


「せーのっ!!!」

「ええええい!!!」


 海馬と朱夏は声を合わせてキングと紗理奈を引っ張ろうとするが、先日、紗理奈に手足を貫通された怪我が塞がっていない自称インドア派と左手に大きなギブスをしている超お嬢様の二人は非力だった。紗理奈に続いてキングもぶら下がっているため中々思い通りに引っ張り上げられない。その間にも罪悪感の手はどんどんと上方に向かっていく。


「い……いてぇっ!! でも……そんなこと言ってる場合じゃないよね!!」


 海馬は半分涙目で紗理奈の手首を引っ張る。


「んー!!!」


 朱夏も片手で紗理奈を引っ張ろと足を踏ん張っている。

 そんな二人を見てキングが叫ぶ。


「紗理奈!! 我を離せ!! 重いのは我だ!」

「それだけは……お断りっしょ!!」


 4人の背後では落ちてきた天井の梁を何とかよけようと三上と心琴が悪戦苦闘している。


「海馬さん!! 朱夏ちゃん!! 危ない!! 攻撃が来ちゃうよ!!」


 心琴は屋根の木くずの隙間から海馬と朱夏に叫んだ。


「早く!! 早く逃げてください!!」


 三上も小さな木から避けながらそう言った。けれども、思いっきり崩れてしまっている屋根部分はそう簡単には通してくれそうもない。


「朱夏!! がんばれ!!」

「海馬お兄ちゃんも!! 早くはやくっ!!」


 エリと連覇は声の限り朱夏と海馬を応援した。

 後ろがやんややんや言っている間も海馬と朱夏は懸命に紗理奈を引き上げようと精一杯の綱引きをしている。その額には汗がにじみ始めていた。


「……朱夏っち!! 聞いて!!」


 そんななか、紗理奈が口を開く。


「な、なんですか、こんな時に!!」


 朱夏が汗を滲ませながら紗理奈に聞くと、紗理奈は朱夏の目を見てこう言った。


「私……謝らなきゃいけない事があるっしょ!!」

「……え?」


 紗理奈に謝らなきゃいけない事ならたくさんあるが、朱夏には謝られなきゃいけない事は思いつかない。目を丸くして紗理奈の顔を見た。


「なんですか? 謝らなきゃいけないのは私の方で……」

「いいから聞くっしょ!!!」


 朱夏は紗理奈の真剣な様子に困惑しながらも頷いた。



「私、朱夏に蹴落とされたりしてないから!! そして、地割れを起こしたのは朱夏っちじゃなかった!!」

「え? ど、どういう意味……ですか!?」


 劇を見ていない朱夏は何の話をしているのか、紗理奈の言っている意味が分からなかった。


「もう!! だから!!! ……あの日の事だよ!」

「あの日……え!? あの日!? 私が……紗理奈に詰め寄られて……柵が壊れて……崖底にあなたを……蹴落としてしまった……」


 そこまで自分で口にして朱夏は泣きだしそうな顔をした。





「もう一回言うよ? よく聞いて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」




 強く紗理奈はそう言った。

 そして、朱夏はようやく紗理奈の言っている言葉の意味が見えてくる。




「朱夏っちが蹴落としたそれは……私の【偽物】……【陶器の人形】っしょ!!」

「へ……?」




 紗理奈の言葉が朱夏に届いた。




 初めて聞く【偽物】という単語の意味を、【陶器の人形】の意味を、瞬時に考える。そして、その二つのキーワードは朱夏の腹の底に落ちていく。


「そうです……私……あの日の夢を見たんです。そこで感じた違和感……」


 朱夏は独り言のようにポツリと言った。



「人間は衝撃で『ひび割れたり』しませんよね……」



 なんとなく夢だから誇張表現が使われていたのではないかと思っていた。

 けれども、朱夏の記憶の中でも、突き落とされて木に突き刺さった紗理奈の顔にひびが入ったように見えたのだ。


 それは朱夏の記憶違いではなかった。


「……だから、朱夏っちは……何にも悪くない!! 罪悪感を感じる必要なんてこれっぽっちもない!! むしろ、私の偽物を倒してくれたっしょ!」

「……そ……そうなんですか?」

「私の偽物は朱夏を殺して成り代わる作戦を企てていた……『パラサイト』だったっしょ!」


 紗理奈は劇で聞いたあの声の主に覚えがありすぎた。

 今朝、鷲一の足を受け取ってボスに届けたあの男の声で間違いない。



「嘘……。紗理奈だって私を許さないって言ってたじゃないですか……」



 朱夏は自分の記憶と紗理奈の発言の正誤性に疑問を抱いた。けれども、それは海馬が解消してくれた。


「朱夏の偽物もいたのさ。紗理奈は、その偽物に崖下へ突き落とされていたんだ」

「わ、私の偽物……!?」


 それを聞いて朱夏は驚いた。朱夏の心は徐々に軽くなる。そして、朱夏の心が軽くなるにつれて罪悪感の動きは遅くなっていく。けれども振りかざされたその大きな手はあと少しで4人に到達しそうだった。


「や……やばいぞ!! 来る!!」


 海馬の声に紗理奈はチラッとだけ上を向いて、再び朱夏を見つめると口を開く。


「記憶劇場で、マリオネットが教えてくれた!! あの劇は私たちのすれ違って憎み合った記憶を解消するために行われていたんだ。だから……」


 黒い手が4人に到達しそうになったその時……紗理奈は朱夏を見つめて大声で叫んだ。




「だから、朱夏っち……! ごめんなさい!!貴女は私の大事な……」





「友達っしょ!!」




 紗理奈が朱夏の目を見て、そして朱夏も紗理奈の目を見ている。

 二人の少女は2年の歳月を経て、ようやく真相にたどり着いたのだった。


 その瞬間……朱夏の心にあった巨大な罪悪感は急に崩壊を始めた。

 巨大な手は4人を巻き込む直前で停止したのだった。


「そ……そう……なんですか? それは……本当なの? 海馬くん?」

「ああ。後で詳細はゆっくり話す。けど……僕もあの時、偽物の朱夏を朱夏だと思っていたんだ。酷い言葉を浴びせてしまった。本当にごめん」


 海馬も朱夏に謝ると朱夏の目からボロボロと涙が零れ落ちる。


「わ……わた…私……」


 大きな黒い罪悪感の塊は徐々にぼろぼろと崩れていく。

 心の奥底でずっとうずいていたその想いは2年の時を経て朱夏の口から二人に向かって告げられる。


「ずっとずっと……海馬君と紗理奈が付き合い始めて……二人の邪魔にならないようにしていたのに……急に紗理奈に襲われて……海馬君にも責められて……。だから私はずっと後悔していました」


 朱夏は紗理奈の手を引きながらボロボロと泣いている。





「なんで、私は生まれてきたんだろうって……。私なんて存在しなければ、海馬君も紗理奈も幸せになれたのにって……!!」


「……!!!」




 海馬は初めて聞く朱夏の本心に胸が痛んだ。

 朱夏はあの日の出来事をきっかけに【生まれてきたこと】を後悔してしまっていた。


「朱夏、そんな事を思っていたのか……」

「……朱夏っち……」


 零れ行く朱夏の涙と比例するように黒い罪悪感は小さくなっていく。

 今まで心の中にたまりにたまった罪の意識が仲直りによって溶け出していく。

 溶けだしていく罪悪感は夜の風に風化するように崩れていった。


 罪悪感の塊はもうすでに二階部分よりも小さくなっていた。その様子を見て、連覇は外に駆けだす。


「カッチ……!!」

「あ、連覇!?」


 エリが驚いた声を上げ連覇について走った。


「……あ!! 桃が!! きっと下の方に取り込まれてる!! 行かなきゃ!」


 心琴も桃の安否を確認するために外へと駆けていく。


「あ!? ちょっと!? 心琴さん!?」


 三上一人ではこの巨大な梁を動かすことは不可能そうだ。


「こちらからいけないのであれば!!」


 三上は作戦を取りやめて心琴達を追いかけるのだった。


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