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第31章 紗理奈の気持ち

「謝らなくちゃ……紗理奈にも、朱夏にも……」


 紗理奈は悔しがる海馬を静かに見守っていた。

 マリオネットに口を封じられた後も意識だけはここにある。今の演目もしっかりと聞いていた。


(謝らなきゃいけないのは、私の方だよ海馬ちゃん)


 紗里奈は当時の自分を振り返ってひっそりとそう感じていた。


 ◇◇


 海馬に告白をする一週間前の事。紗理奈は自室で悩んでいた。


「中学最後だし、思い残す事は嫌っしょ……」


 紗理奈は海馬への想いを募らせていたのだ。けれども、紗理奈は薄々感づいている事があった。


「でも、海馬ちゃんは朱夏っちを、朱夏っちは海馬ちゃんが大好き。明らかに邪魔なのは自分っしょ」


 紗理奈は3人が写る写真を見てため息をつく。

 それに、紗理奈にはもう一つ懸念があった。


「朱夏っちと友達じゃなくなるのも嫌っしょ……」


 そこで、思いついた。今思うと、若気の至り、悪魔の思い付き、この状況を生んだすべての現況だった。




「そうだ! 朱夏っちに海馬ちゃんを()()()()()()()()良いんだ!!」




 そうして、紗理奈は朱夏と海馬を秘密基地に誘ったのだ。

 ただし、会話を聞かせるために待ち合わせの時間を30分遅く海馬に伝えた。


「これで、時間ギリギリに話を切り出せば……気の弱い朱夏ならきっと私に海馬ちゃんを譲ってくれる! 朱夏との仲もそのままだし、海馬ちゃんは朱夏っちを諦めてくれる!! 私天才っしょ!」


 こうして、劇中で起こった出来事に繋がるのだ。

 朱夏は知らず知らずの内に海馬を振り、海馬は直後に紗理奈から告白を受け、断る理由もなく、紗理奈の強い押しに負けるように付き合い始めたのだった。


(でも、結局人の心はそう簡単に変わらなかった)


 紗理奈と付き合った海馬はいつでも上の空。

 付き合うと言っても手すら繋がなかった。

 大事にはしてくれてる感じはしたが、それ以上の事はない。それによく、海馬は朱夏の話をした。


 2人の共通の幼馴染みだから、当然と言えば当然だ。けれども、紗理奈は朱夏に嫉妬せずにはいられなかった。

 そのまま付き合い続けて半年後。あの事件は紗理奈の心を大きく傷つける。


 

 紗理奈と朱夏が柵にぶら下がった時、海馬は真っ先に朱夏を助けた。


 

 紗理奈は海馬が自分ではなく朱夏を助けたことに絶望した。自分ではなくて朱夏が選ばれたのだ。自分を崖底に落とそうとしている朱夏を。


(海馬ちゃんが朱夏を助けた……私、もしかして……2人に殺されるの? そんなに嫌われてたの? そんなに邪魔だったの!? それならそうと話してくれても良かったじゃん! ひどいよ、酷すぎるよ2人共!!)


 そして、その絶望感に包まれたまま崖に落ちたのだ。紗理奈は落ち、すぐに意識を失い、海馬が助けに戻った事さえも知らなかった。結局紗理奈の中でこの事件の結論はこうだった。



【朱夏と海馬が結託して自分を殺そうとしているんだ】



 崖から落ちながら、紗理奈はそう思った。状況的にそうとしか思えなかった。

 少なくとも朱夏は殺意に満ちていた。

 だから、紗理奈は海馬と朱夏を憎んだ。

 気弱な幼馴染はただの恋敵ではない。人殺しの悪魔だと。

 組織に入り、地獄のような日々で紗理奈は復讐心を募らせていった。

 

 そうして、【人類犬化事件】では真っ先に二人に復讐を果たそうとしたのだ。


 けれども、今の劇はそんな事実は映し出していなかった。朱夏は紗理奈を祝福しようとしていた。海馬は紗理奈を助けようとしていた。自分の思っていた事実が180度変わってしまったのだ。


(私は、一体何をしていたのだろう?)


 紗理奈は朱夏と海馬を憎み2人が結託して自分を殺そうとしたと勘違いした。まさか自分と朱夏に偽物がいるなんて思いもよらなかった。


(それに……朱夏っち……きっと、朱夏っちは私の人形を私だと思ってたに違いない……)


 紗理奈は人の形に戻っても尚、目覚める様子がない。


(私……朱夏に謝りたい。海馬ちゃんにも、ちゃんと謝りたい!)


 そう思い、紗理奈は海馬を見る。そこには自分のした事を悔いている海馬の姿があった。


(何か……せめて、何かするっしょ! 何が……何ができる?)


 紗理奈は動かないからだを必死で動かそうと再び試みてみた。

 けれども、体はやはり動かない。


(何か合図を送れない?……そうだ!)


 紗理奈はその時閃いた。


 真っ暗闇で最初に光っていた紫色の光を紗理奈は思い出しだのだ。


(ゲノム・アイ!!!)


 紗理奈は自分の能力を使って目を光らせた。

 ぼんやりとステージの上の方で紫の光を照らした。


 その光に海馬はすぐに気がついた。


「え!? えええ?! ……さ、紗理奈? もしかして、意識はそこにあるのかい?」


 海馬が紗理奈に問うと、目が点滅した。


「も、もしかして、キングもかい?」


 キングも辺りの声を察知して能力を使う。すると、目が金色にぼんやりと光った。


「う、うそだろ。僕の独り言ずっと聞いてたわけ!?」


 海馬はその事実に衝撃を受ける。

 人形たちはピクリとも動かないがたまに目が点滅する。


「うわぁ……めちゃくちゃ情けない……。って、今そんな事を言っている場合じゃないね!」


 てっきりただの人形にされてしまったと思い込んでいた海馬は、二人の意識がここにあることになんとなく安心感を覚える。


「まぁ、ここに居る間は休戦って話だし……真面目に脱出について考えてたんだ」


 ぴかぴかと目は光る。聞いていると言う事なのかもしれないと海馬は思った。


「……能力が使えるんだね? 二人の能力を僕はそこまで詳しく知らない。でも、突破口になるかもしれない。悪いが、能力について聞かせてもらってもいいかい? YESの時は一回、NOの時は2回点滅してくれ」


 海馬が真剣にそういうと、紗理奈もキングも一回だけ目を光らせた。


「よし。まず……キング。君は犬を操る能力って事でいいのかな?」


 キングの目が一回光る。


「まぁ、この間の状況を考えるとそれしかないか。次、紗理奈。君の能力は謎過ぎる。僕の記憶によると、【Ⅾ】と呼ばれる被験者は、特殊能力がある人が選ばれている。君にも生まれつきの特殊能力があったのかい?」


 海馬は疑問で仕方がなかった。幼馴染である紗理奈にそんな片りんは一切見受けられなかった。予知夢もみないし、霊能力者でもない、超静電気体質でもない。普通に海馬と共に過ごしてきた女の子だった。けれども、驚いたことに目は一度しか光らなかったのだ。YESと言う事だ。


「……マジ?」


 海馬は衝撃を受けざるを得ない。そうなると、その次に出てくる質問はこうだ。


「……どんな? って答えられないよな……。ううーん」


 海馬は頭を絞った。今まで海馬が見た紗理奈の能力を思い出してみる。


「爪が伸びて……ドリルのようになったり、体がムキムキになったり……鷲一の足を生やして……心琴ちゃんの能力を開発して……万能すぎるよね。どういう事なんだ?」


 海馬は紗理奈に向き直るが、もちろん紗理奈は何一つ喋らない。


「……いや、まてよ」


 海馬は今やっていた劇の事をふと思い出して考え込んだ。

 あれは小学校高学年、図書室での劇だ。


「太郎丸は……本当に……狼だった……。そして、あの時紗理奈はこう言った『私にはわかるっしょ』って。まさか……」


 海馬の中で一つの仮説が生まれる。


「その人の本質が見える……とか? いや、何かが違う……パラサイトは、遺伝子に寄生して能力を出現させる。その人の本質を見れたとしても……遺伝子?」


 海馬は自分で言ったキーワードに目を見開いた。


「……遺伝子……? そうか! 遺伝子情報が読み取れるのか!? それが、紗理奈、君の元々の能力だ!」


 海馬は紗理奈の目を注視する。

 そして、目は一回だけ光ったのだった。


「やっぱり!! え、でもそうだな……結局能力についてはよく分からない。遺伝子についての能力なんだろうけど……。紗理奈は今僕らがどういう状態になってるとかわかるの?」


 目は二回点滅する。


「そうっかぁ……じゃぁ……マリオネットやデジャヴさんは? 遺伝子は見える?」


 すると、目が一回点滅したのだった。


「はぁ……!? まてよ、え? 遺伝子情報があるのか? これ……夢……だよね?」


 根底からの条件が覆りそうになって海馬は焦った。


「じゃぁ、そこに横になっている朱夏は?」

「……」


 紗理奈の目は2回点滅する。


「もう訳が分からない!! なんで、僕たちには遺伝子情報がなくてそこの二人にはあるんだ?」


 海馬は劇について何か話をしているマリオネットとデジャヴをじっと見ていた。そこにいるのは普通に会話をしている人間と何ら変わりはない。真剣な面持ちで話をしていたかと思うと途端に笑顔になったりもする。その様子に海馬は目を細めた。


「僕は、とてつもない勘違いをしていたのかもしれない」


 なんとなく、マリオネットとデジャヴの様子を見ていた海馬は、とある重大な事に気が付いた。

「あの二人はパラサイトだと言っていた。エリの能力名と同じ名前だし、マリオネットがそう言っていたから間違いない。そして、その『パラサイト』はただの能力なんかじゃなかったんだ。そして、夢の住人でもないんだ!」


 海馬は今発見したその事実を紗理奈とキングに話した。


「『パラサイト』は本当に実在する『生物』の一種なんだ。しかも、それぞれが自我を持っている。こうして、話して、劇をやる『知的生命体』なんだ……!! 嘘だろ……? まじかよ……」


 自分で言って自分で海馬は驚いている。

 今までそんなこと考えた事なかった。

 パラサイトが実在する生き物だなんて。


「……この間、予備校で言ってたな。……それぞれの細胞には核があって……遺伝子って、DNAの中で特定のタンパクの【設計情報が記録された領域】のことだったはず。そこに寄生しているって話だったよね……でもこんなちゃんとした人間の姿だなんて……」


 海馬は自分の言っていることが矛盾だらけな気がしてきて気が滅入った。けれども、ステージ下の二人は明らかに自我があって動いているのはまぎれもない事実のようだった。その様子を数秒眺めてから海馬は大きな声を出す。


「あー!! ダメだ!! ダメだ!! 結局それが分かったとしてもこの状況を打開できない!!」


 そう、今知りたいのはパラサイトが何者かではなく、この状況をどう打破できるかである。


「まだ、下の二人は話をしているようだし……。何とか体を動かす方法があればなぁ。夢なんだから、ここで僕がエイ!って言ったら君たちが動いたりしないかな?」


 そう独り言ちてから海馬はふと閃いた。

 この体から結ばれている線。それは、幽体離脱事件の時に体と魂を繋いでいた生命線に似ている。


「この線は……魂の線なのかも。……だから、僕らがいくら体を動かそうとしても脳の命令通りに体が動かない?」


 それさえも疑問形だが、実際に体が動かない事を考えるときっとそうなのだろう。

 魂を掌握されると肉体で起きている信号が体に届かない。

 それがいま現時点で言える確定事項だと言えそうだった。


「じゃぁさ、脳の信号じゃない所から体が動くように命令されればどうなるかな?」


 海馬には思い当たる節があったのだ。

 自分の意識とは関係のない「命令」で大事な人を食い殺してしまった経験だ。


「……そうだ。そうだよ! それだ!!」


 閃いて海馬は大声を上げる。それから金色に目が光る人形に向かって意気揚々にこう言った。


「ねぇ、キング。君は犬科の動物だよね?」


 キングの目は一回だけ光った。


「……じゃぁさ。君の【ハウンド・マスター】を君自身にかける事も出来る訳だ?」


 海馬はキングをじっと見つめた。

 目は一回だけ光った。


「……そうすれば、自分の意志とは関係なく、本能のまま君は暴れまわる……そうだろ?」


 海馬から自信に満ちた声が響く。

 すると、キングの目は先ほどまでの物とは違う一段と大きな輝きを放った。

 



キングの体がキングの意志とは無関係に暴れ出した。




「キングの【ハウンド・マスター】は、自分の意志じゃなくて本能を揺るがす。命令のまま勝手に体が動く。さぁ……暴れるんだ!! キング!! 本能のままに!!」


 海馬の声を皮切りに、キングはステージ上で暴れ始めた。


「動いてる!! キング、動けてるぞ!!」


 海馬は嬉しそうにその様子を眺めた。

 キングはどんどん激しさを増して暴れる。

 そして、自身をぶら下げている紐にかみついた。

 紐は一本、また一本と千切れていく。

 遂には全ての紐をかみ切って、キングはステージの下に落下した。


 ステージ下に何かが落ちる音が聞こえてマリオネットとデジャヴは驚いた顔でステージを見た。そこには、恐ろしい陶器の狼が二人を睨んでいる。


「あ……やばい。あれ、やばいよね」


 海馬は別の窮地を悟った。闘気とはいえ、あの馬鹿力のキングが意志とは関係なく暴れまわっているんだ。目の前で気絶したままの朱夏が危ない。


「朱夏!! 朱夏目を覚ますんだ!! キングが! キングが暴れるぞ!!」


 キングはマリオネットとデジャヴに迫っていた。


「どうして?! どうして紐がきれちゃったの!?」


「……グルルルル」


 バーサーカー状態のキングは答えない。


「……」


 デジャヴはそっと朱夏を椅子に横たわらせて立ち上がった。


「マリオネット。これはどういう事でしょうか」

「え……えっと!!」

「お客様たちは、喜んで協力してくれたとそう言っていましたよね」


 その一言を聞いて海馬は驚いた。

 どうやら、マリオネットがデジャヴに嘘をついていたようだ。

 デジャヴに怒られてマリオネットは慌てた。


「ご、ごめんなさい!! デジャヴさんを喜ばせたくて、倒れてるこいつらを勝手に人形にしたんだ」

「……全く。あなたと言う子は……」


 ため息をついてから、マリオネットはキングに向かって深く頭を下げる。


「すみません。狼様。あなた達も……この子には悪気は無いんです」


 状況を知らないデジャヴは声の届かないキングに誠心誠意謝った。もちろん、言葉の意味さえも分からない状況のキングは牙をむくことを辞めない。


「グルルルル……」


 その様子に海馬が大声で叫んだ。


「早く!! 紗理奈を開放するんだ!! 今、その狼は自我がない!! 何を話しかけても無駄だ!!」


 海馬の声が響き渡ると、マリオネットの顔がこわばった。


「なんだって!?」

「紗理奈を開放してくれ!! 彼女しか制御できない!!! 紗理奈、僕らはこの二人が居ないとここから出られない! キングを止めるんだ!!」


 紗理奈の目は一回だけ光る。


「……ツ!!」


 マリオネットは事の緊急性を感じてすぐに空を飛び、狼の上空を通過した。

 手刀のような形で振りかぶり、一直線に紗理奈の糸を切り落とす。紗理奈の人形は瞬く間にステージ上に落ちていった。


「人形化解除!!」


 マリオネットが大声でそう叫ぶとステージ下に落下した紗理奈が元の人間の姿に戻る。


「やった!! 戻れたっしょ!!!」

「紗理奈!! キングを頼む!!」

「了解っしょ!!! ……ゲノム・チェンジ!」


 紗理奈はキングに走り寄るとキングの人形を体全体で抑え込んだ。陶器の人形だったからまだ何とかなったがそれでも力で抑え込むことはできそうにない。跳ねのけられそうになりながら、紗理奈の目は紫色に輝いた。


「キング……ごめん!!!」


 紗理奈は大きな声で謝ると、キングは急激に暴れまわり、人間の姿になった。人間の姿になったキングはまだ暴れ続けている。


「……狼と、人間の遺伝子の出現率を変えたんだ。そうすると、人間の姿に戻る。狼に比べて人間は力が半分以下っしょ。」


 しずかに、紗理奈はそう言った。狼の姿は人間のものとなったが、キングはそれでも暴れ続けていた。そのキングを紗理奈は上に乗って抑え込む。


「何してるの! 海馬ちゃんも開放して!! 一人じゃ無理っしょ!!」

「わ、わかった!!」


 マリオネットはそう言われて焦りながら海馬の紐も切った。


「人形……解除!!」


 海馬がステージに飛び落ちるとすぐに紗理奈の元へ駆け寄った。

 紗理奈と海馬はキングの能力が切れるまで二人で力を合わせて抑え込むのだった。


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