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第2章 家主到着

「それにしても、朱夏と海馬の奴遅くねぇか?」


 ふいに、鷲一は肉を食べながらそう言った。それを聞いて心琴も顔を上げて道路の方を見る。今日退院予定の朱夏を、海馬がボディーガードの丸尾と共に迎えに行っているはずだ。肉が焼け始めたのにも関わらず関わらず、なかなか来ない家主を鷲一は少し心配した。


「そうだよね……なんか、私達だけで先に食べ始めちゃうのも悪い気がするよね」

「大丈夫ですよ。お嬢様が皆さんを待たせるのが悪いから先に食べてて欲しいと言ってきたのです。それに、きっともうすぐ……」


 三上がそう言いかけると庭の横をリムジンが通り過ぎる。


「ほら、噂をすればなんとやら……ですね」


 リムジンが玄関に停車すると、運転席から丸尾が出てきて後ろの扉を開けた。

 そこから、朱夏と海馬が出てくる。


「あ! 朱夏ちゃん!」


 心琴は手に持っていたトングを置いて、朱夏と海馬に駆け寄った。後から鷲一と桃、それに死神も杏もついてくる。


「朱夏ちゃん! 怪我、大丈夫ぅ!?」


 桃は左手には大きめのギブスがまかれているほか、顔や手足にも包帯が巻かれている朱夏を心配した。

「ええ、命に別状はありませんし大丈夫ですよ。いささか、左手の方は回復に時間がかかりそうですが……」


 朱夏は困った顔で左手を見る。大きなギブスはその怪我の大きさを物語っていた。それ以外にも体中がガーゼだの絆創膏等が張られていて、とても大丈夫とは言えない姿に鷲一は痛々しさを感じる。


「本当、よく狼と1対1になったのに生き延びれたな」


 ボソリと鷲一が悪気なくそう言うと、隣にいる海馬は不機嫌そうな顔をした。


「う……本人の目の前でそう言う事言うなよ。僕まだ立ち直れてないんだから」

「なんだ。まだ気にしてたのか?」

「うるさいなぁ」


 海馬は鷲一をじっとりと睨んだ。前回の人類犬化事件では海馬は狼となり朱夏を襲った。予知夢【デジャヴ・ドリーム】で何度も朱夏を食い殺した。その精神的ダメージから海馬は未だに立ち直れていない。けれども、そんな海馬に朱夏は笑顔を見せて微笑んだ。


「うふふっ。海馬君はあの時、本気ではなかったんだと思います」

「え?」


 その言葉に驚いたのは海馬本人だ。隣のお嬢様はそんな海馬に向かって優しい笑顔を向けている。


「だって、キングは一撃であの防具を紙のように引きちぎりました。狼の力ならそれが容易かったはずです。けれども、海馬君は噛んでも噛んでもあの防具を壊すことはしませんでした。きっと、無意識かもしれませんが、どこかで手加減してくれていたんです」


「そう、なのかな? そうだと良いな……」


 自我が無かった海馬は、他人事のようにそう言って朱夏から目線を逸らした。その表情は穏やかで、海馬はくすぐったい気分になった。


「ほら、二人共! 一緒にお肉食べようよ! 冷めちゃうよ?」


 そんな空気をぶち壊すように心琴がお皿いっぱいに山盛りにしたお肉を皆の前に差し出してきた。香ばしいお肉の香りが海馬と朱夏の鼻をくすぐる。


「わぁ、すごい量です!」

「おいしそうだね!」


 朱夏も海馬もお腹はペコペコだ。鷲一は二人に箸と取り皿を差し出した。二人もそれを受け取ってお肉を食べ始める。


「うん、美味しい! 皆で食べる焼肉は格別だね!」

「ええ。今日は素敵な一日になりそうですね。」


 海馬と朱夏の顔が美味しい焼肉に笑顔になった。


「こっち来て一緒に食おうぜぇ。」

「朱夏さんは怪我人だから椅子用意したよ!」


 死神と杏が更なる肉を焼き始めているのを見て、みんなはバラの庭園、もとい焼き肉会場へと戻っていった。


「ほら、朱夏ちゃん、もっと食べよう!」


 心琴が朱夏にお肉を渡すと、朱夏は辺りを見渡した。

 そして、朱夏はいつも自分の隣にいる外人の少女がいない事に気が付く。


「あ、あれ? エリはここに居ないのですか?」


 朱夏がエリにもお肉を渡そうとすると、エリはそこには居なかった。


「あぁ、エリちゃんならあそこだよ?」


 心琴がそう言って指を差した方向は玄関だった。エリが玄関入り口の辺りをうろうろとしている姿が目に入って朱夏はゆっくりとエリに近づく。


 エリは明るい茶色の髪に綺麗な青い目をしている女の子で、彼女もまた異能力者パラサイトだ。エリは予知夢を見ることが出来、【デジャヴ・ドリーム】というパラサイトを使ってその予知夢を他の人と共有することが出来る。そんなエリはソワソワした様子で玄関から離れようとしない。いつもならみんなの輪の中にいる明るい女の子に朱夏は心配そうに声をかけた。


「どうしました? エリ?」


 朱夏が尋ねると元気のない声がかえってくる。


「今日……連覇が帰ってくる日。なのに、来ない!」


 口は解りやすくへの字に曲がっている。エリが言っている連覇とは白鳥連覇しらとりれんぱ。エリと同じ小学一年生で、五芒星レンジャーのレッドが大好きな元気な男の子だ。


「ああ! それでずっとここで待っているのですね?」


 朱夏は連覇に淡い恋心を抱いている小さな女の子にやさしく微笑んだ。


「……もぅ1週間以上会ってない。エリ、寂しい」


 エリは七夕祭りに起きた【脱線事故事件】で連覇と出会い助けられて以来、連覇とずっと一緒だった。けれども、連覇は夏休みを利用して北海道に住むおばあちゃんの家に遊びに行ってしまったのだ。


「今日帰ってくるのでしょう? 大丈夫、すぐに来ますよ?」

「うううぅ。エリ、待ちきれない」


 そんな話をしていると遠くから見慣れた小学生が走ってきた。


「おーい! みんな―! ただいまぁ!」


 北海道からさっき帰ってきたばかりの連覇だった。心なしか肌がこんがりと小麦色に焼けている。麦わら帽子をかぶって、ランニングシャツに短パンの連覇はもう終わったはずの夏の名残のような風貌だった。心なしか背も伸びたように感じる。


「連覇!!」

「あ! 連覇だ!」


 エリと杏は同時に連覇の元へ駆けていく。小学生の3人は久々の再開に喜びの声を上げた。


「連覇おかえり!」

「ただいま! エリも杏も元気だった?」

「元気! でも、こっち、大変だった!」

「そうなの? でも、元気そうだし良かった!」


 連覇は屈託のない笑顔でエリに笑いかける。待ちわびた連覇にエリからもとびっきりの笑顔がこぼれた。


「良かったですね、エリ?」

「うん!」


 朱夏はそう言うと小学生3人を庭へ連れてくる。そこにはまだまだ山盛りの肉が焼かれていた。


「うわぁ! すごい量のお肉! 食べていいの!?」

「ええ! 存分に召し上がってください!」


 連覇もお腹がすいているようで早速皿を受け取ろうとすると手にぶら下がったビニール袋がガサガサと音を立てた。杏はそれを指差して首を傾げる。


「手に持ってるそれは何?」


 杏がそう聞かれて連覇は思い出したかのように、手にしているビニール袋から四角い箱を取り出した。


「忘れるところだった! これ、北海道のお土産だよ! ……ほら、かっこいいでしょ!」


 連覇が取り出したその四角い箱を見て一瞬、そこにいる全員が固まった。

 そこには大々的に“クマ出没注意”と書かれ、クマが牙をむいているお菓子だった。牙をむき出しにする迫力満点のクマは、3日前に自分たちを襲った狼の牙を嫌でも想起させる。

 その場の空気が凍った。


「……」

「……」

「熊じゃなくて、本当に良かったですね」

「ああ。熊だったら終わってたかもな……」


 朱夏が自分の腕を見つめながら呟くと、鷲一も思わず自分の足を摩った。


「え!? どうしたの!?」


 喜ばれると思っていたのに、急に空気が凍り付いたのを感じて連覇は慌てるが、エリは苦笑いをしたまま何も言ってはくれない。


「なんでもないんだよ……!」


 海馬は作り笑いをして手を左右に振った。


「あ……ありがとう。連覇君!」


 心琴も引きつった笑顔でお礼を言う。


「だ、だから! 何の話なの!? え?! 連覇が居ない間に何かあったの!?」


 連覇はただ皆の様子がおかしいことに慌てた。その様子をパラサイト3人が指を差して笑い転げる。


「あははは! なんでよりによってそれなの!」

「超ウケるんだけど! キャハハッ!」

「タイムリーにもほどがあるぜぇ!」


 事件には全くかかわらなかった連覇にはさっぱりわからない。

 その様子に桃と死神と杏だけが大爆笑をするのだった。

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